目次
◆ 段階を踏まない組織体系や管理体制の変更が危ない
◆ 誰も言わなかった「IPOの十分条件」
◆ 経営者がIPOプロジェクトのリーダーになるべき
◆ 「鐘を叩きました?」と聞けばブレインの実力がわかる
◆ IPOプロジェクトで最重要のプロダクト
◆ コーポレートストーリーには「失敗経験」も
◆ 時間に追われないIPOを
【PROFILE】
谷間 真(たにま まこと)
IPOスペシャリスト/公認会計士
1971年兵庫県生まれ。京都大学在学中の20歳で公認会計士試験に合格し、26歳で初のIPOを経験。 1999年に株式会社ディーブレイン関西の代表に就任し、スタートアップからIPOまでの経営コンサルティング、IPOコンサルティングおよびグリーンシート市場の普及活動を行うとともに、年間100社以上のベンチャー企業経営者からの相談を受け、20社以上のベンチャー企業の取締役・監査役・アドバイザーとして経営参画。2002年にIPO支援コンサルタントとして独立。2003年から2005年の間に4社のIPOを成功させる。2007年から2011年まで「玄品ふぐ」などを展開する株式会社関門海の代表取締役会長CEOに就任。2012年からシンガポールでも活動。2013年にIPOビジネスを再開し、2015年に株式会社バルニバービ、2016年に株式会社キャリア、2018年に株式会社アクリートの東証マザーズ上場に相次いで成功。著書に『IPOビジネスの本質』(リスナーズ刊)。株式会社セントリス・コーポレートアドバイザリー代表取締役。段階を踏まない組織体系や管理体制の変更が危ない
―まず、どんなことでIPOが失敗する場合が多いんですか。
IPO準備中の業績悪化ですね。でも、それは表面的なこと。ホントの原因は別にあるように思います。
なぜ、IPOを目指すくらい勢いがあるベンチャーやスタートアップが、よりにもよってIPO準備中に業績が悪化してしまうのか。そこを考えるべきです。
―要は“実力不足だった”ということなんじゃないですか?
必ずしもそうとは言い切れません。IPO準備という名目で段階を踏まずに組織体系や管理体制の変更を行ってしまったがゆえに業績が悪化するケースが多いからです。
スピード感ある展開やアグレッシブな判断で急成長しているスタートアップやベンチャーでは、さまざまな経営判断を経営者が即断即決している場合が多いですよね。社長に権限を集中させ、経営の自由度を高める方向で組織体系や内部管理体制をデザインすることはベンチャーやスタートアップにとって“経営の勝ち方”のひとつです。
それなのに、IPOに向けて内部管理体制や組織体系を段階を踏まないで急に厳格なものへと切り替えてしまうと“成長のキーマン”である社長をおさえつけ、経営の自由度が低下します。その結果、業績が悪化して、IPOが失敗する。こんなケースが多いんですよ。組織体系や内部管理体制はIPO準備の割と早い段階で監査法人や主幹事証券会社から指摘されがちです。
―経営の勝ち方が崩されるからIPOできなくなる、ということですね。どうして、そんなことが起きてしまうんですか。
「上場企業イコール大企業」だった昔と同じ“審査スケジュール重視”のスタンスでベンチャーやスタートアップのIPOプロジェクトが進められていることが大きいですね。
ひと昔前は“店頭公開銘柄”でさえ大企業でした。未上場とはいえ、ある程度、組織化や権限移譲が進んでいる大きな会社ならIPOに向けて組織体系や内部管理体制を早い段階で厳格に切り替えても問題はあまり起きないでしょう。
しかし、経営者に権限を集中させることで伸びてきたベンチャーやスタートアップが同じスタンスでIPO準備を進めるのは問題が大きい。実際、私自身、IPOに携わるようになった当初は教科書通りの組織体系や管理体制を要求し、企業活力を奪ってしまった苦い経験があります。
東証マザーズがベンチャーやスタートアップの成長手段として位置づけられているように、いまの時代のIPOの主役は数十人規模の企業。環境は大きく変化したのですから上場企業イコール大企業だった頃の審査スケジュール重視のスタンスを改め、「ベンチャーやスタートアップの成長を促す」という観点でIPOプロジェクトを進めていく必要があります。
誰も言わなかった「IPOの十分条件」
―なるほど、意外と根深い問題がありそうですね…。では、どうすればIPOできますか? たとえば東証マザーズの場合、経常利益がいくらだったら上場しやすかったりするんでしょう。
そうした質問を実際にされることがあるんですけど“IPOの本質”から外れた質問なので、どう説明したものか、いつも言葉に詰まってしまうんですよ(苦笑)。
結論を先に言うと、その企業の株式が“魅力的な商品”であることを株式市場に訴える“マーケティング”ができればIPOできます。
―商品とかマーケティングとか、ちょっとIPOのイメージと噛み合いません。どういうことでしょう?
IPOの自明の定義とは「株式を売却(販売)すること」。自社株という“商品”を投資家という“お客さま”に買っていただくことが「IPOする」ということですよね。
であれば、当然 “お客さま”である投資家にとって自社の株式が “魅力的な商品”であることを伝えるマーケティングが不可欠です。この自社株式のマーケティング活動こそがIPOの本質です。
―理屈はわかりますが、巷のIPO本にそんなことはあまり書かれてませんけど…。
おっしゃる通り、IPOに関するほとんどの出版物は管理体制や審査ポイントが中心です。でも、管理体制を整えることでIPOできるのなら、もっと多くの企業が成功させているはずですよね。
IPOを新製品の発売に例えるなら、管理体制の整備などは取扱説明書の作成、品質検査、品質保証、耐久テストなど、これから発売する商品が“欠陥商品”でないことを証明するプロセスにあたります。これらはIPOの“必要条件”であって “十分条件”ではありません。
―IPOの十分条件とは、どういうことですか?
自社の株式を投資家にとって魅力ある“売れる商品”に育て上げることです。
新製品の発売にあたってもっとも重要なのは「売れるのか売れないのか」の一点ですよね。IPOも同じ。イノベーションを優先させ「商品価値を高める」というマーケティング視点をもってIPOプロジェクトを進めることで、IPOの成功確率が高まります。
一方で、欠陥商品でないことをいくら証明できてもお客さまに「買いたい」と思ってもらえる魅力的な商品でなければ発売にすら至りませんよね。それと同じ理屈で、マーケティング視点を持たず、審査のためのIPO実務のみに没頭してしまった企業は本来の魅力を失ってしまい、その結果、IPOに失敗する可能性が大きいんです。
経営者がIPOプロジェクトのリーダーになるべき
―ここまでをまとめると、IPOの本質とは自社株という“商品”のマーケティングであり、自社の“商品力”を高めるイノベーションを優先させることがIPOの成功確率を高めるということですね。では、具体的な段取りについては何から手をつければいいでしょう?
IPOプロジェクトのチーム立ち上げが最初の関門です。経営者自身がある程度の時間を割けるのであれば、当初は経営者自身が関与してIPOプロジェクトを立ち上げてほしいですね。IPOプロジェクトのリーダーにふさわしいのは、将来をイメージしながら現在と未来の計数をマネジメントできる人材ですから。
―通常は専門知識のある人材がIPOプロジェクトの責任者になるべきと言われます。経営者が自らIPOについてのいろんな専門知識を習得すべき、ということですか?
そうではありません。企業会計や会社法などIPO実務に必要な専門知識は主幹事証券会社や監査法人がサポートしてくれます。
IPOの本質とはマーケティング。マーケティングを担う人材には高いビジネスセンスと広い視野が求められます。では、自社で誰がもっともビジネスセンスがあり、広い視野で事業を俯瞰しているでしょうか。答えは経営者ですよね。だから、IPOの成功確率を高めるためには、自社でもっともマーケティング能力がある人材、つまり経営者がIPOプロジェクトのリーダーを務めるべきなのです。
ちなみに、経営者が多忙で関与できないこともあると思います。その場合は、会社の実態を十分に理解している人材のなかで、営業企画や新規事業開発の責任者などから選ぶといいでしょう。
プロジェクトリーダーが決定した後はIPOを経験・理解し、監査法人や主幹事証券会社との調整役も果たしてくれるブレイン探しです。
「鐘を叩きました?」と聞けばブレインの実力がわかる
―いわゆる“参謀役”ですね。どんな基準で探せばいいんでしょう? IPO経験がいっぱいある人がよさそうな気がしますけど。
10年以内に企業側で複数回、IPOプロジェクト全体を統括もしくは中心メンバーとして経験した人材にブレインになってもらうのが理想です。私の場合、IPOの全体像を見通しながらプロジェクト全体をマネジメントできたと確信できたのは4回目のIPOのときから。最初は全貌が見えないなかで必死に証券会社の言うことに対応しているだけでした。
「IPOがわかっている」とお話しされるコンサルのような方はたくさんいますが、ほとんどの場合は部分的な業務に関与しています。例えば、監査法人でIPOを経験したという場合、監査を行ったにすぎません。証券会社でIPOを経験したという場合も企業側のことを深くはわかっていない場合が多いでしょう。
さらに、もっと簡単な方法で優秀なブレインかどうかを見分ける方法もあります。
―どんな方法ですか?
「鐘を叩きましたか?」という質問をすることです。上場日には東京証券取引所で鐘を5回叩くという儀式があり、その企業のIPOに貢献した人が順番に叩いていきます。IPOプロジェクトを本当にマネジメントしたことがあるブレインなら、おそらくその人は鐘を叩くことになります。
―なるほど。走り出しにおける重要事項はふたつあって、そのひとつはIPOプロジェクトのチームリーダーには経営者自身、もしくは経営者と同等のマーケティング能力のある人材を据えること。もうひとつは全体像を見通してマネジメントできるブレインに参画してもらうことなんですね。
逆に言うと、経営管理はできるもののビジネスセンスがない社内の人材をIPOプロジェクトチームの中心に据え、経営経験に乏しい公認会計士やIPOプロジェクトをマネジメントした経験がないブレインがサポートする体制になってしまうのは避けるべき。株式市場にその企業の魅力が十分に伝わる素晴らしいIPOになるかどうか、とても心配です。
―プロジェクトリーダーとブレインが決定した後は、どうすればよいですか。
次は「コーポレートストーリーの構築」です。コーポレートストーリーとは、これまでの自社の成長要因、現状、成長している未来の姿をまとめた資料。投資家へのメッセージ発信を目的につくるもので、外部への企業説明、ドキュメンテーションなど、さまざまな場面での指針となる重要なコンテンツです。実際の企業の経営方針、経営戦略になっていくものでもあります。
コーポレートストーリーを構築していく過程を通じて、会社を成長させてきた経営者の感性が言語に昇華し、戦略化できます。「IPOは会社を飛躍させる」と言われますが、IPO準備の過程で行うコーポレートストーリーの構築もその原動力のひとつです。コーポレートストーリーはIPOプロジェクトを推進していく過程で何度でも変更してかまいません。IPOプロジェクトのチーム編成が決まったら真っ先に着手してほしいですね。
IPOプロジェクトで最重要のプロダクト
―ここで気をつけるべき点はありますか?
自社の理解が浅いコンサルタントや社内の管理部門などにアウトソースするのは絶対にNGですね。
経営者自身が信頼できるブレインとともに知恵を絞り、どうすれば自社の魅力を伝えられるのかを“感情的な想い”と“論理的思考”から真剣に考え抜き、ゼロベースで組み立てることです。
―だけど、結構手間がかかりそうですね。フォーマットとかテンプレはないんですか?
残念ですけどありません(苦笑)。 そもそもフォーマットに穴埋めしたようなストーリーに投資家が納得し、感心してくれると思いますか?
IPOの本質はその企業のマーケティングであり、コーポレートストーリーこそがIPOプロジェクトでもっとも重要なプロダクト。フォーマットに沿って書いていくようなプロセスで生み出されるものではなく、その企業ごとに培った歴史や文化を基礎としたオリジナリティのあるものです。
―なにかコツはありますか?
材料があればあるほどリッチなストーリーがつくれるので、自社の強みも弱みも洗いざらい出すことです。できるだけ多くの項目があった方がコーポレートストーリーに深みや説得力が増しますから。
「これは言わないほうがいいな」とか「これは内容がないので控えておこう」といった “自主規制”はすべきではありません。
コーポレートストーリーには「失敗経験」も
―具体的な手順を教えてください。
まず、コーポレートストーリーの前提として、現在の外部環境に対する認識とその環境のなかで自社が解決しようとしている社会の問題点や課題などを明確にします。そして、社会の問題点や課題に対する基本的な考え方により、自社の存在価値を明確にします。
難しそうに聞こえるかもしれませんが、その企業が成長しているのであれば、必ず社会の問題点や課題に対して解決方法を提供したり、その補完機能を担っているはずです。
次に、過去および現在のこととして、これまで達成したこと、失敗したこと、競争力として獲得したこと、リスクとして見えてきたこと、前提となる考え方、企業文化などを列挙します。魅力的な企業の未来像は、過去もしくは現在のことが根拠になってはじめて投資家がイメージできます。
―失敗も公開するんですか?
ええ。失敗の経験から得られた教訓も“説得力のある根拠”になりますから。
―確かに。いろんなことをたくさん列挙した後はどうすればいいんですか?
そのなかで自社ならではの本質的な強みや特徴は何かを見極め、コーポレートストーリーの中核に据えます。強みや特徴はひとつである必要はありません。コツは、おおむね100文字くらいで表現する言葉をつくり出し、自社の本質を言い切ること。このプロセスにもっともセンスが問われます。
そして、列挙した項目を本質的な強みや特徴に対して、因果関係として結び付けていきます。それらは中核にある強みや特徴の原因なのか、現在そして今後も生み出されていく結果なのか、さらに派生する効果なのか。それらを整理してストーリー化していきます。ストーリーの説明を補完し、説得力を高める事例やデータ集めも必要です。
まとめると、コーポレートストーリーとは、問題提起と存在価値、事業のポイント、ヒストリー、本質的な強みや特徴の要因と結果、具体例やデータ、派生する効果。これらの要素を抜け漏れなく網羅し、最終的にストーリーとして表現したものです。その骨格は文章で書くと2~3枚程度の簡単なものでなければいけません。
難易度は高いと思います。でも、IPOを目指すのであれば経営者自身がコーポレートストーリーの構築とドキュメント化に、是非、取り組んでほしいですね。
時間に追われないIPOを
―コーポレートストーリーとは自社のコアな競争力や魅力を言語化したものであり、その企業の未来に向かった成長戦略そのものだ、との印象を受けました。
そうですね。上場企業の成長戦略とは「当社はこんな方法でこれを成功させます」と社会と約束することであり、「だから応援してもらえませんか?」「ウチの株を買ってもらえませんか?」と投資家にメッセージングすること。これってマーケティングの概念と一緒です。
非上場のプライベートカンパニーとIPOをしたパブリックカンパニーの根本的な違いもここにあります。「社会と約束できる経営者なのかどうか」という点にIPOできる経営者の条件は凝縮できます。
―IPOを目指している経営者にアドバイスをお願いします。
時間に追われないIPO準備を進めてほしいですね。
業績は赤字なのにVCなどから資金調達してIPOを目指すケースもありますけど、そうした場合、調達した資金がなくなる前に結果を出さなければいけません。つまり、時間に追われながらIPOを進めていくことになります。なにごともそうですけど、時間に追われると十分な結果が得られない場合が多いものです。
しかし、黒字を出していれば時間に追われません。ですから、ベンチャーやスタートアップだから赤字でいいという理屈はなく、黒字が出るように“商売”をきちんとやる。それもIPOの成功確率を高める基本的な戦略のひとつです。
―最後に、谷間さんは「IPOスペシャリスト」という名称を使っていますけど、どうしてIPOコンサルタントではなくIPOスペシャリストという名称を使っているんですか?
答えになるかどうかわかりませんが、私がIPOにのめり込むようになった原体験をお話ししましょう。
ベンチャー支援は私にとって“人生のテーマ”なんです。実は父親がかつて関西方面では有名な公認会計士で、東証マザーズができる何十年も前から「日本にベンチャー企業が生まれ育つ土壌が必要だ」と提唱し、担保がなければ銀行は融資しなかった時代に、ベンチャー企業に無担保融資する仕組みをつくって自ら事業展開。マスコミからも注目されていました。
しかし、そんな父が日航機の御巣鷹山墜落事故に遭遇し、想い半ばで急逝してしまいました。その時に自分の人生の姿勢が決まったというか、「父の遺志を継いでベンチャー支援に携わっていく」と心を決めたんです。1985年、私が14歳のときでした。
IPOに成功すれば社員が活気づき、経営者は大きな達成感を味わえるとともに「どんな会社にすべきか」という事業の本質を見極められるようになります。会社のレベルも上がります。そうして社会から求められる企業を少しでも多く増やしていきたい。それが私の人生のテーマです。