“反作用”を恐れずにトコトン話をする
―“文系経営者”の多くが感じている悩みのひとつです。
そうですね。エンジニアマネジメントについては、僕もまだまだ課題があります。
―エンジニアの定着率を上げるためのポイントはなんだと思いますか。
打開の糸口は「声を直接聞く」ことだと思います。マンツーマンの面談、ランチや夕食を一緒にしながらのミーティングなどスタイルはなんでもいい。おたがい時間をとって、エンジニアのメンバーと顔と顔を合わせて、直接コミュニケーションしてほしいですね。
その際、まず「技術理解が浅い」ということ自体を、経営者は自ら認識することが大事。謙虚な姿勢で、かつ、たくさん話をする必要があるでしょう。僕も“これでもか”っていうくらい、エンジニアと話をしていますよ。
―どんな話をしているんですか。
いろんなことを話します。いま僕の目の前にいるエンジニアその人が「どんな人となりなのか」「どんな仕事が好きなのか」「なにを目標に掲げているのか」など、トコトン知り尽くしたいと思っているので。
―その理由を聞かせてください。
ふたつあります。まず、業績を上げるため。相手のことがわからないと、その人の才能を引き出せません。会社で働く個人個人の才能を引き出せなければ会社の業績は上がりませんから。これがなにより大切なことです。次に「知らない」という状況を克服するため。無知は判断ミスを誘発する最大の原因です。
「エンンジニアが考えていることはよくわからない」「技術の話は苦手」と避けて通っていると、定着率は絶対に改善しません。自分のことを避けている人についていきたいと思わないでしょう? 知らないからこそエンジニアの声を直接聞き、本音をていねいにすくいとることが、まず大切なんです。それが定着率を上げる手がかりとなり、判断ミスを防ぎ、業績を上げていくことにつながると思います。
―でも、ただ話をしているだけではしょうがないですよね。経営者はどんなことに注意すべきでしょう。
「障害の排除」です。仕事を進めていく上で、いま何が障害になっているのか。エンジニアたちから聞き出し、それを一つひとつ取り除いていくんです。
僕の経験のなかで強く印象に残っている「椅子」のエピソードをご紹介しましょう。ある時、エンジニアのメンバーから、「パフォーマンスを上げるため、高機能の椅子を導入してほしい」。そんな声を聞いたことがあるんです。
―椅子がなんだと文句を言ってるんですか?
文句じゃなくて切実な悩みなんです。“生の声”を聞いて僕も初めて理解できたんですが、エンジニアのように一日中、椅子に座って仕事をしていると足腰に負担がかかり、疲労感は重いし、腰痛の原因にもなるそうなんです。そんな不調を体に抱えていたら、確かに仕事のパフォーマンスは上がりません。
椅子が障害となってエンジニアのパフォーマンスが上がらないのであれば、結果として会社の業績向上の障害となっているのは椅子である、という結論になります。ですから、経営判断としてエンジニアの椅子を全部取り換えることを決めました。おたがい心を開いて本当の話しをすることで、なにが障害となっているのかが見えてくるんです。
―椅子に座る時間が長い職種は、エンジニアのほかにもいろいろありますよね。不公平感が出たりしませんか。
成果に対しての必要性があるなら、エンジニアのみに高機能の椅子を提供するという経営判断はアリです。なぜなら、あくまでも目的は、業績向上の妨げとなっているモノ・コトの排除なのですから。「他の部署が不満を言うから、買い替えはしません」というのはNGです。
―なるほど。だけど、建前ではない密度の濃い本音のコミュニケーションには反作用もあったりするんじゃありませんか。「ここまで言ったのにわかってくれない」とか。
確かに、そういうことってありますよね(笑)。
それは、「エンジニアは2年ごとに異動希望を出せる」など8つの新制度から構成されたエンジニア向けの人事制度パッケージ「ENERGY(エナジー)」を2016年からスタートさせたんですが、その制度設計していた時のことです。社内のSlackで「エナジーちゃんねる」というものを立ち上げ、「みんなの意見を投げてほしい」とエンジニアのメンバーたちに伝えたところ、賛成・反対、両方の声が大量に届き、Slackのなかで大議論が起きました。
そこまでは計算通りだったんです。賛成であろうと反対だろうと、誤解は軌道修正してあげればいいし、「なるほど」と思えるアイデアは制度に取り入れていけばいい。そもそも、いろんな人が自分の意見を表明するのは基本的に素晴らしいことで、それができる環境を保証するのは経営者の責任のひとつ。しかし、なかには「そこまで!?」という意見もありました。
「100%満足させる」ことはムリだけど…
―カチンとくる意見があった?
いや、でもここで感情的になってはダメなんです。それで「わざわざ誰も言いたがらない辛口な意見をあえて言ってくれたんだ。これほどありがたいことはない」と受け止めるよう、頭を切り替えました。
ネガ寄りの意見を寄せてくれたエンジニアの何人かとは、マンツーマンで話をすることもありました。
―タイマン、ですか(笑)。
いえいえ、自分が思うこと、改良案など、前向きで建設的な意見をテキストでまとめてきてくれるエンジニアがほとんどでした。実際、制度に反映した意見もあります。
できるだけ多くのエンジニアと直接話をした経験は、本当に貴重でした。エンジニアのメンバーの気持ちや考えに以前よりも寄り添えるようになったと思っていますし、「誰よりもユーザーのことを詳しくわかっている」「自分の考えでYES・NOを言ってくれる」「事業構想をちゃんと話してくれる」。エンジニアはこうした経営者を頼りにしてくれ、「ともに良いサービスをつくっていきたい」と思ってくれることがわかりました。“制度の精度”も上がったと感じています。
―でも、いくら話し合っても、全員が100%満足する制度にするのは不可能ですよね。
もちろん「こうじゃないんだよな」と感じる人がいても、それは仕方がありません。だからといって無視したり放置するのではなく、そう思っている人たちとも真摯に向き合い、軌道修正すべきことはしていく。それが大事なんです。
相手をわかろう、知ろうとする真摯な姿勢を貫くことがとにかく大切。エンジニアに限った話ではありませんが、直接コミュニケーションし、本音を引き出してあげることがモチベーションのアップにつながり、定着率を改善し、組織の一体感を形成するカギだと感じます。「自分に興味を持つ人に対し、人は興味を持つ」と言いますしね。
―経営者がいつも見ているわけにはいかない現場のマネジメントはどうあるべきでしょう。どんなカタチが望ましいと。
やはり、エンジニアチームのリーダーはエンジニアに務めてもらうのが良いと思います。そこは開発や技術を理解している人が担わないと日々の仕事が回りませんから。
―技術者は“職人”的なところがあります。エンジニアとしては優秀でもマネジメントは不得手でスキルが不足している人もいるんじゃないんですか。
だとすれば、マネジメントの部分は経営陣がサポートすればいいんです。「わかっている人」が現場のトップに立つからこそ、エンジニアたち、技術者たちの声が“文系”にもわかるように変換され、経営陣にきちんと届くようになります。
編集協力/池田園子