M&Aで会社がダイナミックに変化していく
イシン株式会社 片岡 聡(以下、片岡)
今日は上場に至るまでの経緯と舞台裏、上場してからの実際のところをいろいろお聞きしていきたいなと思います。2015年のIPO社数は92社。実際、この裏側にある何倍も準備されている企業様がいるのがIPOの世界です。そんな中で壁をぶち破り、見事今年2016年に上場された経営者にお集まりいただきました。荒井さん、まずは自己紹介からお願いします。
株式会社ストライク代表取締役社長 荒井 邦彦氏(以下、荒井)
ストライクの荒井でございます。私は、2016年6月に上場してちょうど1カ月ぐらいです。もともとは会計士をやっておりました。会計士になったときから、いずれ起業しようということ決めていまして、6年ぐらい会計士をやっていました。そして1997年に設立しました。
設立前は、事業が固まっておらず、「何をやろうかな?」って思っていました。その中で、M&Aの可能性を感じましてM&Aを事業に選びました。ただ、当時インターネットバブルのちょうどピークに近いところだったんですね。M&Aとインターネットを組み合わせたら面白いんじゃないかな、と考えました。リサーチをしてみると既に米国だとM&A関連の「会社を売ります、買います」のサイトがいくつか立ち上がっていたんです。それを参考にして、日本で1番最初にM&Aにインターネットを持ち込んだ、そういう会社です。今は、営業所も全国、東京を含めて7カ所開設しております。
事業はM&Aの仲介です。一般的にM&Aというと、会計士がバリュエーション、株価の査定、財務デューデリジェンスをやるケースが多いと思います。私どもがやっているのは、M&Aのマッチングの部分です。「売ります、買います」の橋渡しをする。それによって売買が成立したら、それに応じた手数料をいただくものです。いたってシンプルなビジネスモデルです。
特徴としては、インターネットを使ったマッチングという点です。既にインターネット経由のマッチングが全体の3分の1ぐらいになっています。
片岡
まずは基本的な質問なのですが、なぜその事業を選んだのか。理由を教えて頂ければと思います。
荒井
先程触れましたが、起業前は会計士をしていました。会計士になった目的も別に会計士で終わろうと思ったわけじゃないんです。「いずれは会社をやろう」という気持ちがありました。その中継点で会計士を選んだということです。で、なぜ会計士を選んだかということなんですが、よく“読み書きそろばん”って言いますよね。商売やるんだったらそろばんの部分強くしたほうがいいかなと思い、会計士を選びました。
「いずれ事業をやろう」って思っていたのはいいものの、会計士になる時点では、なにをやろうかって全く決まってなかったんです。たまたま運がよかったんですけど、会計士なのでいろんな企業の裏舞台を見ることができました。当時、自分が担当した会社がよく買収をする会社だったんです。今、その会社は東証一部に上場してますけれども、私が携わっていた時は上場もしていませんでした。でも積極的にM&Aを仕掛けていたんです。そのM&Aをやる前とやった後で、会社がどんどんダイナミックに変わっていくと。
そういう姿を見て、いろいろ大きく会社を変えてくっていうのは、結局M&Aが1番なんだなというふうに思いました。そんな経験をしたもので、独立したらぜひM&Aをやろうと決め、辞めました。
片岡
「この経験を持って、これでやるんだ」「起業するならM&Aをやるんだ」と決められたということですね。
荒井
そうですね。当時、銀行さんとか証券会社さんとかが、M&A案件をよく持ち込まれていたんですけど、手数料が結構高いなというのもあって(笑)。
大手企業を目指すか、収益が高い中小ブティック企業になるか
片岡
その後、創業されるわけですけども、上場というものを目指そうと思ったきっかけや背景、目的をお聞かせいただけますか。
荒井
非常にゆるい話になっちゃうんですけど、創業したときは、上場するつもりは全くなかったんです。というのも、M&Aの仲介業務は設備投資もいらないですし、極端な話、携帯電話1本あればできる仕事なんです。しかもM&Aの仲介業務は、働きかけても何かできるってわけじゃなくて、お客様の意思決定に依存している。それによって収益が上がる。こういうビジネスって根本的には不安定なビジネスなんですね。そういうものが上場するっていうことに、当初は否定的だったんです。
ところが、同業の会社がポツポツと上場しているのを見ていました。いろいろ調べてみるとM&Aの会社で、ほかにも上場の準備をしている会社が何社かある、という情報を耳にしたんです。「これはまずいな」と思いました。
M&Aの仲介業務というのは、まだ産業として歴史が浅くて、これから勢力図が決まっていくと思っていました。勢力図が決まっていくプロセスの中では、恐らく大手の企業と零細なブティック的なところに分かれていきます。不動産業でいうと大手企業と町の不動産屋さんみたいなところに二極化するのだという将来を描いたんです。そういう中で、我々としてはどっちを選ぶの?というときに、町の不動産屋さんになるという選択はなかったんです。それで上場を決断した。そんな経緯です。
片岡
私の周りにも小規模のブティック系M&A会社さんが本当に多くいらっしゃいます。町の不動産屋さんっていう意思決定もあったと思います。収益性も高いですよね。大手になると決めた、実際の理由は何だったのでしょうか。
荒井
いろいろ相談したんです。自分で決めきれないところもあったんですが、私が直接的に決めようって思ったのは、自社の人間との会話でした。自社でエース級の人間がいるのですが、私と2人で出張に行っていたときに、こういうことを言われたんです。
「ストライクは荒井さんの会社だから」。当時、私が株式の70パーセントぐらい持っていたので「荒井さんの会社なんだから、荒井さんの好きにしていい」ということを1番のエースに言われたんです。「そうか」と。1番のエースですら、「ここは荒井さんの会社なんだ」というふうに思っているんだと。僕は僕自身でストライクという会社が自分の持ち物だと思ったことは1度もない。これは自分の手の届かないとこに置かなきゃいけないかな、と思ったのがきっかけとしてありました。
それと私の同級生で、大手VCに勤めていた友人がいまして、当時上場に関して「お前どう思う?」と相談しました。そしたら、「あんまり難しく考えなくていいんじゃないの」と。「M&Aの仲介業って確かに資金はいらないビジネスだけど、そんないかにも会計士っぽい、理屈っぽいことなんか言わないで、自分たちの信じるM&AっていうのはこういうM&Aなんだ!それを推し進めていくために上場するんだ!シンプルでいいんじゃないの」って言われました。
そのことを家に帰って奥さんに話したんですね。僕の奥さん、大手証券会社に勤めていたんですよ。そして、奥さんに「上場しようと思っているんだけど、どう思う?」って聞いたんです。「いいんじゃないの。だって嫌だったら辞めりゃいいんでしょ」って言われてですね(会場笑)。
もちろんそんな気は毛頭ないのですが、妻にそう言われて気が楽になって「そうか、あんまり気負わずに、自分が思うことやればいいんだな」と思って、最後は決断しました。
ナンバー2もナンバー3も辞めてしまった
片岡
上場前・上場後どちらでもいいんですけれど、会社としてグッと節抜けをしたきっかけはありましたか?
荒井
節抜けっていう意味でいきますと、IPOを決めたっていうことが大きかったと思います。私、IPOするって決めたのが2013年の年末でした。1番最初にやったことがCFOの確保だったんです。起業するために中継点として会計士という職業を選んだ、っていうふうに言いましたけど、実は会計士であることのマイナスっていうのが結構あります。お金の計算も何でも自分でできちゃうわけですね。できちゃうから自分でやっちゃうと。で、営業もやんなきゃいけないと。
そうするとアクセルとブレーキの両方を1人で踏まなきゃいけないという、よくわからない状態になってしまうんです。事実、社内でそうなっていました。それを早く解消しようっていうことでCFOを探しました。私の後輩で1番優秀だった人間が1人で会計事務所をやっていたんで、彼に声をかけました。「申し訳ないけど、上場するからうちに入って。悪いけど事務所を3日でたたんでくれ」って(笑)。それで入社してもらったんです。
それまでは収益管理の仕方にしても案件の進め方にしてもバラバラで、各自で判断みたいなところがあったんです。ですが、彼に入ってもらったことで統一されて、何となく会社としての安定感が出てきたという気がしています。
片岡
節抜けと逆になるかもしれないですが、非常に困難だったときのエピソードをいただきたいです。潰れるんじゃないかな、というぐらいの困難が多分いくつもあったと思うんですが。
荒井
私、困難は成長のチャンス。こう格好つけたことを言っています。多分、他人よりちょっと鈍くて、あんまり苦しいことってなかったな、っていう気がしています。個別に振り返ると、多分その過程にいたときは大変だったんだろうな、ということはあります。
例えば、上場を決める5年前ぐらいに、創業時から一緒にやってきた実際の共同経営者みたいなナンバー2の人間と方針が合わなくて辞めてもらったりしました。彼が1番売り上げの数字を作っていたので結構辛かったです。そして、それを見てナンバー3も辞めちゃいました。
あとは、リーマンショックや震災のときに、全然思ったように売上が上がらなかった。創業から赤字になったことはなかったんですけど「これはまずい。赤字になるかもしれない。」と。私の根本的な考えは、“M&Aの仲介業務というのは借金してまでやる事業じゃない”と思っていたので、危機感がありました。
今思い返してみると、やっぱり何度か困難があったんですよね。その過程にいるときは眠れないぐらいのことはあったんだと思うんです。だけど、振り返ってみると、それを乗り越えてたくましくなれたかなと感じています。会社の体質もそうですし、私自身が経営者としても成長できたかな。そんなふうに振り返っています。傍から見たら、そこは修羅場だと思いますが(笑)。
M&Aをすることで「悪い未来」にもなる
片岡
上場してぶっちゃけ何が変わりましたか?というところを、教えていただけますか。
荒井
上場して何が変わったかに関してですが、我々はまだ1カ月ぐらいなので大きく実感していることは正直あんまりないんです。しいて言うとすると、先週弊社が入っているビルの守衛さんに「おはようございます」と挨拶されまして、「社長、昨日株価上がってましたね」って(笑)。そんな話をされるようになったぐらいですかね。守衛さんまで見てくれているんだ、って感じです(笑)。
あとは実際のところでいうと、われわれは上場して、やりたいなと思うこと2つあります。1つは採用です。どこまでいってもやっぱり人が大事っていう、そういう事業ですので、人の採用。2つ目はお客様からご指名いただいてお仕事いただくこと。その2つの目的を達成させるために上場を狙っていました。
で、採用のほうはおかげ様で、たくさん問い合わせていただくようになりました。2つ目のお客様からのお仕事をいただけるかどうかっていうところなんですが、逆にこちらのほうは、既存のお客様からは「上場したからっていって調子に乗るんじゃないよ」というふうにお叱りを受ける、ということのほうがどっちかっていうとあるみたいな(笑)。
M&Aってシンプルにいうと会社の売買なのですが、会社は人で成り立っている。だからM&Aとは何をやっているかというと、「人の集団と人の集団を結びつける」ということなんです。それがうまくいけば、良い形で未来がつくれると思っています。もちろん、未来というのは当然いい未来ばかりではなくて、悪い未来というのもあるわけです。われわれがやりたいM&Aというのは、人に対して良い未来が提供できる、そんなM&Aをこれからもつくっていきたいと考えています。そこにまっすぐに取り組んでいきたいです。
片岡
ちなみに、上場されると結構仕事でもプライベートでも人がよだれ垂らしてやってくる、って言いますけど。荒井さん、よだれ垂らしてる人は寄ってきていないですか(笑)。
荒井
よだれを垂らしている人はあんまり寄ってこないんですけど(笑)。でもうちの場合は、会社を売った人に対しては、忠告をしています。「会社を売ると大金が入ってきますよね。大金が入ってくると、周りに知れちゃうでしょ。上場会社に会社を売った人なんて、いくらで売ったかわかっちゃうんですよね。そういうときは気を付けたほうがいいですよ」と。「いろんな人が寄ってきますよ」と。特に気を付けないといけないのは、高校の同級生とか、前の職場の同期に気を付けないといけないんです。そんなこと言っている私が、上場して同じ立場になってきていますけどね(笑)。