徳永さんは「じつは東京以外にも大人ベンチャー予備軍がたくさんいるんです」と指摘しています。それは、地方の中堅中小企業。社員や技術、顧客など、優良な資産を抱えているにもかかわらず、成長戦略がないために「大人ベンチャー」になりきれない企業がたくさんあるといいます。そんななか、地方に「成長戦略としてのM&A」を広めようと奮闘している牟禮さんとは、「地方企業を元気にすることで、ニッポン経済を活性化する」という想いで意気投合しているそうです。おふたりに、いまの地方企業に必要なものについて語りあってもらいました!
問題点を知る地銀と解決策をもつ企業の提携
徳永 牟禮さんが代表を務めるパラダイムシフトは、2019年7月に岐阜県の十六銀行、10月に兵庫県のみなと銀行と提携しました。この動きに、私は注目しています。というのも、私は従来から「地方の有力な中堅中小企業の成長支援が喫緊の課題だ」と考えてきたからです。
いま、官民あげてスタートアップへの支援を盛り上げていて、それ自体は歓迎すべき動きです。でも、そればかりがクローズアップされて、既存の中堅中小企業へのサポートが希薄になりがち。もっとそこへの支援を充実させるべきだと考えています。「地方の中堅中小企業を大人ベンチャーに」という流れですね。
そこで当社は地方の中堅中小企業への投資を加速。2019年12月には福岡で事業を展開する自律搬送ロボットのトータルカンパニーであるTAKUMI に投資実行しました。
牟禮さんはIT分野に特化してM&Aアドバイザリーや事業開発といった、企業成長を加速させるサービスを提供している。一方、地方銀行は地元の中小企業の多くと取引しています。地方の中小企業について、「問題点を知っている地銀と、問題の解決策をもっているITと金融のプロフェッショナルが組んだ」ということですから、これは注目するべき動きだなと。
牟禮 ありがとうございます。まだ見ぬ優良IT企業との接点を増やすためには、地方銀行との協業は最適であると考えています。IT企業は国内に3万社あるといわれていますが、当社が把握しているのは1万社にすぎません。私たちだけで、地方に眠る2万社のIT企業にアプローチをすることは限界がある。今後も、全国各地の地方銀行と提携関係を増やしていく方針です。
徳永 地方銀行側にもメリットがありそうですね。融資先であるIT企業がM&Aをきっかけに成長を加速すれば、不良債権化のリスク軽減につながります。また、M&Aをするということは、資金需要が発生することに直結するので、新たな融資のきっかけにもなりそうですね。
こうしたユニークな提携ができたのは、牟禮さんが「IT×金融×地方」という独特のポジションで、M&Aアドバイザリーや事業開発の実績を積み重ねてきているからこそ。従来からテクノロジー・メディア・テレコム、TMTと呼ばれるセクター領域を対象とする大手のM&Aアドバイザリー会社はありましたが、家電、PCや携帯電話などの機器や電子部品を含めた半導体、TVを含むメディア企業、通信キャリア、など大手企業を対象にしていました。パラダイムシフトは、インターネットやスマートフォンを活用したサービスを展開する企業など新しいIT領域にいち早く参入している、国内では稀有な存在です。
近年では、M&Aアドバイザリーを提供する企業は増加傾向にありますが、ITに詳しい会社は少ない。そのうえ、地方にフォーカスしている。独自のポジションを築けた理由はなんだったのですか。
牟禮 まずITについては、市場性の高さに着目したことが理由です。パラダイムシフトの設立当時、M&A全体に占めるITセクターの割合は約10%にすぎませんでしたが、欧米の例などを見れば、どんどん伸びてくるだろう、と。実際、ここ10年で約35%にまで拡大しています。また、株式を現金化する手法としてM&Aがより注目されるだろう、とも見ていました。
従来は株式を現金化する手法としてIPOを果たす方法が一般的だと考えられていましたが、それでは年間100社程度しか株式現金化の恩恵を受けることはできない。IPOだけでは、投資家の投資意欲は伸びてこないんです。株式流動化の市場規模はもっと伸びるはず。こんな見方をしていたので、「ITセグメントにおけるM&Aアドバイザリー」に注力するようになりました。
もうひとつの「地方」という領域に着目したのは、事業展開するなかでニーズを発見していった、というのが実際のところです。当初、私たちが着目していた市場は、やはり東京だったんです。しかし、ITに詳しいM&Aアドバイザリー会社は、地方にはほとんどないんですよね。
そうした背景から、予想に反して名古屋、大阪、福岡といった東京以外の都市の企業からの引き合いが数多くありました。そうして、ひとつ案件を成功させると、そのクライアントのクチコミで地方での顧客がさらに広がっていくんです。こうして、自然と「ITと地方」という当社のスタイルが確立していきました。
地方企業が東京の会社を買収する例が増加中
徳永 たしかに、M&Aのニーズは全国に広がっていますよね。実際に、地方企業向けの投資ファンドの数も運用額も増加傾向にあります。その一方で、市場の拡大に応じて多様化するニーズに、投資ファンドが十分にこたえることができているか、という点には疑問が残ります。
ベンチャーキャピタルはスタートアップ企業に投資し、バイアウトファンドは流通・小売・製造といったオールドエコノミーな業種に投資する。そのいずれにも属さないミドルステージの成長志向の企業には投資家の目が届きにくい。それが地方ともなると、投資家との接点を築くことは、いっそう難しいといわざるを得ません。
牟禮 その通りです。潜在的には、地方の中堅中小企業において、M&Aによる成長戦略のニーズは非常に高いんです。たとえば、地方のIT企業が、新たな成長の手段として東京の会社を買収してグループ化するという例が少なからずあります。地方では、すぐれたデザイナーやAIに精通したエンジニアといった高度なスキルをもつ人を採用するのが難しい。
このため、主力事業は地方で継続しながら、東京の会社をグループ化して主力事業を人の面でおぎなう戦略です。こういう戦略を推進すれば、飛躍的に成長できるのに、行動を起こすことができない企業が多いんです。
徳永 本当にそうですね。私も、「もっとチカラになれるのに…」と歯がゆい思いをすることがあります。牟禮さんは、なにがM&Aをはばむ壁になっていると思いますか。
牟禮 まず、M&Aを支援するアドバイザリーが少ないことがあげられます。地方の中小企業経営者にとってM&Aは未知の領域であり、なにから手をつけてよいかわからない。かといって、相談先もない。それが実情ではないでしょうか。
さらに、M&Aを企業の成長戦略のひとつとしてとらえてもらうための啓蒙活動も十分ではありません。現状は、私たちの努力が足りないところもあるのですが、M&Aに対する理解がまだまだ足りてないですね。
徳永 とくに、地方の経営者のなかには、いまだに「M&Aを使った成長戦略=悪」というイメージをもっている人がいますよね。M&Aは身売りすることとカン違いしている。実際、成長戦略としてではなく、「知り合いから頼まれて、どうにもならなくなった会社を救済する目的で買う」といったカタチでM&Aをしたことがあるという事例は増えていると思います。
しかし、シナジーのないM&Aをしても、結果として「M&Aは買う側も売る側も不幸になる」という認識だけが残る。M&Aに対する正しい理解をもってもらい、M&Aのもつ可能性に目を向けてもらうことが求められます。
M&Aによる事業承継が市場拡大のきっかけに
牟禮 ただ、最近は企業をめぐる環境変化のなかで、M&Aに対する意識の変化が生まれつつあるようにも感じます。
徳永 そうですね。地方の中堅中小企業の経営者は、成功体験の多くを、高度成長期に得ています。そのころは、大企業と連携していれば、会社も成長することができました。わざわざ会社をM&Aして成長するという発想はまったくなかった。しかし、これだけ市場が縮小したり消費者ニーズが多様化したりすると、悠長なことはいっていられません。もはや、変化に迅速に対応できなければ、事業の存続すら危うい状況になっているのです。
事業承継で2代目、3代目と代替わりをするなど、比較的若い経営者であれば、M&Aに対する抵抗がない人も出てきています。新規事業を始めるために、社内で数年かけて育てるよりも、すでにその分野で強みをもつ企業をM&Aすることで時間を買い、事業領域を拡大するような事例も出てきましたね。
牟禮 とくにIT系の企業であれば、M&Aに対するリテラシーが高いことが多く、「積極的に活用していこう」という意識が、ほかの業種と比較すると高いかもしれません。M&Aの可能性を市場に認知させることをIT企業が担っていく可能性もあります。
当面は、事業承継をきっかけにM&Aがより注目を浴びることになるでしょう。少子高齢化で親族内承継が難しく、社員や取引先も承継してくれないケースが増加傾向にあります。承継先が見つからない場合に、会社を売却することによって事業承継をなしとげるという事例が、今後ますます増加しそうです。事業承継をきっかけに、M&Aが正しく認知され市場が拡大することにつながればいいですね。
資本効率を意識したM&A資金の調達を
徳永 M&Aが本格化するのにそなえて、地方の中小企業の経営者に知っておいてほしいことのひとつは、必要な資金の調達方法です。大きく分けて資金調達方法は、融資と増資。牟禮さんはM&Aの資金調達方法をどのように考えていますか。
牟禮 基本的には、資本効率を意識した資金調達方法を選択するべきでしょう。融資を使って負債を増やすのであれば、買収する企業が安定的にキャッシュフローを生み出す必要があります。一方で、ファンドを使う場合は、外部資本を受け入れることになりますが、メリットも多いですよね。
徳永 はい。我々のようなグロースキャピタルを使って資本を注入する場合、資金を得ることだけではなく、M&A全般にわたって手厚い支援ができる。ファンドが買収先の候補をスクリーニングして情報提供できるので、よりよい会社とめぐりあえる可能性が高まります。
また、買収した後も、経営統合の実務や事業シナジーを最大化することなどについて、さまざまなサポートを提供できます。そこに、ファンドの価値があると思います。
牟禮 ベンチャーキャピタルではなく、買収型のバイアウトファンドとも異なり、中堅中小企業の成長を支援できるWMパートナーズのようなグロースキャピタルはめずらしい存在ですよね。事業承継の課題を解決する事業承継ファンドはありますが、WMパートナーズが成長支援を掲げていること、マイノリティでもマジョリティでも対応できることは差別化された特徴だと思います。
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