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「俺って要るのかな?」という葛藤【オプトホールディング鉢嶺代表】

急成長期に直面した「壮絶なる成長痛」 PART2

株式会社オプトホールディング 代表取締役社長 グループCEO 鉢嶺 登(はちみね のぼる)

INOUZTimes編集部
「俺って要るのかな?」という葛藤【オプトホールディング鉢嶺代表】

創業期における株譲渡が発端でむかえた瀬戸際…。そんな試練を乗り越えて確信したものとは? オプトホールディング代表の鉢嶺さんの「激しい経営ストーリー」PART2です。

※西日本ベンチャー100カンファレンス2018(2018年11月)で行われたセッションより抜粋・構成しました。

金銭で報いるべき

その後、電通とは無事に資本業務提携を解消できましたが、やはり株式というのは会社経営を安定させるために重要である、と痛感しました。パートナーに報いるには、株式ではなく金銭で支払うべきだと思います(PART1「人とイズム」の手を抜かない:参照)。

これをちゃんと分けて考えられなかったため、私は非常に苦労することになりました。同じ間違いをされないほうがいいと思います。

「倍々成長」の理由

創業から7年後の2001年から急激に業績が伸びました。それまでの7年間で売上がわずか約3億円だった会社が2001年の1年間で約12億円と、売上が4倍以上に急伸しました。以降は28億円、43億円、96億円と倍々で成長し、2004年に上場を実現しました。

急激な成長が可能だったポイントが4つあります。

1点目は、PART1で述べたように、FAX広告事業からインターネット広告代理事業に「業態転換」をしたこと。「伸びる市場」を選択するのは、当たり前ですが、非常に重要です。

2点目は「明確な目標設定」。3年後に売上30億円、利益3億円で上場しようという“333計画”という中期経営計画を経営陣で合宿して立て、経営に取り組みました(「腹の底から『やる』と決めろ。景色が変わる」:参照)。

3点目は2001年からスタートさせた「チーム経営」。私はCEOとしてビジョン経営に特化し、実務の執行はCOO、マーケティングと営業はCMO、財務はCFOに任せるという役割分担をしました。これが成功し、業績が一気に伸びました。

しかし、チーム経営に移行したことで私の心のなかに葛藤が生まれました。これについては後で詳しく話します。

「ベンチャーイズム」が崩壊!

4点目は「フォーカス」。当時、4つの事業のうち3つは休止状態にして、インターネット広告代理事業だけに事業フォーカスしました。

事業意欲が高い創業者は新しいことが大好きで、次から次へと新しいことをやりたがります。でも、全部が中途半端で儲からない…。これが一番ありがちなベンチャー企業が陥る“罠”です。

この時期は業績が倍々で伸び、絶好調で失敗らしい失敗はありませんでした。しかし、上場後、会社の規模が急拡大すると、ある問題が起きました。「大企業病」です。

上場直前の社員数は70人。それが上場後3年で700人になりました。急拡大で、社内は大混乱し、ひとことで言えば“ベンチャーイズム”が崩壊したんですね、当時。

ベンチャーvs.大企業の「文明の衝突」

それまでは70人で一致団結して「ウチの会社はこんなにすごいぞ!」「勢いがあって、ワクワクして、すごく楽しいぜっ!」とやっていたのですが、大企業からの転職者が大量に入社し、気づいたらまわりは大企業からの転職者たちで占められるようなると、ある変化が起きました。

それは、圧倒的多数派である大企業からの転職組の人たちが「なんだ、オプトって福利厚生とか、こんな制度もないの?」と言い出したことです。前の会社の論理をそのまま持ち込んできたんですね。

そんな人たちが上場前からいた社員の10倍いると、もともといた人たちがマイノリティになります。すると自分たちが「イケてる」と思っていたものが「こんな一流企業からきた人たちがイケてないって言うということは、本当はイケてないのかな?」と自信が揺らいでしまう。こうして社内がバラバラになってしまったんです。

「大企業病」克服に打った手

こうした大企業病を払拭し、社内のベンチャーイズムを取り戻すために、採用手法や人事制度を変更し、さまざまな研修を導入しました。しかし、大企業病から脱するのに数年かかりました。

この経験を踏まえて、グループのソウルドアウト株式会社が2017年に上場した時は、できる限り上場前から社員を採用、上場時の社員数は200人を超える規模になりました。そこから、例えば700人に社員規模が急拡大しても3倍増くらい。このくらいならイズムは守っていけると思います。

上場実現の裏で抱え込んだ苦悩

一方で、上場が実現した裏で、私自身、心のなかで「俺ってオプトに要るのかな?」という葛藤を抱えることになりました。

チーム経営に変えたことで役割を分担し、私が言いたいことは全部COOに話し、COOが咀嚼して会社を動かす。そうした体制にしたことが原因です。

大企業との提携で成長急停止も提携解消で再び成長へ

それまでは自分ですべてを決めて動かしていましたが、船頭が2人になると会社が混乱します。したがって、私が一歩下がったようなスタイルにしたのです。

そうしてから会社が急成長し、上場が実現しました。まわりからは「すごいじゃん」と言われるんですけれど、私としては「そうみたいね」といった感じで、どこか他人事でした。

私のなかでは「自分がオプトの経営をやってるんじゃないんだよね」という感覚があり、「俺ってオプトに要るのかな?」「俺がいなくても会社が伸びるんだったら、俺は辞めたほうがいいんじゃないかな?」。そんな悩みを持っていたんです。

ナンバー2との喧嘩

そうは言っても上場すると注目されるのは社長である自分。COOのほうが立役者なのに、自分だけ注目されるのは申し訳ない感じがありました。

それで「もっとCOOの彼に譲ったほうがいいのかな」と考え、最後は彼にCEOを任せることにしました。これが痛い失敗となってしまいました。

ちょうどその頃、ある方から「ベンチャー企業は創業者が一生面倒を見るものだ」と言われ、「ああ、そうなんだ」とすごく納得するところがあり、一度は決めた引退を撤回して経営の現場に復帰しました。結果、ナンバー2と喧嘩することになるんですけれども…。

今ではお互いまた仲直りしているので「ナンバー2の人は、ナンバー2が座りがいいんだ」と話したりしています。だけど、当時はそれに気づくことができませんでした。

成長痛を乗り越え「チーム経営」に確信

ナンバー2の人がどんなに優秀であっても、ナンバー2の役割はナンバー2としてのものなので、あまりにも権限を譲りすぎたのは彼にとっても良くなかったな、というふうに今では思います。

ナンバー2にはナンバー2の強みと弱みがあって、私には私の強みと弱みがある。お互いに補完し合えるからチームなんだな、ということがわかってきました。

チーム経営に確信を持つためには、こうした葛藤も必要だったのかもしれない。今は、そう思っています。

(PART1「『人とイズム』の手を抜かない」)

鉢嶺 登(はちみね のぼる)

株式会社オプトホールディング 代表取締役社長 グループCEO

1967年、千葉県生まれ。1991年に早稲田大学商学部を卒業後、森ビル株式会社に入社。1994年に有限会社デカレッグス(現:株式会社オプトホールディング)を設立、代表取締役社長に就任。2004年にジャスダック上場。2013年に東証一部上場。

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