「晴天の霹靂だった」は問題
―今回の相談内容は「IPOのタイミングで役員が突然辞め、社内に動揺が広がっています」というものです。まるでテレビドラマや小説みたいな展開ですね。
上場を「ゴール」ととらえ、IPOしたタイミングで会社を辞める役員は、けして珍しくはありません。「事実は小説より奇なり」です。その人の価値観の問題なのでいい悪いは言えませんけど、IPOのタイミングで役員が辞めることがあっても特別におかしいことではありません。
ただし、役員が辞めることを社長が察知していたのか、思いもよらない青天の霹靂だったのかで、状況が異なってきます。
―どういうことでしょう?
事前に予兆をつかんでいた、多少なりとも予感があったという場合、社長としての組織管理のあり方に特段の問題はないと言えるでしょう。
しかし、まったく想定外だったという場合はちょっと問題。経営者として役員のことをきちんと見ていなかった、社長と役員の間でコミュニケーションがとれていなかったなど、なにかしら問題が潜んでいる可能性があります。
―想定外だった場合、どうすればよいでしょう?
それほど難しいことではありません。役員と「現時点で自分のキャリアや将来をどう考えているか」「会社の将来についてどう思っているか」といったことについて定期的に話をしたり、ときどきマンツーマンで話す機会を設けるとよいでしょう。とにかくコミュニケーションの機会を増やすんです。
オフィスの中だと本音ベースの話をしにくい場合もあります。そんな時は一緒に食事に行ったり、ゴルフなどの共通の趣味があれば、土日に一緒に行ったりするのもひとつの方法です。
―結構、ウェットな人間関係を構築したほうがいいんですか?
とにかく、経営チームの仲が良いということにはこだわってほしいですね。経営チームが一枚岩になり、強固な信頼関係で結ばれている会社ほど業績を上げることができますから。役員と食事に行って、「最近どうなの?」といった言葉を交わすだけでも違います。
経営チームの仲が良ければ、たとえば上場を前に言葉遣いや態度のニュアンスが変わったなど、小さな違和感も感じとれるはずです。また、「幹部社員の●●が悩んでいる」「●●が辞めそうな雰囲気だ」といった、組織マネジメントを行う上で有用なキメ細かい情報が上がってきやすくなります。
「ピンチはチャンス」の発想で
―社内対応についてはどうすればいいでしょうか。IPOなど会社にとって重要な局面で役員に辞められると、その衝撃は大きいと思います。
確かにそうですね。社長が予兆をつかんでいれば衝撃をやわらげる手を事前に打つことができますし、場合によっては退社を食い止めることも可能。しかし、まったく想定外だった場合は、なんの準備もできません。組織の動揺を未然に防ぐのは困難です。
こんなとき、経営者自身が慌ててしまうと、よけいに動揺が広がります。内心はショックでも、表向きは平静を装ってください。「辞めてしまうのは仕方がない」といった態度がいいと思います。
経営者がなによりも優先して考えなければならないのは「業績を上げること」の一点。勝てば官軍、負ければ賊軍。「役員が辞めたから業績が落ちた」という言い訳はできません。ですから、起きてしまったことにクヨクヨせず、この状態で業績を上げ続けるためにできることを考える。それが経営者の務めです。前向きにとらえ、むしろ業績を上げるチャンスだと思ってほしいですね。
―さすがにそれはムリでは…。どう考えても組織にとっては大きな痛手で、現実問題としてはマイナスをどれだけ食い止められるか、といったあたりがせいぜいなのではありませんか。
本当にそうでしょうか。役員陣の編成を変えたり、若手を抜擢したり、ということもできますよね。会社に残っている人たちにチャンスを与え、組織を活性化させることで、業績を上げることはできるはずです。
性急に実行する必要はありませんけど、役員が抜けたタイミングで若手を抜擢することは、是非、検討してほしいですね。メンバーに明るい未来を見せてあげることは組織活性につながります。
ただし、繰り返しになりますが、まず注力すべきは役員が抜けた体制で業績を上げること。社内への対応に労力を使いすぎて業績が落ちた、なんていうのは本末転倒です。
こんなタイミングにも要注意
―役員が辞めがちなタイミングは、ほかにどんなことがありますか。
資金調達をした、社員が急増した、事業ピボットを行った、トラブルが発生したなどですね。会社や組織が変化するタイミングでは人も変化しやすいものですから。
いちばん気をつけたいのは、会社の転換点でもある事業ピボット。会社が成長している証拠でもある資金調達や社員の急増についても「昔の小規模な時代がよかったな」と感じてしまう創業メンバーがいる場合もいます。トラブル発生時は、トラブルを起こした当事者が過度に反省するあまり、退職につながる場合があります。ただ、それは必ずしも責任感からだけではなく、会社から離れたい、もっとストレートに言うと「逃げたい」感情がある場合があります。
ただ、いずれにしろ役員陣が一枚岩になっていれば、どんなタイミングであれ、抜ける役員は出てこないはず。経営チームのなかで、ちょっとした違和感にも気づける関係性をつくることを意識してほしいですね。
編集協力/池田園子