嫌でも向き合わなければならない問題
―経営者の率直な感想は「副業解禁なんて、面倒なことは止めてほしい」ということなんじゃないかなと思います。「本業がおろそかになるんじゃないか」「副業がおもしろくなって、力のある優秀な人材が会社を辞めちゃうんじゃないか」など心配のタネは尽きませんから。
高野
そうでしょうね。でも、「副業解禁」は国の後押しで進められているワケで、賛成反対にかかわらず、経営者はこの問題と向き合わなければならないですからね。
西村
経営者の方の心配はごもっともなんですけど、副業解禁と人材流出や本業がおろそかに云々とは、本来切り分けて考えるべきです。社員に対してやりがいのある仕事や働きがいのある職場を提供できていない場合、副業がOKかどうかとは関係なく人材は辞めてしまうし、生産性も向上しませんよね。副業解禁によって離職率が上がった、という話は聞いたことがありません。ですから、ことさら副業解禁を過大視すべきではないと思います。
―それは確かにその通りですけど、でも就業規則などで副業を禁止している会社がこれだけ多いのは、それなりのデメリットや経営への悪影響があるからじゃないんですか?
西村
副業を禁止している会社が多いのには、じつはカラクリがあるんですよ。戦後になってどの会社も就業規則をつくらなければいけないとなった時、旧労働省がフォーマットとなる就業規則のモデルをつくったんですね。
そのなかに副業禁止条項が盛り込まれていたんです。そして、多くの会社がそのフォーマット通りに就業規則をつくったため、「社員たるもの副業禁止」という思想が広まったんですよ。
―なぜ、旧労働省は副業禁止条項を盛り込んだんですか。なにか法的根拠があるんじゃないですか?
西村
それが、法的根拠はないんですよ。労働法規のどこを見ても「社員の副業を禁ずる」といった条項はありません。
旧労働省が副業禁止条項を盛り込んだ理由はハッキリとはしません。けど、それを作成した当時は工業社会で、働く時間と生産量が明確に比例する時代でした。その時代の価値観は“滅私奉公”的な働き方を美徳としていて、「会社の仕事のほかに副業をするなんてもってのほか」と思われていました。
そんな時代だったので、(法的根拠がないのに)副業禁止が広く受け入れられたんだと思います。誰も疑問を持たなかったんですね
―副業を禁止する法的根拠はないんですか。ちょっと驚きですね。
高野
解禁の流れを先取りする形で、エンジニアやデザイナーなど技術やクリエイティブについてスキルがある社員を多く抱えているITベンチャーでは、社員の副業について柔軟に対応しているケースがあります。全体から見たら少数なんでしょうけど。
西村
20代の経営者が起業したような最近の新しいベンチャーでは、最初は業務委託で働いてもらってコミットする量が多くなったら正社員化し、その際に「以前からやっていた自社以外の仕事を続けてもいいよ」といった対応をしている会社も多いようです。
個人的に一番強烈だと感じているのはエンファクトリーさん。「専業禁止」を宣言しています。自立したビジネスパーソンとして成長してもらうことを目的としていて、社員の副業を積極的に奨励しているんです。
高野
(同社のホームページを見ながら)本当だ。「副業サイトの運営を推奨しています」って書いていますね。ここまで突き抜けている事例は珍しいですねぇ。
“隠れキリシタン”の葛藤
―なるほど。社員の副業を禁じる法律はなく、一部では積極的に社員に副業を奨励している会社すらあるんですね。社員の副業は“新しい働き方”のひとつとして市民権を得つつあるんだと。しかし、「社員には会社の仕事だけしていてほしい」と思っている経営者の方が多数ですし、突然のルール変更の動きにとまどっているのが現状だと思うんですね。
西村
その気持ちはわかります。でも、副業解禁には大きなメリットがある。そう考えたらどうでしょう。たとえば、優秀な人材の流出を防ぐ効用が期待できるんですよ。
―えっ、逆なんじゃないですか? 副業を認めた方が流出を招く気がしますけど。
西村
なぜかと言うと「ビジネスパーソンとして自分を成長させたい」と思っている意識の高い、優秀な人ほど副業に強い関心をもっているからです。社内では得られないようなビジネス上の知見を獲得し、会社の仕事をしているだけでは出会えない人たちとの人脈をつくる。
これを実現するには社外で活動するしかないワケで、自分のキャリアの幅を広げる手段として副業が注目されているんです。私はこうした副業のあり方を、単に副収入を得るための腰掛け的な「副業」ではなく、キャリアを複線化する「複業」と呼んでいて、今後、複業志向の若いビジネスパーソンは増えていくでしょう。
すべて自分で責任を負う個人事業主として複業とかかわるので、手っ取り早く経営者感覚を身につける手段としても関心がもたれています。
―そう考えると、会社にもメリットがありそうな気がしてきます。
西村
複業で磨かれたビジネススキル、そこで培った新しい人脈、身につけた経営者感覚は、結局、本業である会社の仕事に還元されますからね。だから私は「複業はコストゼロの社員研修」と呼んでいます。こうした感覚で向き合うのもいいんじゃないでしょうか。
―だけど、優秀な人が複業で成功すると、そっちがおもしろくなって会社を辞めちゃうんじゃないですか。
西村
意外に思われるかもしれませんが、それも逆なんです。多くの経営者が初めて向き合う問題ですから、どうしても心配が先に立つのはわかるんですけどね。
たとえば、成長意欲が強く、「ビジネスパーソンとして速く成長する手段として複業をしたい」と考えている人がいたとします。しかし、そんな人が複業を禁止している会社で働いている場合、複業をあきらめるか、“隠れキリシタン”のように会社に隠れてやるしかありません。
「複業の伏業化」です。そして「隠れてやる」ことを選択した場合、優秀な人ほど複業でも成功するので、会社に隠していることがだんだん苦しくなり、転職を考え始めることが少なくありません。
実際、私のところにも「複業OKの会社を教えてください」との相談が多いんですね。だけど、複業OKの会社で働いている人は、こうした葛藤に苦しむことはないので、「複業禁止だから会社を辞めたい」と思うこともありません。
―確かに、理屈はそうかもしれません。
西村
結局、「わからないからコワイ」「やったことがないから、なんとなく不安」ということが大きいんでしょうね。フタを開ければ、複業解禁のデメリットはあまり感じないと思いますよ。
解禁されても利用者は少数?
高野
だけど、たとえ国のお墨付きで解禁されたとしても、おおっぴらに副業をする社員は当面はそれほど増えないんじゃないかなと思います。制度としてはOKでも、そんな制度を利用したら自分の評価が下がったり、昇進できなくなる気がするじゃないですか。
国が公認し、大きなデメリットはないとしても、どうしても社員は社長の顔色をうかがってしまいますよね。サイボウズの青野社長が自ら育休を取得したように、社長や経営陣が進んで副業をするようなことでもない限り、「表立ってはNGなんだよな」という雰囲気になっても不思議ではありませんよね。
―そうですね。ところで、そもそもなんですけど、本業はもちろん、副業もバリバリやって、どちらでも成果を出す。そんなスーパー優秀なビジネスパーソンって、いっぱいいるものなんですか。
高野
日本の企業はビジネススキル云々ではなく、朝から晩まで社員が仕事にフルコミットすることに対して対価が支払われてきた側面があります。ですから、たとえば他社に2時間切り出してハイレベルなアウトプットを出せるような人材は希少だと思います。
ですから解禁しても、実際に副業をする人、副業ができる人は、そうそういないでしょうね。……となると、逆転の発想ですけど、副業でひっぱりだこになるくらいの優秀な人材をどう育てていくか、ということが新しい経営課題なったりするかもしれませんね。
西村
解禁されることと、実際にどれだけの人が副業をするかは、別次元の問題でしょうね。複業に積極的な会社でも、もちろん全員が複業しているわけではなく、実際にしているのは全社員の2割程度らしいです。
それに、複業をやったはいいけど、うまくいかない。そんなケースの方が圧倒的に多い。それを前提に考えると、転職理由が「いまの会社ではできない仕事をやってみたい」というような場合、複業禁止の会社では折り合いがつけられないので社員を引き留めることはできませんが、複業を解禁していれば別の対応ができる。
「じゃあ、まず複業でやってみたらいいじゃん」と言ってやらせてあげて、うまくいかなかったら「まずはウチで力をつけて、またチャレンジしたら?」と言えるので、一定程度、人材流出を食い止める効果も期待できます。
「複業を許したら、会社の本業がおろそかになるんじゃないか」といった不安もよく聞かれますが、副業をすると自分の力不足や市場価値を客観的に見つめられるので、「以前より本業を一生懸命やるようになった」と話す複業経験者は少なくありません。
「ベンチャーあるある」を打破できる可能性も
―とにもかくにも副業解禁の流れになっているので、ネガティブに受け止めている経営者もこの問題と向き合わなければなりません。となると「どうすれば副業解禁をいい形で取り入れられるか」ということが経営テーマになります。そんなことは可能ですか?
高野
基本的に経営者は社員に対して「自社の仕事だけしてくれればいい」と考えているんでしょうけど(笑)、たとえば採用力にいまひとつ決め手を欠いているベンチャー企業にとっては、案外、使えるかもしれません。
―どういうことですか?
高野
他社との違いを明確に差別化できている会社の場合はいいんですけど、そうではない会社の場合、働き方や人事組織の制度のアピールポイントとして「うちは副業を解禁しています」と打ち出すのは有効なんじゃないかと思うんですよ。
ベンチャーあるあるですけど、「うちの会社はね、仕事ができる人には任せるよ」とは言いますけど、普通の会社ってデキる人には仕事をどんどん任せるじゃないですか。「抜擢人事をやってるから」とか「給料に天井はないから」とかも、大抵のベンチャーはみんなそう言いますよね。そういうのって、意外と差別化要因にはなり得ません。ウソじゃないし、経営者は本気なんだけど、文字や言葉にしてしまうと他社と一緒。フツーなんです。
でも、副業OKを打ち出している会社は少数なので、目を引くアピールポイントになりそうです。「なんか多様な人材がいそうだな」「おもしろそうな会社だな」と思ってもらいやすい。
―それはおもしろい発想ですね。
高野
ひとりひとりの社員のエッジを立てることにも役立ちそうです。たとえば「マッサージがプロ並みにうまい社員がいるんですよ」でもいいんですけど、「副業でマッサージ師をやってるメンバーがいるんですよ」と言えたほうがインパクトがありますよね。
採用面や認知度アップの面、多様なおもしろい人たちがいるユニークな会社といった会社ブランディングの面で差別化を図れる。そんな可能性がありそうです。
西村
そう、チャンスなんですよ。混乱と考えたり、「イヤだな」「面倒だな」と避けて通るのではなく、チャンスととらえることで、いろんな新しい展開を描けると思いますよ。