「人事戦略」は経営課題を解決する手段
―「採用・育成などの人事施策に力を入れようと思っても、結局、どこから手をつけていいのかわからない」。ベンチャー企業の経営者と話をしていると、そんなため息を聞くことが珍しくありません。曽山さんが社員数十名の無名ベンチャーの人事責任者だったとしたら、なにから手をつけますか。
僕が人事施策に着手するとき、決めていることがあります。それは「経営課題はなにか」を明確にしてから動きだす、ということ。経営課題を解決するソリューションとして人事戦略が存在するのであって、この逆はないからです。手段が先に来ることは絶対にないですよね。
なので、最初の質問に回答するなら、その時の経営課題を解決するアクションが採用なら採用から着手するし、育成なら育成を考えます。同時平行ですべて整備しなければならないのなら、全部やる、ということになります。
でも、ひとつの人事施策しかできないんだとしたら、間違いなく採用に全力を挙げますね。採用をミスしたら、何もできませんから。
―曽山さんの採用基準を教えてください。
サイバーエージェントの採用基準は「素直でいいヤツ」。
素直さとは「物事をあるがままに見ることができる」こと。人間って自分の成功体験や失敗体験に影響され、自分流の“偏見”で物事をとらえてしまう傾向がありますよね。何かが変化しても「そんなはずはない」「そんな変化は受け入れられない」とか。
物事をあるがままに受け止められないと、「これ、時代が変わるな」と前向きに、正確にトレンドの変化という事実を見つめることができない。だから、そんな素直さが大切なんです。
だけど、「素直な人」って言うと、厳しいことを言われても反発せず「仰せの通りです」と受け入れちゃう“イエスマン”をイメージする人って少なくないですよね。そうじゃないんです。「言われてイラッとしたけど、確かにそういう意見はあるな」でいいんです。
人間は感情の生き物。感情が揺れ動いたとしても、それでも人には意見があることを認めることができて、「その可能性があるかもしれない」と考えることができる。それがサイバーエージェントの考える「素直さ」なんです。
―「面接マニュアル本」が世の中に氾濫していて、“素直さ”といった人間の本性みたいな部分は見えにくくなっているんじゃないかと思います。曽山さんはどうやってその辺を見抜いているんですか。
「素直でいいヤツ」という言葉は、僕らの場合、言ってみたら純粋に「一緒に働きたいかどうか」ということの言い換えなんです。なので、「一緒に働きたいかどうか」で判断しています。面接官となる社員にも、それで判断してほしいと言っているし、僕が面接する場合もそうですね。
言わせて、やらせて、きちんと受け止める
―採用後の育成についての基本的な考え方を聞かせてください。サイバーエージェントにはユニークな人事制度がいろいろありますけど。
基本は「役割を明確にする」ことです。
仕事の内容はなんだっていいんです。「いま、新しい事業をつくっています」でもいいし「このクライアントのこういう仕事を担当しています」でもいい。だけど、「社内の先輩のだれだれさんを手伝っています」というのは絶対にダメ。新卒1年目から具体的かつ明確に説明できる仕事を与える。それが育成の基本的な考え方ですね。
―なぜ役割の明確化が大切なんですか。
役割が明確だと、そこに自分の責任感が芽生え、自分の頑張りどころを見つけられるからです。役割が不明確で、たとえば「何とか先輩についています」だけだと、その先輩の言っていることを作業としてやるだけになってしまう。そうなると主体性は絶対生まれません。役割があるから主体性が生まれるんです。
さらに、その役割が本人にとってもやりがいがあり、難易度が高く、おもしろいチャレンジであればあるほど、主体性の度合いが高まります。成長も速くなります。
―育成の目的は「成長して活躍してもらう」ことですけど、曽山さんが考える人材の成長を促すポイントを教えてください。
根底にあるのは「言わせて、やらせる」。この哲学は人事制度にも反映されていて、たとえば希望する他部門またはグループ会社への異動にチャレンジできる社内異動公募制度「キャリチャレ」、エンジニアが2年ごとに異動希望を出せる「エンジニアFA権」などの制度となっています。これらはどれも自分から「こういう仕事をしたい」と言わせる制度なんです。
ここで大事なのは、自ら手を挙げて意思表明してもらったことを会社としてきちんと受け止める、ということ。ただし、異動希望を表明したからといって、すべてOKになるわけじゃありません。実現するのは全体の半分くらい。その部門の人気が高かった、本人のスキルが追いついていなかったなどいろんな理由や事情から異動が決まらない場合もあります。
そこで大切にしているのは、手を挙げて意思表明してダメだった場合のNG面談。「なぜダメだったのか」「どうなれば希望が通るのか」などを本人にきちんとフィードバックするんです。「ダメだったからあきらめろ」と道を閉ざすのではなく、あくまでもキャリアプランに寄り添い、次のステップアップを応援し、実現する方法を一緒に考える。それが僕の考える「受け止める」ということです。
サイバーエージェントには、みんな自分の意見を自由に、積極的に表明する企業文化がありますけど、それはこうした「言わせる」哲学が共有できているからだと思っています。今年から「スタートアップチャレンジ」という新規事業コンテストを始めたのですが、応募受付から締切までの1ヵ月間で1,300件の応募がありました。グループ社員数4,000人の会社で、1,300もの新しいネットアイデアがあっと言う間に集まる。「すごいな」と思いました(笑)。これも「言わせる」哲学が浸透しているからなんです。
人事に終わりなし
―なるほど。ただ、いろんな制度をつくっても中途半端に終わるのが「ベンチャーあるある」。曽山さんのような優秀なHR人材に恵まれないベンチャーには真似できないんじゃないかな、と思いました。
「制度のある・なし」は全然意味がなくて、機能していることが大事なんですね。僕自身も、いつもそこを注意しています。
「言わせる」ことで言うと、手を挙げたくなるような制度設計をしているつもりではある一方、人の思考や性格は多様ですよね。「手を挙げた方がおトクなのに」とは思いますけど、それでも手を挙げない人、言わない人がいてもいい、と僕は受け止めています。手を挙げない人、言わない人を否定するつもりは全然ありません。だけど、それでも「思わず言っちゃった」というような状況をつくりたいんですよ。
そのひとつが、社内で開発した「GEPPO」というツール。全社員を対象に毎月1回、5分程度の簡単なアンケートをするツールです。最初に「先月の成果はどうでしたか」という質問があって、天気の晴れからどしゃ降りまで、5段階のラジオボタンから選べるようになっていて、次に「あなたの将来の夢は何ですか」という質問をフリーコメントで聞き、最後は何を書いてもいい自由記述欄。実際に相談に乗ってほしい人などがいれば、そこに書き込んでもらいます。
フリーコメントは全部、読んでいます。毎月1,000件くらいのコメントがあるのですが、それを3営業日くらいかけて全部読み、僕が直接連絡したり、面談することもあります。
「言える環境」の整備に手を抜かず、言ってもらったからにはちきちんと返す、きちんと受け止める。それが制度を機能させるキモなんです。必要なのは「HRのプロ」ではなく、経営者が誠意をもって貫くことだと思います。
―最後に、この連載開始にあたって、読者の経営者にメッセージをお願いします。
いま僕は「才能開花」という言葉を宣言しています。「社員の才能がフルに発揮できているのか」という問題意識をもって仕事をすることが、人事に携わる人に求められる、もっとも大切な基本だと考えているからです。
会社が成長すると新しい課題が必ず生まれ、そのソリューションとして新しい人事施策が必要になります。課題が消えることはなく、人事に終わりはありません。連載を通じて、こうした「永遠の課題」に対する答えをみなさんと一緒に考えていけたらいいなと思っています。質問・疑問を奮ってお寄せください。