ブレークスルーしたベンチャーの肖像
#12
社長は“いちばんエラい人”ではない。 新世代起業家の「勝てるチーム」づくり Sponsoredかえでファイナンシャルアドバイザリー株式会社

イメージ写真

「どうすれば利益を極大化できるのか」「どうすれば強い組織ができるのか?」──。こうした悩みを抱えているベンチャー経営者は多いですよね。そこで、中小・ベンチャー企業のM&Aアドバイザリーや資金調達助言サービスなどを提供、ベンチャーの成長戦略に詳しい“かえでファイナンシャルアドバイザリー”代表の佐武さんをナビゲーターに、新進気鋭のベンチャーの成長戦略の“裏側”を取材しました。今回は、ビットキーのCEO江尻祐樹氏が登場。ブロックチェーン/P2P・分散技術を活用した新しいスマートロック製品を開発・事業化。住宅のドアに同社製品を取りつけると、ハンズフリーでの自動開閉機能や、日時と人を限定した1回限りの開閉を許可する機能を使えます。これを「初期費用ゼロ、月額300円~」という低額で提供することで、多くの支持を集めています。1985年生まれ、2018年会社設立という新世代の起業家が、どうやって画期的なプロダクトをつくり、事業化に成功していったのかに迫ります。


<ポイント>

物理的なカギを使わず、スマートフォンの操作などでドアを開閉するスマートロックの領域に、「初期費用ゼロ、月額300円~」という低価格のプロダクトで参入。またたく間に市場を席巻したビットキー。暗号資産に使われるブロックチェーン技術に着想を得て独自開発した自律分散型のシステムで、効率的に強力なセキュリティを確保することで低価格と高機能を両立させた技術力。大手不動産会社向けに販売することで、一気に売上を確保した営業力。設立1年あまりのスタートアップが、大企業なみの経営資源をそろえられたのは、資金調達と人財採用が順調だったから。その背景には、高い精度で事業計画書をつくるミクロな視点と、壮大なビジョンを語れるマクロな視点をあわせもつ、江尻さんの独特な経営スタイルがありました。

【回答する人】

江尻 祐樹(えじり ゆうき)

株式会社ビットキー Co-Founder / CEO
1985年生まれ。2017年末に旧知のエンジニアを中心にメンバーを集め、ブロックチェーン/分散システム研究会を発足させる。2018年5月、そのメンバーを中核として株式会社ビットキーを設立。

 

【ナビゲートする人】

H17DI-248_USB

佐武 伸(さたけ しん)

かえでファイナンシャルアドバイザリー株式会社 代表取締役
1962年生まれ。2005年に株式会社サンベルトパートナーズ(現:かえでファイナンシャルアドバイザリー株式会社)を設立。

「低価格化する技術力+大企業への営業力」を武器に

──20194月に発売したスマートロック『bitlock LITE』は、住宅のドアにとりつけ、ハンズフリーで自動開閉したり、日時や人を限定して1回限りの開閉の許可をできるものだそうですね。それが、わずか2ヵ月で5万台以上売れたと聞いています。支持を集めた要因をどう分析していますか。

 2つあると思っています。まず、スマートロックという製品の認知がこの5年くらいですでにできていて、かつ「普及にあたってのネックは価格」という問題意識も市場にあったこと。これが「スマートフォンの操作でドアを開けられる製品で…」とか、イチから説明しなければ販売できない状態だったら、このようなスピード感で売れることはなかったでしょう。

そして、「製品価格が高い」という壁を、私たちはブロックチェーン/P2P・分散技術を活用するといった工夫によって突破。いままで2万円〜5万円程度で売られていたものを、当社は「初期費用ゼロ・月額300円~」のサブスクリプションサービスで提供できるようにしたんです。

──技術力で市場に新風を吹きこんだわけですね。もうひとつの要因はなんでしょう。

「BtoBtoC」での実績を多くとれたことです。製品の販売にあたり、私たちは高級マンションをはじめ賃貸物件を管理している中堅〜大手の不動産会社に、自分たちから積極的に営業をかけたんです。賃貸レジデンス分野における国内管理会社トップ5の大手は、1社で50万戸以上という規模。1万戸以上管理している会社は100社以上あり、上位100社だけでも公開情報だと約700万戸。この100件の営業で700万台売れる可能性があるぞ、と。営業戦略としてそこを攻めれば、「少数精鋭でも大きな成果を出せる」と判断しました。

スマートロックへの不動産会社のニーズは高いんです。入居者向けの価値向上になりますし、入居希望者の内見や退去後の清掃・点検の際のカギの受け渡しを効率化できるからです。でも、既存の製品は価格が高く、導入に二の足を踏んでいる状態。価格が大きなネックになっていたので、そこを払拭することさえできれば、一気に普及させることも可能だと考えていました。

──ビットキーという会社は、前職のワークスアプリケーションズ在籍時からプライベートで最新の各種テクノロジーを研究していた江尻さんをはじめ、「テクノロジーに強い集団」というイメージがありましたが、セールス面も強いんですね。

そうですね。創業メンバーのなかに、1件の商談で小さくても何千万円、大きければ何十億円という契約を獲得できる人財がいたので、会社として「大企業へのセールスに強い」という自信があったんです。

実際、1件あたり数千台〜数万台となるような案件を複数抱えています。それが販売台数の実績を短期間に伸ばせた理由ですね。「計画通り」ではあるのですが、メンバーを信じて相当強気な「計画」だったので、実現してくれたことには感謝しています。

綿密な計画でお金を、壮大なビジョンで人を集める

──計画通りに推移しているわけですね。では、ここまで、とくに大きな壁もなく、順調に経営できている…?

 いえいえ、「お金の調達」と「人の採用」は大きな壁でしたよ。「お金」と「人」のリソースがないとできないタイプの事業ですから。ハードウェア、ソフトウェア、認証技術などを開発していくだけでも相当なお金がかかりますし、最初から万単位の製品の生産をかけていくとなれば、大きな運転資金がいる。これまでに投資家から10億円ほど調達。なんとかまかなえています。

人財についていえば、この事業をやるにはセールス、マーケティング、カスタマーサポートまで必要で、初期から“プチ大企業”というくらい、さまざまなセクションと、能力ある人財が必要でした。エンジニア8名を含む12名でスタートし、この1年で85名ぐらい集めて、当面の陣容は整えられました。

──詳しく聞かせてください。まず、お金はどのように集めたのでしょうか。

「事業計画書の解像度やフィジビリティの高さをアピールして、投資家から集める」という一択でした。「プロトタイプをつくって市場で試し、結果を実証してから調達し、その資金でもって量産をはかる」というやり方ではなく、最初から量産体制をつくって市場を獲得するために大きな資金を集める、というやり方。でも、「結果による証明」を求めがちな日本のベンチャーキャピタルには最初まったく相手にされなかった。しかし、経営経験のある個人投資家の方々から、最初のシードアラウンドで3億4,000万円くらい集めることができました。その後、プロダクトが完成し始め、生産に回せるくらいのタイミングで、最初の投資者からの紹介で5億〜7億円ほど集めました。この段階になると、CVCも話を聞いてくれるようになってきました。

事業の実現性を信じてもらうために、事業計画の解像度・精度をいかに高めていくか。これには、かなりエネルギーが必要でしたね。一般的な開発型のベンチャー企業は、「まず開発に専念し、製品ができてから生産体制をつくり、そのあと営業や物流を整えて、最後に管理部門を…」と段階を追ってやっていくものだと思います。でも、当社は最初から、セールス・マーケティング・生産・倉庫や配送関連・財務まで、すべてが求められる状況。これはもう“ビジネスの総合格闘技”だなと。全部に魂を込めるのが本当に大変でした。

── “総合格闘技”ができる江尻さんはすごいと思います。

でも、「もう1回、同じことをやれ」といわれたら、ちょっと考えるかもしれません(笑)。私だけでなくボードメンバー全員が、事業計画の全体像を、ある程度の高いクオリティ・高解像度で描けた。それが、資金調達がいまのところ、うまくいっている秘けつでしょうか。

──わかりました。続いて、「人の採用」がうまくいった理由について教えてください。

これは自分たちでも分析しきれていないですね。実務面でいえば、創業時から社内に採用専属の担当者を1名つけていた点が大きかったと思います。そもそも採用を重視していたので。ほかは、運でしょうか。すごい優秀なメンバーが、ドンピシャなタイミングで偶発的にジョインしてくれて…。たまたま応募してくれたり、紹介で会えたり。「縁があったな」と。初期は創業メンバーの経験やエネルギーで、途中からはそういう人たちのパワーに支えられてきました。

──縁があって優秀な人財と出会えても、ジョインしてもらえるように、くどかなければいけませんよね。

そうですね…。そこは、「目の前の事業だけで推していない」という点が大きかったかもしれません。新しい住宅向けのスマートロック製品を開発して普及させるというだけでなく、その先にあるビジョンや、つくり出したい世界を伝えて、共感してもらうことで、ジョインしてくれていると思います。

たとえば、「社会がよりよく変わったことが明示的に体験できるようなサービスやプロダクトを生み出そう」というメッセージ。Googleの検索エンジン、iPhone、facebook、シェアリングビジネス…。それらが出てくる前と後では、世界が明確に変わっていますよね。「これがあるのとないのとでは全然違う」という体験性があるものをつくろう、と。

サッカーに学ぶ、ヒエラルキーに依存しない経営

──日本発の“GAFA”になる、と。

 単に“GAFA”の規模感にまで到達する、ということではないんです。この20年、「“GAFA”みたいなプロダクトはなかなか日本から出てこないよね」といいつつも、「自分はまだチャレンジできない」という感覚が日本人のなかに形成され始めているように感じていて。その流れを変えるのに、ひと役かえるとうれしいですね。“GAFA”のようなテックジャイアントたちがつくり出した世界を、塗り替えることができたら、と。

たとえば、個人情報が“GAFA”ににぎられている、という問題がある。私たちの認証技術を発展させれば、個人情報をGAFAににぎられることなく、さまざまなところにコネクトできる世界がつくれると考えています。ほかに、企業どうしの関係性のあり方も変えられるかもしれません。“GAFA”の世界は、競争に勝ち残った企業が市場を総取りするもの。それに対して、私たちは企業と企業を「コネクト」させる仲立ちをすることで、各社と共存でき、トータルに戦っていける世界をつくりたい。テックジャイアントたちとは別の戦い方として、それがスタンダードになればおもしろいですよね。

──おおっ。志の高い若手エンジニアに響きそうなメッセージですね。

 私たちははじまったばかりですが、志は高くもたないといけないと思っています。スタートアップで、どこまで大きくいってよいのか。壮大なビジョンを語るのは、覚悟がいりますよね。でも、恥ずかしがらず、おごらず、全部つまびらかに出したことで、メッセージの一貫性が担保できたかもしれません。

──独特のビジョンにたどりついた背景を聞かせてください。

私がふだん重視しているのは、「本質的に自然であるかどうか」ということ。巨大組織が独占する世界は、「本質的に気持ちよくないな」と思うんですよね。個人の関係でも同じ。誰かの意見だけが強くて「絶対にオレのいうことをきけ」というのは、すごく気持ち悪いじゃないですか。「私のよさとみなさんのよさをコネクト、つまり、つなぎあわせて、世の中になにかの価値を提供していきませんか?」というやり方が本質的で、自然で、気持ちいい姿だと。こういう関係性が、生き残ると思うんですよね。「今みたいな一極独占じゃないやり方を、さまざまな企業や個人とつながることで生み出そうよ」というメッセージを、つねづね発信しています。

──経営者として、トップダウンで「オレのいう通りにしろ!」というスタイルはとらない、ということでしょうか。

ええ。CEOといっても、“ヒエラルキーのトップ”という感覚はないですね。たとえるなら「サッカークラブのオーナー兼チームの監督」でしょうか。クラブの総合的な運営方針づくりとか、チームへの戦略・戦術の伝授はできるけど、「試合のグラウンドに選手を送り出したら、あとは選手を信頼してやるしかない!」という感覚です。エンジニアがどんなコードを書いているか、営業が訪問先でなにを語ってるかまで管理できないし、したいとも思っていません。

「どうすれば大きな舞台へ行けるか」「どうすればそこでおもしろいゲームができるか」「どうすれば、つねに観客が楽しくてワクワクできるプレーを見せられるか」「どうすれば偉大なる結果を残せるか」といったコンセプトを、クラブとチームにもたせることが私の仕事。究極は、スペインリーグのバルセロナのように、だれがオーナーになっても、だれが監督であっても、好成績を残せるクラブをつくりたい。そのためには、つねにエクセレントな試合をやっていける仕組みや文化づくりが必要ですね。

Tobiraビジネスを開拓し、Tobiraエコノミーを生み出したい

──今後の成長戦略を教えてください。

 2方向で考えています。ひとつは「Tobiraビジネス」のなかでの拡大と成長。まずは住宅向けにプロダクトを普及させて、次はオフィス、店舗、ホテルなど、さまざまな扉へと横展開をしていくのがひとつ。高い成長性が見込めるので、どの領域を攻めるか優先順位をつけながら、数年かけて取り組んでいきます。

もうひとつの方向は、Tobiraの上に乗せるサービスの展開です。プロダクトが普及して、スマートキーが基礎インフラになれば、なくされる不安もコピーされる不安もなく、「簡単にカギをシェアできる」時代に入ります。私たちは「Tobiraエコノミー」と呼んでいる、「時間や空間の制約がない、カギの受け渡しによるサービスの展開」をつくり上げていきたい。たとえば、留守中にクリーニング店のスタッフが洗濯する衣類をもって行ってくれる。家事代行のスタッフが入って作業できる。宅配が不在でも家のなかまで届けてくれる。メルカリに出品する商品を勝手に集荷してくれる──。そういったサービスがあらゆる場所でできれば、すごくおもしろいなと。世の中に価値を生み出せる、ライフスタイルが変わる可能性のある領域でしょう。

 ──その先には、どんな展開がありえますか。

 たとえば「事業ドメインを変えていく」展開もあるかと思います。いままでの話は「Tobira」ですが、「コネクト」という上段のテーマに括ると、また違う業界への展開も考えられます。

たとえば、モビリティへの展開。自動運転タクシーが迎えに来て、安全に乗車できる仕組みづくりに可能性がある。あるいは、金融や行政の認証、スマートシティのプラットフォーム、あるいはソフトウェアレイヤーの認証基盤などなど。Tobiraビジネスだけでもかなり大きな規模感ですが、「Tobiraじゃない領域」への展開も次にひかえていて、それはもっと巨大。いつなにをやるかはまだ決めていません。事業がスケールしていくなかで、ある程度偶発性にまかせつつ、ご縁があれば展開していくイメージです。

また、「グローバル」という意味での横展開にも可能性を感じています。Tobiraもモビリティも行政も金融もすべて、どこの国にもある普遍的な領域ですので。

──どんな出口戦略を想定していますか。

 IPOは必要かなと考えています。「安全で便利で気持ちよくコネクトする」「Tobiraの上にサービス乗せる」となると、企業にも、テクノロジーやプロダクト自体にも、信頼・信用があることが非常に重要になる。そういった意味で、上場しているという信用力は必要です。また、グローバルに出ていくときの「ニッポンの上場企業です」という信用状として考えています。企業成長のひとつのマイルストーンとして、早い段階でできると、事業に対する寄与はあるだろうな、と。

くわえて、モビリティ、メディカル、行政といった分野に進出するうえでの信用力の確保にも役立ちます。モビリティはレガシーと呼ばれる巨大企業がひしめく分野ですし、メディカルでは医者の権威、さらには厚労省の権威もかかわってくる。権威が強い業界のなかで認めてもらえるかどうかは重要ですから。

 ──異分野への進出のための課題はなんでしょう。

 それぞれの業界に精通した人財の確保ですね。「Tobira」だけでもオフィス、店舗、ホテルなど業界が大きく変わりますし、その次の段階で他業界へ出ていくときも、それぞれ個別性が高い。それに対応できる人財はまだ足りていません。当社がやっている事業は、“その事業のコアとなる人財”が一定数必要なんです。サッカーにたとえるなら別のクラブチームが次々とできていくようなイメージ。監督やメインプレイヤーが複数、必要になります。「一緒に事業体をつくる」という夢を追えるような優秀なメンバーに、これからさらに集まってもらえるかは、すごく大事かなと。ここについては、まだ私たちにも成功のセオリーは見つかっていません。これからの課題ですね。

“成長戦略のプロ”の視点
“日本流GAFA”の登場を予感させる多様な視点をもつ経営に期待

私がベンチャーキャピタルだったら、すぐに出資を決めるだろう──。そう思えるほど、きわめてロジカルに、かつ現実的に事業戦略・成長戦略を描いている点に感銘を受けました。江尻さんに特徴的なのは、経営者として、視点の多様性をもっていること。意識的に視点を行き来させている。「目の前の事業をどうやって運営していくべきか」という視点と、「10〜20年の中長期でどのように進んでいくべきか」という視点と、つねに並行させて考えている。どちらかの視点にかたよりがちな経営者が多いなかで、これはきわだっていると思います。いま売上を上げる施策と、中長期的に会社を継続させていく施策はときに矛盾しますが、それをうまく止揚して、正しい経営判断ができるトップ。江尻さんに、そんな理想形を見た想いです。

江尻さんにそれができるのは、優秀な創業メンバーに恵まれ、チーム経営に徹しているのもあるかもしれません。複数のメンバーで一緒に考えることで、いわば複眼的な視点から考えることができているのでしょう。この点、創業経営者が圧倒的なカリスマ性をもってトップダウンで経営しているGAFAとは違うスタイルです。江尻さん、そしてビットキーさんには、ぜひ“日本流のGAFA”になる目標をかなえていただきたいと思います。

佐武 伸
佐武 伸(さたけ しん)
かえでファイナンシャルアドバイザリー株式会社 代表取締役
1962年生まれ。2005年に株式会社サンベルトパートナーズ(現:かえでファイナンシャルアドバイザリー株式会社)を設立。

株式会社ビットキー

設立/2018年5月

資本金/ 33億6,355万円

従業員数/95名

事業内容/

次世代 ID/Key『bitkey』の企画・開発・運用

『bitkey』を利用したスマートロックの開発・製造・販売・運用

『bitkey』を利用したサービスプラットフォームの企画・開発・運用

URLhttps://bitkey.co.jp

かえでファイナンシャルアドバイザリー株式会社

設立/2005年1月

資本金/2,000万円

事業内容/
1. M&Aアドバイザリー
2. 事業再生コンサルティング
3. 組織再編コンサルティング
4. 企業・事業評価
5. 財務調査 (デューデリジェンス)

URLhttps://kaedefa-ma.com/venture/


【 そのほかの記事 】