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再上陸したレジェンド「折口雅博」 “超成功のセンターピン”

“伝説の起業家”が語った急成長・急拡大を可能にする戦略と戦術

ブロードキャピタル・パートナーズ株式会社 CEO/元グッドウィル・グループ創業者 折口 雅博(おりぐち まさひろ)

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再上陸したレジェンド「折口雅博」  “超成功のセンターピン”

一介のサラリーマンから瞬く間に10万人組織を統率する起業家へ駆け上がる…。日本のベンチャー史に名を残す経営者のひとり、元グッドウィル・グループ創業者の折口さんが急成長・急拡大を可能にした“戦略と戦術”を語りました。あの米国移住の真相も。起業家必読、迫真の“経営ドキュメント”です。

新経済連盟主催「激動の起業家ストーリー~伝説の起業家 折口雅博の『4つの転機』」セミナー(2018年2月6日)で行われたセッションより抜粋・構成しました。

バカにされようが“迷信”を取り払え

「センターピン理論」。それは事業の成否をわけるポイントです。

ボーリングでストライクをとるためには、一番前の真ん中にあるセンターピンは絶対に倒さないといけない。そこに当たらなければ、いくらすごい球を投げてもストライクは取れません。

つまり、センターピン理論とは「物事の本質を見極める」ということです。まずは「センターピンはなにか」をしっかり探すことが大切。それさえ倒せれば後ろのピンは何とでもなる。そう言っても過言ではありません。

“ジュリアナ”(脚注1)を例にご説明しましょう。ここでのセンターピンは「毎日満員にすること」でした。そのためにノリの良い音楽をかけてみんなを盛り上げ、女性がお立ち台に上る華やかな世界をつくり、男女のグループがうまく交流できる空間にしました。

(脚注1)折口氏が商社マン時代に同社のプロジェクトとして自ら企画した伝説のディスコ。 イギリスの著名なレジャー企業のソフトとハイエンドの装置の輸入を含め、内装、スタッフ体制、PRまで折口氏が総合プロデュースした。お立ち台、ワンレン、ボディコン、ジュリ扇(せん)、VIPルーム、ジュリテクなど、バブル時代を象徴する多様なポップカルチャーがジュリアナから生まれ、ファッション、ダンス、音楽シーンだけではなく、社会全般に大きな影響を与えた。正式名称は「JULIANA'S TOKYO British discotheque in 芝浦」。ジュリアナ東京、ジュリアナTOKYOとも通称された。

ディスコのセンターピンを一言で表すと「お祭り」です。しかも、フツーの盛り上がりではなく「超盛り上がっている」状態。そして、それを維持すること。それがセンターピンなんです。

単に「満員にする」だけなら、週末の金曜日や土曜日にちょっとした企画をやればいい。しかし、平日はその10分の1、100分の1しか来ない。「毎日満員にする」状態を維持するために力を入れたのがインビテーション、無料招待です。無料招待チケットを発行して、連日連夜、人を呼びました。

人が集まれば「あそこは満員で人気がある」という安心感が生まれ、「次はお金を払ってでも来よう」と思ってもらえます。そうして人がどんどん増えていき、最終的には週末だけではなく、月曜から木曜も、全員、有料で来場してくれるようになりました。

ターゲットは「ヤンエグ(ヤング・エグゼクティブ)」と言われていたサラリーマンとOL。大企業などに務め、一定の可処分所得がある若い男性サラリーマンと彼らから人気があったOL、つまり大手町や丸ノ内、西新宿といったビジネスの中心地で働く若い女性たちです。お金を使ってくれる、言い換えれば自分の意志で自由にお金を使えてコンスタントに来場が見込める客層はどこかを考え、ヤンエグとOLをターゲットにしました。

その頃はサラリーマンやOLをターゲットにしたディスコはほかになく、かなり突飛な考えでした。「サラマン・ディスコ」なんてバカにされました。だからジュリアナ以前のディスコはセンターピンを倒せていなかった。

大切なのは「固定観念をいかに取り払うか」。ディスコは週末の金土日に楽しむもの、という固定観念が根付いていましたが、それは迷信。人がいないから来ていないだけ。そこをうまく突くことができたのが、ジュリアナ成功の秘訣です。

当時のジュリアナの業績は、月商で売上2億円、利益で1億2,000万円はありました。フロアは連日満杯。すごい状況でした。とにかく人がたくさんいて、流行の中心になっている。そんなウワサを聞きつけ、特にアプローチをしたわけではないのですが、芸能人からスポーツ選手まで、いろんな人がジュリアナに来てくれるようになりました。センターピンを倒すための取り組みが、結果的に後ろに残る他のピンも次々と倒していったのです。

現米国大統領のトランプ氏と

現米国大統領のトランプ氏と

<プロフィール>
1961年、東京都大田区に生まれる。 1984年に防衛大学校を卒業し、日本ユニバック(現:日本ユニシス)を経て、1985年に日商岩井(現:双日)に入社。ジュリアナ東京を立ち上げる。1992年に日商岩井を退職。1994年末、六本木にディスコ「ヴェルファーレ」をオープン。1995年に 人材アウトソーシングの株式会社グッドウィルを創設。その後、介護会社コムスンを含めたコングロマリットのグッドウィル・グループ(GWG)の取締役会長兼CEOに就任し、店頭公開、東証一部上場、創立10年で売上1400億円、さらに国内海外に展開し、年間売上高7,700億円まで成長させた。2004年には経団連理事に就任。2005年には紺綬褒章、また厚生労働大臣賞を2度受賞している。 2008年にGWGの取締役会長を辞任し、米国に移住。高級和食レストランMEGUチェアマンに就任。その後、MEGUをイグジットし、現職。

賭けるべき時に人生すべてを賭けるのが起業家

ジュリアナは私が商社マン時代に発案して始めた事業です。しかし、商社としてできる事業ではなく、個人で約5,000万円の資本を集めました。テナントを借りるために買ったばかりのマンションを抵当に入れてお金を借りるなどしました。最終的な責任はすべて自分で持ったんです。当時、私は28歳。まさに一世一代の賭け、絶対に成功するしかない。そんな想いでした。

結果としてジュリアナを有名で収益の高いビジネスに仕上げることができました。でも、では個人として潤ったかというと、そんなことは全然ありませんでした。会社の社内規定があり、(ジュリアナの運営会社の)役員になれるわけではなく、運営母体の株を持つことができるわけでもない。成功すればしたで、会社から追われる可能性があることもわかっていました。しかし、もう後戻りはできない。そんな感覚で、とにかく人生を突き進みました。

商社マン時代は、リスクヘッジと覚悟の大切さを学びました。ジュリアナの立ち上げと成功は、一見、華々しいかもしれません。しかしその裏では、リスクヘッジを怠っていませんでした。さまざまな状況を同時並行で動かしながら、常に別案を用意していました。時にはリスクも覚悟でアクションを起こさなければならないシーンもありました。

起業家というものは、その仕事の性質上、賭ける時は賭けなくちゃいけない。そんな場面が、どこかで出てくるのではないかと思います。

日商岩井を辞め、六本木のヴェルファーレを始めた当時は、ジュリアナのためにつくった借金はまだ完済できていませんでした。5,000万円ぐらいは返したのですが、利息が付いてしまっていたので借金自体は7,000万円以上ありました。もう金利金利で、クレジットはもちろん、さまざまなところからお金を調達しまくっていました。ようやく借金を完済できたのは、ヴェルファーレの次にグッドウィルで軽作業の人材派遣ビジネスをつくったあとのことでした。

グッドウィルでのセンターピンは「必要な時に必要な人を派遣する」。すぐに月商2億5,000万円の事業に成長しました。

なぜ「必要な時に必要な人を派遣する」がセンターピンだったのか。例えばほとんどの引っ越しは土日に集中しますよね。そうなると土日だけ平日の10倍の人が必要になります。イベントも同じで、たとえばマイケル・ジャクソンが東京ドームに来るとなれば、その1日だけ大勢の運営スタッフなどが必要になります。お歳暮やお中元もそう。ほかの時期はそうでもないのに、ある特定の時期だけ包装作業や倉庫作業が圧倒的に忙しくなります。

こうした「とにかく今、人がほしい」というニーズを満たす。それがグッドウィルにおけるセンターピンでした。

働く側にも「今日働いて、今日お金が欲しい」という状況があります。フリーターや主婦、リストラにあった人や退職した人など、いろんな背景を持った人が世の中にはいます。そういう人たちにとって価値が高いのは「今日働いて、今日お金が支払われる」こと。「必要な時に必要な人を派遣する」というセンターピンは、人手不足と日払いのニーズの両方を解決しました。

システム、スピード、マインドセット

急成長にともない、ある問題が出てきます。それはキャッシュフロー。日払いで毎日お金を払っていくと、売上が伸びれば伸びるほど、手元にあるキャッシュが無くなっていってしまう。だからこそ、しっかりしたキャッシュフローをいかに確立するかが大きな問題でした。

最初はベンチャーキャピタルから資金を入れました。次は銀行。銀行には序列がありますから、上から順に取引してもらいました。その次は証券会社。そこまで行けば、売上が急激に伸びても短期の運転資金はすべて銀行がまかなってくれるようになります。

設立5ヵ月目のグッドウィルの初年度決算は売上9,000万円、2年目の通期決算は売上9億7,000万円。3年目は売上40億円、経常利益2億円を計上しました。こうした急成長を可能にしたのは、一連のお金の流れをしっかりつくれていたからです。

事業や会社が一気に拡大成長する時は、人材教育も重要です。グッドウィルの場合では、支店長教育がポイントでした。現場で直接採用したり、お金の管理もしなければいけないからです。

そのため、当時の幹部は「支店長教育には最低、半年間が必要」と考えていました。しかし、私はそうは思いませんでした。なぜなら、軽作業のスタッフの質は、事前の教育で上げられるものではありません。引っ越し作業にしても、とにかく経験を積んでいけば自然とうまくなるものです。

だから経験に合わせて時給を上げるようにするなど、とにかくすべてをシステム化したんです。そうすれば支店長の短期育成が可能になります。一気に育てて、一気に全国展開。だからこそ2年5ヵ月という短期間で売上40億円を達成できました。センターピンを押さえ、原因と結果をセットで考えて判断していく。そこが大切なのです。

スピードは大切です。グッドウィルグループの社訓である“グッドウィルグループ十訓”に「スピードは力なり」というものがあります。同じことをやるにしてもスピードが速ければ5倍10倍の力を持たせることができる。コムスンでも初年度に1,200拠点を一気に用意しました。そのスピード感があったからこそ、ライバル会社を倒すことができ、ビジネスをレバレッジすることができました。

ところで、たとえばITの場合なら、あるひとつの素晴らしい技術をテコにビジネス展開することも可能です。しかし軽作業のグッドウィルは技術を売りにしたビジネスではなく、言ってしまえば技術力は必要とされない、誰でもできる仕事です。

コムスンの介護事業も技術で客観的な差が出ることはありません。資格で平準化されたスキルですから技術力の差が問われる、ということはほとんど起こり得ません。

大きな差が出るのはマインドセットです。システムはすぐにつくれますが、マインドセットは一朝一夕にいきません。そこで「お客様の立場に立て、究極の満足を与えよ」の第一唱から始まり、「正しくないことをするな、常に正しい方を選べ」の第十唱で構成される“グッドウィルグループ十訓”をつくり、毎日唱和するなどして、その徹底をはかりました。朝礼はもちろんですし、ミーティングの前にも唱和しました。

コムスンでも「私達は、一人でも高齢者の尊厳と自立を守り、お客様第一主義に徹します」という言葉から始まる“コムスンの誓い”をつくり、管理職や一般社員の差はなく、これを全員で唱和していました。

当時は1,800人の新卒採用を行い、2年で2,700人を採用。2年連続で新卒採用人数日本一になりました。そんな新卒入社のメンバーも“コムスンの誓い”をしっかりと理解していました。高齢者の尊厳と自立を守る、お客さまの笑顔を大切にするという想いを潜在意識にまで刷り込ませることができたからこそ、技術力ではなく、心で勝負ができ、質の高いサービスを提供できた。それがコムスンの強みでした。

グッドウィル社員総会でスピーチする折口さん

10人を徹底マネジメントすれば10万人をも統率できる

10万人規模に急拡大したGWGを、どのようにマネジメントしていたのかについてお話ししましょう。大企業の経営者は時として偉そうなことを言いますが、その人がマネジメントをしているのはせいぜい10人ぐらいのものです。執行役員以上のその10人が、実質的に会社をマネジメントしていると言っても過言ではないでしょう。経営者として毎日話をする人なんて、実際のところはCOOやCFO、経営企画室長といった3人ぐらいのものです。

では、いかにして10万人規模の組織をマネジメントするのか。それは経営者がマネジメントしている10人を徹底的にマネジメントすることです。その10人がそれぞれ別の10人をマネジメントすれば、間接的に100人をマネジメントできます。その100人がそれぞれ10人をマネジメントすれば1,000人になります。これを繰り返せば、1万人でも10万人でも、マネジメントできる範囲が増えていく。その繰り返しなんです。

GWGの従業員が10万人になった時、グループ全体で執行役員以上のメンバーが100人いました。それくらいなら全員の顔を覚えつつ、間接的に組織全体をマネジメントすることは難しいことではありません。

経営トップとしてやらなければいけない最大のことは、役員の評価を決めることです。これはCEOにしかできません。単に数字だけを見て判断するのであれば、外部委員会にでも任せればいいのかもしれませんが、実際は数字以外のいろんな要素が複雑に絡み合います。それをちゃんと見ることがCEOに求められる素養です。

役員をちゃんと正しく評価することができれば、その役員は部下である部長を正しく見て、そして部長は課長を正しく見てといった具合に、組織全体の細部まで影響を伝えられます。

一般社員の場合は数字基準を大切にした方がよいケースも多いと思いますが、役員だけは数字の客観性と自分自身の主観性、その両方を持って判断していかなければなりません。私の場合は業績だけではなく、志や人間力、部下からの信頼といったいろんな要素を加味して評価を決定します。

昇格させて成果が出ない時は単に適材適所ではなかった、というだけなんです。本当は英語があまり得意ではないとか、本当はパソコンに向かって黙々と作業することが得意だとか、人それぞれ働き方の好みがあるわけです。だったら場所を変えればいい。それを見抜くことこそが経営者の役割です。

会社が成長していればポストも多様になるので選択肢の幅が広がります。グッドウィルでは活躍できなかったけどコムスンに行ったら倍以上の働きを見せた、ということもよくありました。だからこそ、ダメだったら下げるのではなくスライドさせる。新しいポジションをつくってあげる。ビジネスを創ってあげる。それが経営者として従業員に果たすべき大切な施策です。

私は、誰かを一度昇格させたら、成果が出ないなどを理由にして、簡単に降格することはあまりしませんでした。その代わり、昇格させる時には本当に上げるべきなのか、ちゃんと活躍できるのか、という点について、いつも以上に熟考します。

私が思うに、上げたり下げたりをしてしまう時というのは、えてして業績中心、つまり数字をもとに判断してしまっていることが多いんじゃないでしょうか。

私は毎年自分で100人の序列を決めていました。これまでの業績やこれからの志、やっていることのチャレンジ難度や人材活用の適性などを見ながら総合的に判断し、毎年1月4日にそれらの人事を発表していました。グループともなれば、他の会社の誰が偉いのかなんて、普通は詳しくは知らないものでしょう。しかし、私の判断を聞いて「今年はあの人が一番偉いんだ」と、みんな序列の判断に納得してくれていました。

年頭に人事を発表した後は新年会、というのが定例でした。最初は5人だった新年会が、10人、20人と増えていき、最終的には100人になりました。みんな、楽しみにしてくれていたと思います。

“CEO辞任”の真相

一方で、人が増えれば、いろんな意見が生まれます。細かな部分では議論をしなければいけないシーンも出てきます。だからこそ、企業理念や社是が大事なんです。GWGの社是は「弛まぬベンチャースピリット」。売上7,000億円、10万人の従業員を擁する会社になってもベンチャースピリットは決して失わない。この社是で社員全員の芯を統一できたからこそブレなかったのです。常にハングリー精神を持ち、会社として守るべきことを決めて、そこから外れるようなことはしませんでした。

ベンチャーは攻めなければなりません。攻撃は最大の防御。攻め続ければ弱い敵を自然に淘汰できます。しかし、攻めるためなら管理部門をずさんにしておいてよいかというと、そうではありません。管理部門も積極的に攻めました。ITシステムの最新化もそうですし、国際展開をする際は国際会計基準に見直しました。

技術力で勝負をしなければならない場合もあります。私はニューヨークでMEGU (脚注2)という日本食レストランをやっていましたが、そこではとにかく技術、質にこだわりました。

(脚注2)МEGU:ハイエンドなモダン日本食レストランの世界チェーン。ニューデリー(インド)、ドーハ(カタール)、モスクワ(ロシア)、グシュタード(スイス)などに展開。2004年にニューヨークに初出店。正式名称はMEGU Modern Japanese Cuisine(メグ モダン・ジャパニーズ・キュイジーヌ)。2014年にイグジットした。

最高の和食店として、味つけ、雰囲気、サービス、内装、立地、すべてにおいて完璧を目指しました。完璧を追求すれば、お客さまはそれを評価してくれ人気が出ます。そうなると「ここで働きたい」という人が自然と集まってきます。事業が勝手に自走していってくれるんです。

事業家時代は、とにかく規模の大きな仕事をと考えていました。次はクオリティを極めてみるのもおもしろいかもしれない。МEGUはそんなきっかけからスタートしました。実際、МEGUの顧客層はとにかくハイソサエティ。ニューヨーク店にはハリウッド女優や有名スポーツ選手が来ました。カタール店には王族のお客さまがお越しになりました。スイスに至っては世界屈指のリゾートですから。

ここで、私がGWGで経験した裏話をさせて頂きましょう。経営から退き、アメリカに移住したことです。

(アメリカに移住したのは)会社が潰れたからだ、と思っている方が多いかもしれませんが、そうではありません。海外事業は日本の超大手の人材企業に売却し、今でも核として機能しているようですし、国内部門も現在は東証1部上場企業のテクノプロ・ホールディングスとして技術者派遣でトップ規模の会社になっています。

事実はこうです。クリスタルという人材サービス最大手の会社を買収する際、900億円を銀行借入しました。すると、あるアメリカのファンドがその債権を銀行から一気に買ってしまったんです。結果、株価が大暴落。そして今度は、その900億円の債権を買った人が(暴落した)株を買収し、持ち株75%の筆頭株主に。そうして私はオーナーシップを失い、アメリカに移住することになりました。

「組織全体で勝ちに行く」がCEOの使命

MEGUが“6つ星”(脚注3)を取ってから、いい意味で事態が一変しました。世界中からMEGUに投資したいという人が現れたんです。これが私にとって初めての自主的なイグジットでした。自分で幕を引き、新たな道へ進みだしたのはこれが最初です。すごくいい経験ができました。

(脚注3)6つ星:MEGUが2012年にホスピタリティーの国際的な評価機関「ザ・アメリカンアカデミー・オブ・ホスピタリティー・サイエンシス(AAHS)」から最も権威ある「6つ星」の称号を獲得したこと。

MEGUのイグジットをきっかけに、事業家から投資家へと私の人生が変わりました。そのままMEGUブランドを追求し続け、世界中に展開していくこともおもしろかったかもしれません。しかし「もっとおもしろいと思えることが他にもあるかもしれない」「いろいろなことに携わることでしか味わえない楽しみがあるはずだ」とも思いました。だから投資家になる道を選んだのです。

ジュリアナ/ヴェルファーレ、グッドウィル、コムスン、そしてMEGU―。領域の異なる事業ですが、共通していることがあります。それはブランド。グッドウィルもコムスンも、すべてブランドを一気に展開したからこそ成功しました。ブランドができれれば商売は勝ちやすくなる。ですから、ブランディングは徹底的に行うべきです。

Photo:INOUZ Times

会社のトップであるCEOは、非常に恵まれた立ち位置にあります。プロ野球選手やサッカー選手で億を稼ぐことができる人は何人いるでしょうか。アーティストや俳優でも、年間に億を稼げている人というのはほとんどいません。CEOであれば(スポーツ選手などとは違い)個人の力だけではなく、組織全体で勝ちに行くことができます。自分にできないことは他の人にやってもらえばいい。口下手だったら営業は他の人に任せる。そんなアレンジを無限にできるのがCEOなんです。

MEGUをイグジットした後、私は新たにニューヨークを本社とした投資&コンサルティング会社をスタートさせました。この会社では、私の知見だけではなく、グループ全体で培ったノウハウやナレッジを提供しています。米国屈指のファイナンス系の企業とも組み、投資やM&Aのアドバイス、イグジット支援のほか、海外事業展開やブランド価値の最大化に関するコンサルティングなどをしています。

私たち自身が企業が成長する過程を経験しているからこその実践につながるアドバイスが可能になっています。今後の人生は、経営者の方たちが抱えている課題の解決を通して、何よりも皆さんが会社をスタートした当時に持っていた大きな夢の実現の支援に捧げたい。こう考えています。

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