2011年の㈱アビバ買収
イシン株式会社 片岡聡(以下、片岡)
今回は、M&Aという手法を積極的に活用し、自社を大きく成長させている経営者にお越しいただき、そのリアルをお話しいただければと思います。小笹さん、よろしくお願いします。
株式会社リンクアンドモチベーション 小笹 芳央(以下、小笹)
リンクアンドモチベーションの小笹と申します。どうぞよろしくお願いします。
簡単に自己紹介させていただきますと、1986年に大学を卒業後、新卒で㈱リクルートに入社しております。当時の㈱リクルートというのはまだ成長途上のベンチャー色の濃い状態でした。実家の大阪のお母さんに「就職決まったよ。」と電話を入れたところ、「あんたどこ行くの?」と言われました。私が「㈱リクルート。」と言ったら、「え、あんたヤクルト行くの?」と言われ・・・、これ笑うとこです(会場笑)。そういう時代の㈱リクルートでした。
㈱リクルートでは結果的に14年間、人事関連の仕事や組織人事コンサルタントとしての仕事を経験しました。そして16年前の2000年に世の中で初めてモチベーションにフォーカスしたコンサルティング会社として㈱リンクアンドモチベーションを設立いたしました。
モチベーションを切り口に、採用、育成、人事制度設計などを通じて企業組織を開発していく事業です。そして2011年には、“自立的・主体的な個人を創っていこう”ということをテーマに、個人開発事業としてBtoC領域への進出を果たしました。
この組織開発事業と個人開発事業の両者をマッチングする人材紹介・派遣事業をM&Aによって取得し、今の事業構造となっています。
これまでM&Aは、16件やってきましたが、2011年の当時PCスクールを展開していた㈱アビバが最初の個人開発事業(BtoC領域)に進出するきっかけとなったM&Aになります。当時㈱アビバで社員数850名ほどの規模でございました。ですので、いきなりグループ連結の社員数が急増したのが、この㈱アビバ買収でした。それから主だったところで言うと、大栄教育システム㈱です。こちらは、会計とか国家資格の資格取得を支援するスクールでございます。今はこの大栄教育システム㈱と㈱アビバと統合して㈱リンク・アカデミーという会社で全国108拠点の教室事業を展開しております。
そして2014年にインタラック㈱という会社を買収いたしました。ここは学校に外国人を語学補助講師として派遣する事業をやっております。これが上場後初めてマーケットから資金調達をしてM&Aをした会社です。規模は100億まではいかないですけど、数十億の買収でしたので、上場したメリットを初めてとったM&Aでした。これが主だったこれまでの流れでございます。
狙っていたBtoC領域
片岡
小笹さんがM&Aという手法を経営に取り入れようと考えたきっかけは何だったのでしょうか?
小笹
そうですね、当社はモチベーションエンジニアリングという弊社独自の基幹技術を使って、創業からずっと企業向けの組織人事コンサルティングをやってきました。創業以来10年間、ずっと企業向けに展開していたのですが、モチベーションエンジニアリングという技術は個人にも適応出来る、とかねてから思っておりました。
ただ、自分たちでゼロから立ち上げるというのは相当パワーも時間もかかります。我々のモチベーションエンジニアリングという技術を個人にも広げることで、これまでになかった事業展開ができるのではないか、という可能性にかけてM&Aという機会をずっと考えていました。そして、たまたま良い出会いがありました。
それがBtoC領域において一番最初にM&Aをした㈱アビバです。買収当時、全国に北海道から沖縄まで130教室ありました。これだけ多くの拠点や生徒さんが瞬時に自社グループへ入っていただくことができる。一気に事業が広がったと感じましたね。
過去、㈱アビバ買収の前にも何社かM&Aをしてきましたが、人が辞めて、何も残らなかったというような失敗をしております。そういう意味で㈱アビバの時には、『人』『アセット』『ブランド』を基準に考えました。人はそこで働いていた社員もそうですし、受講者もそうです。アセットは自分たちでは一気にゼロから展開できないもの、具体的には教室という拠点です。ブランドは、「一般消費者向けの㈱アビバ」というもの。
このような事業を自分たちだけで展開しようとすると10年20年30年かかるでしょう。でもM&Aを活用すれば、働いている人や受講者、既にある拠点というアセット、ブランド。これを自分たちが有効に活用できるかどうか、という目線で見て、個別の企業や業界を選んでおります。
“ことば”の威力
片岡
続いて、M&Aで苦労したところや失敗したところを教えて頂けないでしょうか? M&A後の「組織問題あるある」みたいなところ、教えてもらえますでしょうか。
小笹
やっぱりAとBをくっつける、あるいはAやBを買う。それは、ある意味異質なものが一緒になるということなので、『人』ということに加えていうと、僕は『言葉』というものがすごく大事だなと思っております。
例えば、現在リンクアカデミーとして一緒になった㈱アビバと大栄教育システム㈱。当時PCスクールであった㈱アビバは850人、資格スクールであった大栄教育システム㈱は200人です。併せて1050人。この統合のタイミングで共通の言葉を作ったんです。「おたくはPCスクールのつもり、おたくは資格スクールのつもりだろうけど、我々は新たに統合をして生徒さんの“キャリアナビゲーション”を行う会社になるんだ」と。キャリアというと資格もそうだし、PCのプログラミングもそう。新しい講座を作って、生徒さんのキャリアをナビゲーションしようと伝えました。異質なものをくっつける接着剤的な役割として“キャリアナビゲーション”という言葉を作り、そしてその“キャリアナビゲーション”という言葉を思いっきり訴求して新卒採用をしました。
そうすると旧アビバとか旧大栄とか関係ない、キャリアナビゲーション1期生という新卒社員がどんどん入ってきます。そして2期生・3期生と続きます。言葉の威力はすごくて、より融合が進むと感じています。新会社として新卒採用を一丸となって取り組むことで本当に一体感のある新しい会社になったと実感しておりますので、組織人事面のテコ入れと事業文化の共有は大切だと思います。
片岡
新しいコンセプトで新卒をやった時に、既存社員と新社員でコンフリクトは発生しないものですか?
小笹
そうですね、新卒社員に関しては新しく求める人物像を設定し、かなりチカラを入れて採用活動をするわけですから、その新卒の入社後に、ある程度は新陳代謝が起きます。㈱アビバと大栄教育システム㈱は併せて1050人でしたが、今この会社は580人です。人数は4割以上グッと減りましたが、売上は変わっておりません。利益はかつてよりも高いです。
そう意味で言うと、いかにいろんな会社が無駄に人を抱え、無駄でコスト高な新陳代謝を繰り返しているのが見て取れます。一人一人のポテンシャルが高くて、ベクトルがそろっていて、モチベーションが高ければ、半分近い人数で同じ売り上げとそれ以上の利益を上げられるというのは実現可能です。実際に経験もしています。
最初はだいたい“予想外の発覚”から始まる
片岡
小笹さんは、デューデリジェンス(DD)含めて慎重にやりながら熟考して決めるのか、それともトップ同士の握りでグッと決めるのか、どちらでしょうか?
小笹
実は僕、最初は「この案件、ええんちゃう?」みたいな直感を大事にしているんです(笑)。リアルな話、現在グループ入りしている、とある会社もそうでした。相手方から「現場でDDをやっているけど、ちょっと小笹さん2人だけで飯食わないか?」って急に呼び出されました。「僕が今から一方的に言うから1分で答えて。1分で小笹さんNOだったらこの話なかったことにしよう」と。いきなり結構な額を一発でバンと言われて、その時、ここは男気を見せようということで「はい、わかりました」と言いました(笑)。
もちろん、うちの優秀なスタッフが細かくDDしてくれていて、うちとしてポジティブな評価を事前にしていたので言えたことですが、あとでトイレに行ってうちのCFOに「OKしちゃったけど大丈夫?」って聞いちゃいました(会場笑)。結果、何も問題はなく、今思えばあの時に即時OKして良かったと思えるM&Aとなりました。
僕自身最後は、感覚と信頼と賭けで決めています。いかなる分野であっても、どんなに調べつくしても不透明な部分は出てきますので、賭けの部分は残ります。でも、そこに賭けていく、飛び込んでいく。で、買ったからには必ずそこの社員を幸せにしたいし、我々もメリットをとりたいという腹括りがポイントなのかな、と思います。
質疑応答(参加者からの質問)
いままでのM&Aで、これは失敗だった、もしくはヤバかったという例があれば、教えてください。
小笹
弊社は、様々な会社にモチベーションを切り口にした組織診断を提供しています。M&Aした場合には、当然その会社にも導入します。その組織診断結果を見て、びっくり仰天という事もありました。「ぼろぼろになっているやん、この組織」と。DD段階ではどうしても財務面が先行しますので、組織とかなかなか見れないんです。買収してから組織診断すると「うわ、なんだこれ」みたいな。大体そんなところからスタートします。
ですからM&Aの場合、最初は失敗なんです。そこから弊社のツールを使いながら、これ変えよう、あれ入れようとか。テコ入れすると、そこの社員が「あ、今度のボスはよくわかっているな。私達の組織を見てくれているな」と思ってくれる。いろんな手立てを経営としてレスポンスしていく中で、2年3年かけてしっかりとしたグループ会社してきました。
ですので、失敗と言われると最初はみんな失敗からスタート。せっかく仲間に入ってくれたんだし、ご縁をいただけたので、盛り返していくつもりでやってきましたね。
今後も迷うことなく
片岡
小笹さんからみて、M&Aが経営に果たした役割は何だったのでしょうか?
小笹
そうですね。やっぱりこれは何をおいても時間短縮。時間を買うという点です。もちろん、時間を買うということは、一気にアセットを手にするということで苦労も伴いますし、予期せぬリスクみたいなものも、当時想定していなかったリスクも顕在化したりします。しかし事業を拡大成長していくうえでの時間短縮というのは、自分の年齢を重ねれば重なるほど価値が高まっていきますので、私にとってM&Aの価値は、時間を買うということに尽きると思います。
今弊社は、生意気にも日本を株式会社に見立てて、その中の人材開発部の役割を果たそうとしています。そういう意味では労働人口が減少していく中で、一人一人の生産性を高めるにとどまらず、女性にも活躍してもらう、シニアにも健康になっていただき働いていただく。もしかしたら外国人にも労働市場に入っていただくかもしれません。そういうニーズのある分野に組織を配置していく。そうして配置した組織も活性化していく。この構図の中に合致するものであれば迷うことなく、積極的にM&Aは今後も継続していこうと思っています。