目次
◆「自身の報酬の決め方は?」「計算式があります」
◆「社員の幸せを背負うって、マジですか?」「普通に当たり前ですよね」
◆「原体験があるんですか?」「気持ち悪いことをやりたくないんです」
◆「少数精鋭で行くんですか?」「逆ですね」
◆「日本的な会社は嫌い?」「究極の家族主義です」
【PROFILE】
新居 佳英(あらい よしひで)
株式会社アトラエ 代表取締役 CEO
1974年生まれ。1998年に当時未上場だった株式会社インテリジェンスに入社。2003年10月に株式会社アトラエを設立し、代表取締役就任。IT/Web業界に強い求人メディア「Green」、機械学習を活用したビジネスパーソン向けのマッチングアプリ「yenta」、組織におけるエンゲージメント(愛着心・信頼など)を定量的に可視化することで、組織改善を可能とするツール「wevox」を展開。2017年9月期の売上高は約18億3,000万円、営業利益は約5億6,000万円。過去3年で売上高は約2.2倍、営業利益は約6倍に急成長。2016年6月に東証マザーズに上場した。◆PHOTO:INOUZ Times
「自身の報酬の決め方は?」「計算式があります」
―役員の査定はどうしているんですか。これはメンバーにまかせるわけにはいきませんよね。
多くの場合、役員査定は経営者がしていると思うんですが、アトラエはそうではないんですよね。まずアトラエの役員も、従業員としての報酬は#1でお話した仕組み、つまりみんなと同じ360度評価で決定します。僕がその人を評価する5人の評価者のひとりに選ばれることもありますけど、5分の1の意見なのであって、僕が決めているわけではありません。
―そうなると役員の給与も実質的にメンバーが決めているということになりますね。では、経営者である新居さんの報酬はどうやって決めているんですか。
僕の評価者は固定で決まっていて、お客さま・株主、そしてメンバーの3者です。
―ここでもメンバー、ですか…。
そうそう(苦笑)。評価の計算式をお見せしましょう。僕、つまりアトラエのCEOの報酬は次の計算式で自動的に算出しています。
=【高額給与社員トップ5%の平均月額給与】×【係数】×【KPI①】×【KPI②】×【KPI③】
KPI①…前年対比売上成長率によって自動的に算出される0.9~1.2までの係数
KPI②…前年対比時価総額成長率によって自動的に算出される0.9~1.2までの係数
KPI③…期末の全社員のエンゲージメントスコアによって自動的に算出される0.9~1.2までの係数
売上・時価総額・エンゲージメントで報酬設計しているというロジックで、KPI①はお客さま、KPI②は株主、KPI③はメンバーからの評価という位置づけです。
―なぜ、そうした報酬設計にしたんですか?
経営者の成功ってなんだろう、という疑問が根底にあります。この疑問に対する僕なりの答えは、経営者の成功とはステークホルダーを幸せにすることなんじゃないか、ということ。
アトラエのステークホルダーは誰なのかというと、ひとつはお客さま。会社の売上高が伸びず売上高成長率が落ち込んでいるとしたら、それはお客さまに適切な価値を届けられず、お客さまを幸せにできていない状態。ですから売上高成長率を経営者のKPIに入れるのは必然です。「赤字のサービスしかつくったことがないけれど、俺は経営者としては一流だぞ」なんて、ありえないですしね。
もうひとつのステークホルダーは株主。お客さまに価値提供できていれば株主にもリターンできる。それが株主を幸せにしていることだと思います。ですから、時価総額成長率もKPIに入れるべきだと。
「社員の幸せを背負うって、マジですか?」「普通に当たり前ですよね」
―お客さま、株主までは理解できますけど、3番目のエンゲージメントってなんなのですか?
定量的かつ多角的に計測している、アトラエのメンバーのエンゲージメントのことです。
サッカーにたとえると、売上が上がって時価総額も増える、つまり試合には勝てるのだけれど選手はどんどんケガをして選手生命を失っていく。そんな采配をしている監督のことを誰も「優秀だ」と思わないですよね。ですからメンバーのエンゲージメントをKPIのひとつにくわえました。
もちろん、この算式が正解ではないだろうし、自分自身、発展途上の未熟な経営者です。そのうえでアトラエのCEOの報酬を決める方法としては、いまのところ最適だと思っています。
―そもそも、なぜ自動的に計算する仕組みにしたんですか。
自らの報酬のあり方について、経営者はみんな“手弁当”でやっているんだと思います。「このくらいだったら怒られないかな」とか「もうちょっと上げたいな」とか思いながら。僕はそれが気持ち悪くて嫌なんですよ。
―気持ち悪い、ですか…。
僕はこの会社のオーナーなので、ぶっちゃけ資産がありますし、給料はそこまで重要ではないです。だけどアトラエの永続を考えた時、それでは無責任だなと。誰が経営者になっても向かうべき方向はブレないようにしたい。そのため3つのKPIを主要指標とするCEOの報酬制度をつくり、それぞれの数値を入れれば自動的に算出できる計算式をつくったんです。
こうすれば空気を読んだり、様子を見ながら自らの報酬を決めるという気持ち悪いことをしなくて済むし、経営者として目指す方向が明確になるよなって。
―だとしても、社員の幸せを経営者のKPIに組み込むのは荷が重すぎないですか。究極、何に幸せを感じるのかは人それぞれですし。
経営者が社員の幸せの実現に責任を負うなんて、きれいごとじゃないか、ということですよね(苦笑)。もちろん会社って楽しいことばかりじゃなく、辛いことも大変なこともあります。その全部をひっくるめて「アトラエで働けて幸せだ」と社員に思ってもらいたいんですよね。それが経営者としての成功だろうと。
でも、経営者は社員の幸せの実現に責任を負うものだという考え方って、なにも特別ではなくて、ごくごく普通だと自分では思ってます。だって、人を採用して雇用しているのに、この人たちが幸せになっていないなんて、リーダーとして何か不足しているんじゃないかと。社員は不幸せな状態なのに経営者だけウマイことをやっていて、それでも「自分は成功した」ともしも思っているのだとしたら、相当、人間性に問題があるような気がします(笑)。
「原体験があるんですか?」「気持ち悪いことをやりたくないんです」
―それは、そうですね。
「経営者は業績だけに責任を負うべきもの。そこだけに集中すべき」という考え方を否定するつもりもありません。でも、僕はお客さまの幸せと株主の幸せをかけ算した面積に、メンバーのエンゲージメントという高さを乗じた体積こそが経営者としての成功のレベル感なんだと思うんです。
もちろん稼がなければ株主に還元できません。利益を出して株価を上げることが経営者の役割であることは重々理解しています。だけど順序としては、まず優秀な社員を採用して、その社員がイキイキと働くことで価値あるサービスをつくり出し、その結果、売上が上がって利益が出て株価が上がる、ということなんじゃないでしょうか。ですからエンゲージメントは重要なんです。
―総論とか建前としては納得できますけど…。
各論としては「まぁまぁ」となりがちなところを僕が妥協できないのは、心からよいと思っていないものをやっていることが許せない性分だからかもしれません。
自分が社員として入りたくない会社を経営しているとしたらちょっと違和感を覚えませんか? 僕は自分の子どもから「お父さんの会社に入りたい」と言われたときに「止めておいた方がいい」という会社にしたくありません。「アトラエはいい会社だよ」と言える会社でありたい。胸を張って子どもや家族や友だちに話ができる会社の方がいいですよね。
―そう考えるようになった原体験とかがあるんですか?
特にありません。昔からそうでした。最初に社会人として入社したインテリジェンスでも同じでしたね。
インテリジェンスというヒエラルキーのしっかりした組織のなかで僕のチームは“異端児”でした。細かい指示を出してマイクロマネジメントで管理してっていうのは当時から好きではなく、チームとしてのやるべきことをみんなで考え、みんなに意見を述べてもらって、みんなで決めたことをみんなで役割分担していました。絶対にそれはやろうと決めていたんです。
それでもパフォーマンスは上がるし、自分たちもやっていて楽しいですから。楽しくなくてパフォーマンスが上がっている状態よりも、楽しくてパフォーマンスが上がった方がいいですよね。
原体験ということではありませんが、母子家庭で育ったことの影響はあるかもしれません。働いている母親の帰りは遅く、僕はカギっ子でした。ですから、ちょっと愛情に飢えていた可能性もあって、人から必要とされたり、頼られたり、感謝されることに強い思い入れがあり、業績を上げるだけでは満足できなくて、みんなから慕われて、みんなから感謝されて、みんなから尊敬される。そんなリーダーになりたい欲求があるのかもしれないですね。
「少数精鋭で行くんですか?」「逆ですね」
―ある意味、すごい欲張りなんですね。
そうですね(笑)。だからといって僕は聖人君子ではないので「生涯貧乏でもよいから頑張ろう」なんて考えたことはありません。やるからには必ずお金は持つと。
ただ、お金を持ちたい理由も自分だけが豊かになりたいんじゃないんですよね。誰かに頼られた時、お金があることによって解決してあげられたり、サポートしてあげられることって、結構あるじゃないですか。お金がないばかりに頼られても上手くできなかったことが今までいっぱいありました。だからお金を持ちたかった。誰かを助けたい時、お金という切り札があるのは強いから。
―規模拡大についてはどうなんですか。メンバーひとり一人の幸せを丁寧に見ていくなら規模は小さい方がいいですよね。
少数精鋭でこのままずっとやって行こうとは思っていません。特殊で複雑なマネジメントをやっているとは自分たちでは思っていません。規模拡大に向いていないとはまったく思っていないんですよ。拠点が増えても、海外に拠点が広がっても、カルチャーが変質しない仕組みになっていると思います。
ですから、僕らがやるべきこと、やりたいこと、目指す方向に対して、それを加速させるのであれば、具体的な話は何もないんですけど、M&Aなどもひとつの戦略として当然あり得ます。
「アトラエのカルチャーは独自すぎるので、M&Aや提携戦略のネックになるのでは」という心配をいただくこともあるんですが、ちゃんとコントロールできるメンバーはそろってきていますので、全然大丈夫。ただし、売上を高めるためだけとか、時価総額を高めるだけのための規模拡大はやりません。
―逆に、これはアトラエの弱点だなと思っているようなところはあったりしますか。
人が不足し過ぎています。人を増やさないと、もうこれ以上のプロダクトをつくっていくことがすごく難しくなってくる。もちろん、だからといってエントリーマネジメントの基準を下げることはありませんけど。
それから“場外ホームラン”を当てないといけませんよね。これまで僕らがつくってきたサービスは二塁打くらい。今後、ITサービスの世界はプラットホーム側と、そのプラットホーム上で頑張るプレイヤーに二極化していくでしょう。プラットホーム側に行けるかどうかを決定するのは、場外ホームランのような大きなサービス、プロダクトを持っているかどうかです。どこかのタイミングでそれをつくらなきゃいけない。そのためにも、もっと仲間を増やしたいですね。
「日本的な会社は嫌い?」「究極の家族主義です」
―お話を聞いていると、戦後からの日本的な会社や経営のあり方とは違う方向を目指しているのかなと感じました。
ですかね。僕らは決してドライな組織じゃなく、かなりウェットで究極の家族主義だと思っています。
会社は事業と組織のかけ算で成り立っています。理想の事業、理想の組織をつくれている状態でしっかりと価値還元できていれば、僕らは上場企業としてとてつもなく理想的な会社になれるはずです。そんな状態を継続させ、ステークホルダーみんなの幸せを実現できる会社であり続けたいですね。