目次
◆ 技術敬遠は危険
◆ 技術と魔法は違う
◆ AIブームには要注意
◆ IT部門への「丸投げ」ではなんにも解決しません
【PROFILE】

漆原 茂(うるしばら しげる)
ウルシステムズ株式会社 代表取締役社長
1987年に東京大学を卒業。1989年からスタンフォード大学研究所客員研究員。2000年に戦略的ITのコンサルティング企業、ウルシステムズを設立し、代表取締役社長に就任。2006年ジャスダックにIPO。シリコンバレーの最新動向に精通し、先端テクノロジーとベンチャーをこよなく愛するエンジニア。◆PHOTO:INOUZ Times
技術敬遠は危険
―日本のベンチャーの特徴のひとつに「文系起業家」が多いことがあります。そうした文系起業家に向けて噛み砕いた“技術のはなし”をお願いしたいなと思っています。
え? そもそも経営者を文系・理系に二分するのって意味あるんですか。そんなことを気にするのは日本くらいですよね。あまりどこ出身、みたいなお話ではないと思います。
ただ、企画の趣旨はわかりますよ。「IT技術に無関心な経営者、苦手意識を持っている経営者って大丈夫なの?」という話ですよね。
―はい、おっしゃるとおりです。
結論から言うと、大丈夫じゃないです。少なくとも苦手意識を持ったまま経営しているのはとても危険です。
もちろん経営者ですから、ご自身がIT技術の専門家になる必要はありません。ITはあくまでビジネスのツールです。「こんな新しい世の中をつくりたい」「こんなビジネスを実現したい」という経営者のビジョンを実現する手段のひとつです。
ただ最近のITのポイントは「単なるツール」ではなくて、「すごい武器」だってことです。使い方によっては、宇宙戦艦ヤマトの波動砲くらいの“破壊力”があります。いまどきIT技術抜きのビジネスなんてありません。そのくらいビジネスの成否に関わるワケです。
だからIT技術をまったく理解する気がない、という経営者は、見ていて心配になりますね。何も「ここは並列処理」「ここはクラウドで深層学習」「ここはこっそりデータベースを分散して」なんて個別の話を理解する必要はありません。むしろ中途半端な知識を持った“なんちゃって専門家”は現場に大変迷惑ですし。
ただ、「俺は経営者だ。技術は一切現場に任す」「技術は経営のためにある。経営の方がエライ。だから、わからなくていいんだ」といったイビツな偏重、敬遠主義はこれからの時代には非常に危険です。経営と技術を“主従関係”ではなく、フラットにとらえましょう。先進ビジネスの経営には技術理解が不可欠だし、先端技術もビジネス貢献が不可欠だ、ということです。
技術と魔法は違う
―技術を軽視することで、どんな危険があるんですか。
よくあるのが、技術的に高度なことをカンタンに考えてしまうケース。それから技術を盲信して、何でもできるかのように誤解するケース。たとえば、「今のビジネスが伸びてきたので、在庫と売上をリアルタイムで把握し、AIで将来予測できるようにしたい」と経営者が考えたとしましょう。そんなシステムができたらすごく便利ですよね。
机上では何とでもできます。パワポを開いて左側に在庫システム、右側には会計システムの絵を描いて、左右を矢印で結びましょう。間にAIの箱を置いて、ほら完成です。で、「カンタンでしょ、作って!」と技術陣に指示を出す。でもそう簡単にはいかない。「どうして私が考えた通りにすぐできないんだ? 社内の技術レベルが低いのか?」となる。
―実際には難しいのですか?
複雑な在庫管理システムと管理会計をつなぐのは、簡単ではありません。当然、経験してきたプロの技術者にはすぐ「これは難しい」という事実がわかる。またAIなどで十分学習しようとするならば、ある程度以上のビジネスデータをあらかじめ用意しておかなければならない。
IT部門は諸々を考え「半年くらいかかります」と経営側へ上申する。すると、経営者はびっくりした顔で「えっ、そんなにかかるの? 3日でやってよ」―。念じたらITが動くと思っていらっしゃるんですね。こんなのはアウトですよね。
ざっくりとした画面のプロトタイプだけなら数週間でつくれるかもしれません。けれど、ほとんどなんの役にも立ちません。そのうち、作ることだけが目的の、性能も機能もダメダメでバグばっかりのどうしようもないシステムができあがる。
必要な時間とリソースが与えられないまま、後から後から仕様追加が発生し、納期に追われていては、どんな優れた技術者でもいい仕事はできません。何度も作り直し、ひどい時は途中でプロジェクトが頓挫してしまいます。
こういう時に技術者を責めるのは筋違いです。そもそも難しいんですから。それを理解せずに無茶振りした経営側が悪い。洗練されたビジネスシステムは、正しいアーキテクチャと優れたデータモデルが確定した上で、良いチームワークで素早く作り上げられていきます。気合いと根性の突貫工事だけで仕上がるものではない。
技術を軽視すると、まわりまわって経営側の首を絞めることになります。高い技術力を必要としているならば経営者自身がその価値を理解しないといけません。
AIブームには要注意
―そういう意味では、最近ブームになっているAIにも怪しい雰囲気を感じます。
過剰なブームには逆に注意した方がいいですね。AIを使えば魔法のようにすべてが解決すると思っている人が多いように感じます。でも、AIにはやれることとやれないことがあります。そこを見極めないとムダな投資をしてがっかりする羽目になります。
中途半端に始めるのも危険です。今ブームだからAIで何かやるというのでは、間違いなく良い結果は出ません。そもそも分析に必要なビジネスデータすら集められていない場合が多いです。魔法の杖のようなイメージを持たれているなら、今すぐ改めた方がいい。
それから、”なんちゃってAI技術”にも注意してください。AIと銘打ってはいるものの、中身は単純な自動化やデータ分析にすぎない技術もよくあります。新しそうに見えているだけで、実はAIでも何でもないんです。過剰な期待は禁物、騙されないでください。
AIは今、どう見ても過熱気味です。ただ、もうすぐ淘汰が始まります。ちょっと動かしてやったふりをしているようなソリューションは消えてなくなります。少し時間を置いて、技術が落ち着くのを待ってみてはいかがですか? その間にビジネスデータをちゃんと用意して、来るべき分析に備えておきましょう。大きな資本と本格的な技術チームを持ったAIのみが残ります。予言しておきます。
AIの細かい実装や分析アルゴリズムなどを知る必要はありません。まずは何のためにその技術が欲しいのか、目的をはっきりさせて下さい。自社に本当に必要なことは何なのか? 具体的には業務の効率なのか、自動化なのか、予測なのか。どうしてAIを使いたいのか、どういう効果を期待しているのか、それは本当にAIである必要があるのか。そこのところをきっちり考えましょう。
IT部門への「丸投げ」ではなんにも解決しません
―経営者は忙しいので腰を落ち着けて技術を勉強する時間がありません。CTOやCIOなどの参謀を置いてチームで技術を判断するのはどうですか?
それはもちろん構いません。むしろ優秀な技術チームをそばに置くべきです。ただ、最後に判断して責任をとるのは経営者ご自身だということをお忘れなく。 “任せる”という美名の下に技術チームに丸投げをして、「自分はわからなくていい」と考えているなら大間違いです。
そもそもろくに勉強もせず「技術のことはわかんない」と開き直っている経営者に、優秀な技術者はついてこないでしょう。「キミたちのことは、私にはわからないから」と本人たちに言い放っているのも同然ですから。優秀な技術者は、自分を理解してくれないチームに長居することはあり得ませんよ。
―最低限、どんな勉強をすべきでしょうか。
その技術を少し使ってみるとよいと思います。それだけでも自社のビジネスのどこに使えるのか、どんな制約があるのかを大まかに把握できます。デモを見るとか、新しいツールであれば実際にご自身のスマホに入れて使ってみるとか。これからはデジタルネイティブの世代がユーザーの中心層になりますから、顧客の理解にもなるはずです。このご時世、スマホすら使えない経営者はマズイです。
IT技術が苦手と思ってらっしゃる経営者は、とにかく食わず嫌いです。新しいおもちゃを開ける時のワクワク感を是非感じて欲しい。スマート家電や面白いウェラブルデバイス、ちょっとした電子機器など、是非買ってみて欲しい。興味を持ちさえすれば、きっと楽しくなります。経営者の方は一般に集中力が高い。熱中すれば、すぐにゴルフ並みに上達するはずです。
――なるほど。ところで、優秀な技術チームをそばに置くべきだという話がありましたが、どうやったら獲得できるのでしょうか。そもそも集め方も分からないですし、彼らの実力を見極めるのも簡単ではありませんよね
実は押さえるべきコツがあるんですが・・・、この続きはまた今度!