社員の感情、知っていますか?
—「いままではA事業に力を入れてきたが、これからはB事業で行くぞ!」。中小・ベンチャー企業の経営者は、そんな号令をかけることがよくあります。でも、社員たちはいっこうに社長の期待通りには動いてくれない。結果、攻めるタイミングを逸してしまい、成長のステージを駆け上がれなくなってしまった─。サイバーエージェントは、こんなエピソードとは無縁の会社に見えます。広告代理店からメディア企業へ。パソコンからスマートフォンへ。経営方針にあわせて、全社員が一丸となって目標に向かって動き、変化への対応を成功させてきました。なぜ、社員はついてくるのですか。
ふだんから“変化するのが当たり前”という企業文化をつくっているからです。だから、大きな変革にチャレンジするときでも抵抗が少ない。“変化するのが当たり前”の企業文化を象徴する制度のひとつがCA8(シーエーエイト)。これはオリジナルの取締役交代制度です。取締役の人数を8名と決め、2年ごとに原則2名の取締役を入れ替えています。
狙いは2つあり、ひとつは事業戦略にあわせてフレキシブルに役員構成を変えていくこと。もうひとつは、より多くの人材に取締役を経験させ、経営に携われる人材を多く生み出し、強い組織をつくることです。
この制度のもとでは、いったんは取締役になったのに、外れてしまう人材が必ず出てくる。一般的な会社であれば、これは“降格”です。取り返しのつかない大きなミスでもしない限り、あり得ないこと。でも、私たちの企業文化では、当たり前のことなんです。
—なるほど。でも、社員は「経営陣に振り回されている。まったく疲れるよな」と感じそうですが。
そうならないために大事なのは、社員の話をよく聞くことです。サイバーエージェントはとにかく社員の話をよく聞く会社。私自身、5名ぐらいの社員とランチに行くのが日課。1ヵ月に100名、年間1,000名超の社員の話を聞いている計算になります。いま、社員数は3500人ほど。3年でほぼ全員の話を聞いているわけです。
—それはすごい。サイバーエージェントの規模で、経営陣と社員との直接のコミュニケーションを実行している会社はめずらしいと思います。中小・ベンチャー企業が急成長して規模を拡大していくとき、社員の話を直接聞く役目は中間管理職にまかせてしまうケースが多いですから。
わかります。社員が30名を超えてくると、トップが社員ひとりひとりと接することが難しくなる。かといって、特定の人間と話すと“ひいき”していると思われ、だったら「もう自分は絡まない」と中間管理職に任せてしまう。ベンチャーあるあるです。ただ、それではいずれ組織が弱くなります。新事業を立ち上げる、人事制度を変える、抜擢人事を実行する。なにごとにせよ、社員がどう考えているかを知っておき、多くの社員に受け入れられるように手を打っていく必要があります。新たな人事制度を決めるミーティングの場でも、決まって出てくる発言が「それで、社員はなんて言っているの?」。それに対する答えが、意思決定の重要な参考材料になるからです。
─「企業経営に民主主義的な多数決はふさわしくない。社員の声なんか聞いてたまるか」という経営者もいます。
社員の意見の多数決で意思決定するわけではありません。経営方針を社員に浸透させていくうえで、社員の声を重要な参考情報にするということです。
サイバーエージェントには先に話したCA8をはじめ、オリジナルの社内制度がたくさんあります。オリジナルであることにこだわっているのは、「サイバーエージェントの社員が喜んで受け入れられるものを考え抜く」という理由が大きいのです。
たとえばmacalon(マカロン)という制度があります。これは、「ママ(mama)がサイバーエージェント(CA)で長く(long)働く」から命名した制度。女性社員が出産・育児を経ても働き続けられる職場環境の向上を目指し、妊活のための休暇や子どもの看護が必要なときの在宅勤務など、5つの制度をパッケージ化したものです。他社に先駆けてこうした制度を導入したことで、世間で話題になり、社員がそれを誇りに思う。会社へのロイヤリティを高める効果がありました。
社員の声をふだんからよく聞いているからこそ、社内制度の変革が社員の声にそったものになり、社員が喜んで受け入れてくれる。もし、社員のためによかれと思って導入した制度が、当の社員たちに不評だとしたら、それは感情に刺さっていないからです。なぜ刺さらないのか。それは、経営陣が社員の声を聞いていないからだと思いますよ。
決断経験が人を育てる
─ほかに社員の声を重要な参考情報にして意思決定する例はありますか。
抜擢人事をしようとするときですね。候補となっている本人をよく知る社員からポジティブに評価されているなら、抜擢してOK。私が毎日、せっせと社員たちとランチしているのは、その情報収集のためでもあるんです(笑)。
─確かにサイバーエージェントは若手をよく抜擢することで有名です。新卒入社して間もない社員でも、グループ会社の社長に抜擢したりしていますね。ほかの企業の経営者の多くは「マネしたくても、どうやって有望な人材を見きわめればいいのかわからない」というのが本音だと思います。曽山さんの人物判定基準を教えてください。
言うことは壮大で、行動が愚直。これが最高ですね。「まだ実績も乏しいのにそんなだいそれたことを」と周囲から思われるようなことでも、宣言してしまえる人がいい。壮大な夢があり、それを周りに言ってしまえる勇気があるということだからです。
一方で、大言壮語はするが、行動がともなわなかったり、行動も現実からかけ離れているような人材はダメです。壮大な夢に向かって、でも地道に一歩一歩進んでいく努力を重ねられる。そういう人材は事業を立ち上げ、大きくしていける可能性がかなり高いんです。
─「そんな大それたことを言うヤツは信用ならない」と、そもそも採用しない経営者が多いかもしれませんね。では、そんな見どころのある人材をグループ会社の社長などに抜擢する理由はなんでしょう。「有望な若手にはオレのカバンもちをさせて育ててやろう」と考える経営者もいますが。
大きな決断をする経験を積ませるためです。経営トップ以上に大きな決断をする機会に恵まれた立場はないでしょう。人材の成長が会社の成長につながるのであれば、多くの決断経験を積ませる必要があります。
いま30歳の有望な若手がいるとします。その人材に積ませるべき決断経験は、社長が30歳のときに下した決断よりもスケールの大きなものでなくてはいけない。なぜなら、企業が成長していくと、経営トップが下す決断のスケールも大きくなっていくからです。そのままでいると、創業社長が下した決断より、社員はおのずとスケールが小さな決断しかできなくなってしまうので、意図的に大きな決断機会を作る必要があるのです。
「自分がこの社員と同じ年齢だったとき、どんな決断をしたか」を基準にすれば、いま社長が若手に対して与えるべき決断経験がどういうものか見当がつくでしょう。
─「いっこうにウチの若いのは育たないな」などのグチはよくあることです。でもそれは、その若手に対して、自分が若かったときに下した決断より、スケールの小さな決断しかさせていないのかもしれないわけですね。
ええ。大きな決断をする経験を積むと、ヒトは大きく変わります。その変わりように、自分で驚くほどに。人事統括としての私の目標は、「サイバーエージェントに入ったことで、想像もしていなかった自分に出会えた」と、より多くの人材に言われるような会社にすることなんです。
藤田の壮大なビジョンが本気だと確信したから、自分も一緒にやりたいと思った
─経営者は孤独です。若手を育成する目的のひとつは、経営の重責をわかちあってくれる経営幹部に育てること。多くの経営者や経営幹部を輩出してきた曽山さんから見て、経営幹部になれる人材の条件はなんでしょう。
ひとつ言えるのは、参謀役を志向している人は参謀になれない、ということ。参謀役は狙ってなるものではありません。「経営参謀になりたい」という志向の裏には、「トップとしての重責を担いたくない」という逃げが見え隠れしています。経営トップを目指しているなかで、いまの組織のなかではトップを補佐する役割に回ったほうが、ものごとがうまく動く。そう判断して、自分の役割を「参謀」に定めた。それが理想的なあり方です。
─なるほど。曽山さんのサイバーエージェントにおける立ち位置も、藤田社長の参謀に近いのかな、と思います。なぜ、その役回りを選んだのですか。
「21世紀を代表する企業を創る」という壮大なビジョン。そしてそれを実行する本気度。藤田から発せられる、この2つに共感したからです。そして「藤田についていこう」と思ったのは、私が営業統括だったときのある事件がきっかけでした。私のミスでトラブルを起こし、会社に大きな損失を与えてしまった。なんとかおさめて、「少し休みたい」。そう申し出たとき。藤田は「ゆっくり休んで、リフレッシュしてね」と。私のミスを責めることなく、ただそれだけを言ってくれた。
「21世紀を代表する企業を創る」には、社員がどんどんチャレンジして、未知の領域を開拓していく風土が必要です。そんな風土をつくるためには、挑戦した結果としての失敗は責めない企業文化がなければ、成り立ちません。藤田はそれを、会社に損失を与えた私を責めないことで、率先垂範して見せたんです。
この人は本気なんだな。そのときに確信しました。そして、藤田と一緒に、その壮大なビジョンを実現したいと思うようになったんです。
─曽山さんは人事分野で高い実績と知名度があります。たとえば独立して人事コンサルタントとしてやっていくことも十分可能だと思います。
僕にとっては興味がないことです(笑)。スケールが大きい仕事をしたい。それは世界最高の人材育成企業を創ること。いまは、そのビジョンを達成することだけを考えています。