企業売却はひとつの成功である by INOUZ Times編集部
バイアウトの真実を知る者たちが歴史を変える
わずか設立18ヵ月の会社に2,000億円近くの資金を投じて傘下に納め、大きなシナジーを発揮する―。2006年10月に起きたGoogleによるYouTube買収劇は、買収する側はもちろん、される企業にとっても、バイアウト(企業買収)が成長戦略のひとつとしてアメリカ経済に定着していることを世界に強烈に印象づけた。
一方、Google本社があるマウンテンビューを基点にしてはるか西方、日付変更線を越えた太平洋の対岸にある日本。およそ10年前のGoogle×YouTubeに匹敵するようなドラスチックな買収劇は、残念ながらひとつも起きていない。シャープ、三菱自動車のそれは、失政や不正の露見をきっかけとした後ろ向きの救済合併。ベンチャー企業を主役とした新しい未来の到来を予感させるM&Aはなかったし、そもそもM&Aの件数自体が少ない。
その理由はなにか。日本の法制度の整備がアメリカに比べてはるかに遅れているといった事実はなく、「ベンチャーだからバイアウトしにくい」という理由はない。十分とは言えないまでも、首都圏においてはベンチャー企業を対象にバイアウトの支援を提供するエコ・システムも、それなりに整いつつある。いち企業の成長戦略にとどまらず、「経済の新陳代謝を促進する」といったM&Aのマクロ的なメリットについても、政財官学の各所に浸透している。なのに、である。
大胆な仮説を立ててみる。もっとも大きな"壁"となっているのは「日本人の文化」そのものなのではないだろうか。「ムラ社会」という、この国のコミュニティーの特性を端的に表した言葉に代表されるように、変化を敬遠し、所属する組織の永続性・安定性を重視するのが日本人の国民性だとされる。それが、「会社や事業を”商品”のように売り買いするM&A」より「山あり谷ありでこぎつけたIPO」のほうが創業者の成功モデルとして受け入れられている素地を形成しているのではないか。
では、M&Aは日本の組織観や会社観、経済観と本当に相いれないのだろうか。そんなことはない、と結論を先に言うのは簡単だ。しかし、M&Aにも友好的なM&Aあるとか、事業承継型M&Aのように多くの事業と従業員が守られるM&Aもあるなど、日本人のM&Aに対する抵抗感というネガティブ感情をロジックで反転させようという試みは何度も繰り返されてきた。同時に「国民性」という厚い壁を前にしては、M&Aについての論や理屈は通用しにくいことも、また何度も確かめられてきた。こうしたとき、もっとも有効な方法は経験者の生々しい「本当の証言」なのではないだろうか。
…大企業と経営統合しておよそ半年。「事業を伸ばすためにはいい選択だった」と話す若き起業家がいる。今年、設立9年目を迎えるアイタンクジャパン代表の丹羽健二氏だ。経験者だからこそ語れる”真実”を次ページからお届けしたい。
100%オーナー企業から100%子会社へと決断した経緯
第1回に登場するのは、昨年7月に株式交換で求人求職情報サービス大手のエン・ジャパングループ入りしたアイタンクジャパン(以下、アイタンク)の創業者の丹羽健二氏だ。同社は学生時代からキャリアを積みたい学生と企業をマッチングする「実践型インターンシップ事業」などを展開。欧米ではあたり前の“インターン文化”を日本社会にも根付かせたいとの想いから丹羽氏が早稲田大学在校時に起業した“学生ベンチャー”を出発点としている。「事業を伸ばすためにはいい選択だった」と話す丹羽氏に、「一国一城」の起業家が大企業との経営統合を決断した前後の心境や経営上の変化など、その“舞台裏”を取材した。
アイタンクの起業ストーリー
丹羽氏が「実践型インターンシップ」という事業を始めたきっかけは、学生時代の自身の経験。丹羽氏は大学3年の時、広告・マーケティング系のベンチャー企業にインターンとして入社。2年間、大学にはまったく行かず仕事に打ち込んだ。その会社では、年間1億円を売り上げ、トップセールスになり、所属していた2年の間で会社の売上は1億円から7億円に、社員は6人から30数人にまで成長。このとき「ベンチャーって面白い」と思うと同時に、学生がベンチャー企業で戦力として働くことは、大きな成長の機会になると丹羽氏は確信。この経験をもっと多くの人に味わってもらいたいという想いで、2007年、大学5年生の時に企業と学生を結ぶ日本初の「実践型インターン」の情報サイトとして『キャリアバイト』を大学の友人たちと一緒に立ち上げた。
100%オーナー企業から100%子会社へと決断した経緯
―2015年7月に エン・ジャパンと経営統合されましたが、その狙いを聞かせてください。
丹羽 当社の事業ミッションである『大学生の月60時間のアルバイトの時間を、時間の切り売りから有給の実践型インターンの時間に変え、インターンの文化を広める』の実現を加速させることです。エン・ジャパンはインターネット求人広告のパイオニアとして、これまで数万社以上の採用支援を行っています。今回の資本提携によりエン・ジャパンのノウハウや人的リソースを元に当社の営業組織を強化するとともに、エン・ジャパンの顧客に対してインターン導入のアプローチが可能となり、より多くの企業に実践型インターンを利用いただくことを目指します。
昨年7月に両社間で株式交換契約を締結。同年10月からエン・ジャパンの100%子会社となりました。
―経営統合を決断した経緯を教えてください。
丹羽 当社は2007年の創業時よりインターン情報サイト『キャリアバイト』を運営し、これまで1,600社以上(※2016年4月現在)のインターン採用を支援してきました。実践型インターン採用支援で日本No.1の実績があるほか、ユニークユーザー数についてもインターンクチコミサイト『インターンシップJAPAN』と合わせて月間20万人を超えています。一方で、設立からいちども資金調達をしたことはなかったのですが、事業拡大のスピードを加速させるため、その必要性を感じるようになり、2014年頃、ベンチャーキャピタルからの調達に動きました。しかし、条件面であわなくて見送りました。
そこで、事業会社と提携することでシナジーを生み、事業拡大することを考え始め、何度かお会いしたことがあったエン・ジャパン創業者の越智(通勝代表取締役)さんに相談。すると「それなら(エン・ジャパンとアイタンクで)一緒にやろう」との話をいただき、今回の経営統合に至りました。
―提携から統合へと展開したことで大きな経営判断が必要となったと思います。決断までどのくらいかかり、その間、どんなことを考えていましたか。
丹羽 10日間くらい考えました。経営統合するか、(統合しないで)これまでどおりか、あるいはほかの提携先を探すか。この3つの選択肢を検討しました。
―誰かに相談しましたか。
丹羽 基本的には自分で決めました。エン・ジャパンは上場会社なので、誰かに相談すればインサイダーにあたるリスクがありましたし、設立以来、私が100%オーナーで、取締役もずっと私一人だったというのもあります。
―社員に発表したときの様子はどうでしたか。
丹羽 最初は驚いていましたが、実際にグループ入りしてから、エン・ジャパンが持っているノウハウやリソースの潤沢さを実感するとともに、優秀な出向メンバーの活躍ぶりもあって「グループ入りしてよかったですね」と言ってくれました。バックオフィス、法務、経営企画と、ふつうのベンチャーがあまりもっていないリソースを(親会社の)エン・ジャパンから提供してもらえるのは本当にありがたいですね。おかげで、(さまざまな付帯業務から解放され)事業に集中できるようになりました。
本業に取り組むべき時間を犠牲にしたくなかった
―統合後のシナジーについてはあとでまた聞かせていただくとして、統合が決まった瞬間のことをもう少し教えてください。合意したときは率直にどう思いましたか。
丹羽 「やってやるぞ」と思いましたね。実際、直近3年でいまがいちばん働いています(笑)。
―周囲の反響はどうでしたか。
丹羽 発表直後からFacebookなどを通じて、「すごくいい統合だね」「事業シナジーが大きいね」などのメッセージをもらいました。自分自身は経営統合が決定しても浮かれた意識はまったくなく、実践型インターンシップを広める責務がより大きくなったとの意識が強くなりました。これはゴールではなく、スタートだとの想いが強かったですね。
―100%オーナー会社から、エン・ジャパンの100%子会社へと企業体のありかたが大きく変わりました。それついてはどんな感慨をもっていますか。
丹羽 そもそも100%オーナーであり続けたいという気持ちはなかったので、それについてはなにも想いはありません。
―日本社会では創業者の成功モデルはIPOであるとの考えが強いですね。創業者として、オーナーとしてIPOしたいとの考えはありませんでしたか。
丹羽 その想いはもっていました。メディアのインタビューでも「将来はIPO」と言っていましたし。でも、そもそも創業者の成功モデルだからという理由ではなく、実践型インターンという日本になかったインターン文化を普及させ、事業を通じて世の中をよりよい方向に動かすひとつのツールとしてIPOを考えていました。しかし、実際にIPOするとしたら、本業以外に(IPO準備のために)やらなければいけないことがたくさんあります。それに、当社がIPOするためには、少なくとももうひとつの事業の柱をつくり、3、4年かけて売上を何倍にもする必要がありました。そのため、既存事業を伸ばすということにフォーカスすると、IPOよりバイアウトの方がよいと考えました。
―その理由を聞かせてください。
丹羽 なぜなら、実践型インターンを普及していくうえで、いちばんキモになるのは企業開拓だからです。その大目的の実現のためには、時間がかかるIPOにこだわる必要はない。すでに顧客をもっていて、豊富なリソースやノウハウも持っている事業会社との提携もありなんじゃないかと。100%オーナーという地位にすがる気持ちはもとから一切にありませんでしたし、単純に、IPOよりも事業会社との提携が事業を伸ばしていくうえでは有効だ、と考えました。
「深い部分での共感」が不可欠
―グループ入りにあたって、いちばん大切に考えたことを聞かせてください。ここは不可欠だった、といった部分のことです。
丹羽 共感です。エン・ジャパングループが目指す新卒採用支援サービスは就活サイトによる大量エントリー・大量母集団形成とは一線を画する考え方であったほか、転職サービスについても、ユーザーの転職後の活躍を考えたサービスを提供しています。こうしたエン・ジャパンの事業コンセプトに、私自身、個人的にも経営者としても共感をもっていました。また、越智さんからも「(アイタンクの)この事業はいい事業だから、絶対に広めよう」と言っていただきました。深い部分での共感が不可欠だったと思います。
―統合後の変化について聞きたいと思います。統合前と比べ、どんな変化がありましたか。
丹羽 いま4名の出向メンバーにきてもらっています。内訳は20代が3名、30代が1名。統合からそれほど日数は経過していませんが、出向メンバーを通じて、すでにさまざまなよい変化が起きています。とくに営業マネジメントの部分。法人にアプローチをしていくうえでの営業組織や営業戦略のつくり方については、学ぶ部分が大きいですね。プロモーションについてもそうです。また、毎週のようにエン・ジャパンの幹部からもバックアップしてもらっています。
少なくともアイタンク側の状況としては、すごくいいですね。組織状態は、創業以来、もっともよい状態です。
―本業拡大の準備は整った、ということですね。今後のビジョンを聞かせてください。
丹羽 300万人の大学生の月60時間はアルバイトに費やされています。その実態は「時間の切り売り」で、「バイトはだるい」と考えている大学生は多いと思います。バイトを雇う会社の方も「どうせバイトだから」と、その人のキャリアになるような仕事はまかせません。それはとてももったいない。いま、多くの大学でインターンが単位認定されていますが、現状のインターンの内容は、会社見学、社会科見学のようなもの。それも、非常にもったいないですね。
未来を担う大学生の月60時間が実践型インターンシップに変換され、「社会の中で実践し、成果を出しながら成長する」時間に変われば、自分の適性や志向も明確にできるため就職後のミスマッチが圧倒的に減るでしょう。
ベンチャー企業にとっても、インターンは成長推進力になります。ベンチャー企業の課題のひとつは採用。大企業に力負けすることが多く、優秀な人材をなかなか採用できない現実があります。でもインターンなら、新卒採用ではとれないような優秀な学生もベンチャーにジョインして、そうした優秀人材に仕事をまかせることで、大きな成果をだしてくれることが期待できます。インターン経由の学生が、そのまま正社員として入社し、役員になったり、子会社社長になったケースも多くあります。実践型インターンシップは、ベンチャーと学生がともに成長できる大きな機会となりえるんです。
また、インターンが広まることにより、起業が増え、日本の国際競争力も高まるはずです。当社の『キャリアバイト』経由の実践型インターンシップを機に、起業したケースは多々あります。私の周りにいる20代の起業家の半分くらいは、在学中にインターンを経験しており、在学中のベンチャー企業でのインターンは、起業を促進する効果があることを実感しています。
経営統合後も、これまでと変わることなく実践型インターンの普及を通じて、学生と企業の成長を支援し、少しでも日本をよりよく動かしていけたらと思っています。