社内承継は実現可能か見直しを
自分が引退した後のことについて、『彼になら後を任せられる』と後継者候補を心に決めていたとしても、その人には本当に会社を継ぐだけの心構えと準備があるのか、これは大きな課題であり、社内承継には越えなければならない壁がいくつもある。 事業承継型のM&Aに詳しい専門家は、「ある程度の規模の企業になれば会社の将来を担うだけの人材はいると思いますが、業績が好調な会社ほど社内承継は困難になる傾向があります。その人が高価になった株を買い取り、借入金の連帯保証を継承するという資金面だけを考えても現実的ではないでしょう。 また、経営者とサラリーマンでは心構えや責任の重さも違います。実際、『継がせるつもりだった人に断られてしまった』『社長のポジションは譲ったものの、株の譲渡が進まなかった』などの相談事例が見られます」と実例を語る。 かといって廃業はデメリットが多く、社会的責任も果たせない。リタイアを考える年齢になって上場を考えるのも難しい。残る選択肢は、良い相手を見つけて会社を譲渡する事業承継型のM&Aしかないのが実態だ。
“静かなM&A”が成功の秘訣
大切に育ててきた会社を譲渡して社員はどうなるのか。取引先は受け入れてくれるのか……。不安は尽きないが、意外にも会社を乗っ取られるというような最悪のシナリオはあまりない、と前出の専門家は言う。「買い手はさらに収益を上げようとM&Aをするわけですから、社員や顧客基盤をないがしろにするようなことはまずありません。それに、交渉の過程でトップ面談などがありますので、『この会社になら後を任せられる』と信頼できる相手を選べば安心です」(同専門家)。 多くの場合、M&Aを経ても社員や取引先にこれといった変化は起こらない。M&A後すぐは社員の働く環境や条件などをそのままにして、2、3年後に社内規定など内部的なことを統合したり、正式に合併したりする例が一般的だという。急激な変化は、社員や取引先の不安の種になりかねないからだ。社名すら当面は変えない場合も珍しくない。
会社譲渡の理由
意外にもソフトランディングが多い事業承継型のM&Aだが、「業績が悪かったのでは」などと、あらぬうわさを立てられるリスクを心配する声もある。これを避けるため、特に必要でない限り公表はせず、引き継ぎ期間として経営者は少なくとも半年から1年は顧問、相談役などの役職に就き、大所高所で助言をするのが一般的だ。 外から見てもM&Aをしたことが分からないし、社員や取引先も変化を感じないことも多いという。前述の専門家は、「『いつのまにか株主が変わっていた』くらいのサイレントな形にすることが、M&A成功パターンだと思っています」と語る。
事業承継は経営者の最後の大仕事
愛情を持って会社や社員を育ててきた経営者ほど、事業承継の決心は付きにくいもの。しかし、いずれ引退のときは訪れる。事業承継の対策を立てておくことは、経営者の責務といっても過言ではない。M&Aを発表したところ、社員から「実は社長が引退したら廃業してしまうのではと心配していた」といった声が聞かれることも。社員の方が会社の未来を冷静に見据えていることも多いのだ。