多国籍な教育環境、将来の人脈形成の一助にも
―いまシンガポールの教育水準の高さが世界的に注目されていますが、具体的にどういった点が優れているのでしょうか?
まず多国籍な教育環境が挙げられると思います。シンガポールではビジネスシーンで英語を使い、日常生活では多くの場面で中国語を耳にします。よって教育現場でも英語はもちろんのこと、中国語の習得も可能となります。
またシンガポールは世界有数の金融センターと世界最繁忙の1つとされる港を持つ一大商業国であり、アジア各国から欧米まで様々な地域から人々が集まります。ですからクラスの生徒構成も様々な国籍、人種から成り、グローバルな視点が早い時期から身に付く絶好の場となっています。
シンガポールの教育水準は世界的にみても非常に高く、アジア圏の中でも教育先進国として有名で、東南アジアの富裕層の子女が多く通っています。将来のお子さんの人的ネットワークにも活かせるということで、そういう目的でシンガポールに教育移住される方も多くいらっしゃいますね。
またシンガポールのインターナショナルスクール(以下、インター校)の多くが、国際バカロレア(以下、IB)を採用しており、その平均点が概して高いというも大きいと思います。IBは世界標準の教育プログラムで、IBディプロマのスコアによって欧米名門大学への切符を手にすることができます。
―なるほど。これからのグローバル教育に最適の場ということですね。
そうですね。世界的に著名な投資家のジム・ロジャーズ氏も2007年にアメリカからシンガポールに移住して、いま2人の娘さんをシンガポールで育てていらっしゃいます。
ちなみに日本では2020年の教育改革が目前に迫っています。日本の大学入試についても、従来のセンター入試に代わり、大学入学共通テストが導入されることになり、今までの暗記中心だったものから、考える力や処理能力の速さが求められるようになります。これはIB教育が得意とする分野ですし、入試にIBディプロマの成績を認定する日本の大学も着実に増えていますね。
少し分かりづらいインター校事情
―シンガポールにはローカルの現地公立校のほか、ローカル系インター校や、多国籍のインター校など多数がひしめいていて、すこし理解するのが大変です。
大きく分けると、まず「ローカル公立校」と「インター校」に分けられます。その「インター校」の区分の中にさらに「ローカル系インター校」と「非ローカル系インター校」がある形です。
まず「ローカル公立校」ですが、外国人は新小学校1年生になるお子さん以外は、指定された日程でAIES(Admissions Exercise for International Students)という試験を受けて合格する必要があり、合格率は大変低くなっています。英語力を含め日本人にとって入学のハードルが高く、あまり現実的な選択肢とは言いづらいですね。そもそも外国人枠が少ないですし、小学校1年生から、シンガポール人や永住権を持った外国人が先に決まり、そのうえで余った枠のある公立校への入学許可が外国人に与えられることとなり、そもそも学校を自由に選ぶことができません。逆にシンガポール人の生徒は、海外から帰国し、シンガポールの教育システムに慣れていないなどの特別な理由がない限りインター校には入学ができません。ですので、必然的にインター校は外国人ばかりということになります。
―なるほど。ほとんどの日本人がインター校を選ぶわけですね。
そうですね。まず「ローカル系インター校」には3校あります。①アングロチャイニーズスクール・インターナショナル(以下、ACS インターナショナル)②ホアチョン・インターナショナルスクール、③セントジョセフ・インスティテューションインターナショナルスクールの3校です。また、これらの「ローカル系インター校」が「非ローカル系インター校」と異なる点としては、中学校の学年から、生徒の半分50%がシンガポール人でなければいけないと法律で定められているということです。このうちACSインターナショナルと、ホアチョン・インターナショナルスクールは中学校からの中高一貫校になります。
この3校とも学力は非常に高く、特にACSインターナショナルはその経営母体が、シンガポールでも歴史ある名門進学校として知名度が高いアングロチャイニーズスクールということで、海外から多くの留学生が入学し学んでいます。
次に「非ローカル系インター校」ですが、こちらがいわゆる一般的によく知られているシンガポールのインター校となります。日本人学校も区分でいえばこの区分に入りますね。日本人学校だけでなく、アメリカンスクールやカナディアンスクール、オーストラリアンスクールなど様々な国名を冠したインター校が多数あります。こういった国名を冠したインター校の中には、自国の子女を優先的に入学させる学校や、自国の生徒が比率的に多い学校もありますが、基本的に他の国の子女にも門戸が開かれており、一般的なインター校とほぼ同じと思っていただいて大丈夫です。ただ日本人学校は原則、日本人のみに門戸が開かれていて、ほぼ100%日本人となっています。
そして最後に、国名を冠していないインター校。一番後の紹介になってしまいましたが、数として最も多いのがこちらです。有名なところだとUWC SOUTH EAST ASIAや英国系のタングリントラストスクールなどがあります。また最近できたイギリスの名門校のシンガポール姉妹校であるダリッジ・カッレジというイギリス系のインター校も人気がありますね。中東ドバイが本校のGEMSワールドアカデミーなどもシンガポールに進出してきました。
―続々と増えているんですね。以前は、すぐに入学できずにウェイティングリストで順番待ちという話をよく聞きましたが、最近はどうですか?
2018年現在だいぶ状況は良くなり、以前ほどウェイティングすることもなくなりました。シンガポール政府が外国人向けビザを厳しくしたり、インター校の開校も相次いだので、いったん需給バランスが落ち着いたのだと思います。
ただ、人気のあるインター校、特にESL(English As Second Language、英語初心者のための英語サポートプログラム)を提供しない学校は今でもウェイティングになることも多いですし、UWC SOUTH EAST ASIAは1年に1度しか受け入れがありません。こう考えると、人気校は高い英語力が必要であったり、空きがなかったりと、狭き門という状況は変わりませんね。
学校選びに、正解は無い
―しかし、こうも選択肢が多いと、なかなか悩みますね。いったいどこに入学したらいいのかと。
そうですね。私のアドバイスとしては、まずはご自宅でお子さんを含めてご家族でじっくりお話されることですね。将来、お子さんがどうなりたいのか。何が好きで、どんな学校生活を送りたいのかなど、じっくりと膝を突き合わせてお話しすることをおススメしています。同じ学校に同じ時期に入学したお子さんでも、その学校に非常に満足する方がいる一方で、その学校に合わなくて早々に辞めてしまうお子さんもいます。つまり、学校選びに正解は無いんです。
ただ、私の経験上言えるのは、お子さんご本人が決めた方がうまくいく場合が多いということです。早く学校を決めて安心したいというお気持ちもよくわかりますが、是非一度お子さんと一緒に学校見学をして、学校の雰囲気などを直に感じてから決めていただきたいと思います。
いろいろなケースがあり、もちろん一概には言えませんが、親御さんが主導で決めて、お子さんご本人があまり乗り気でない場合は失敗するケースが多いような気がします。そこに“迷い”が生じてしまい、のちのち心残りになり、ついにはその気持ちが“辞めたい”ということになってしまうんです。逆にお子さんご本人が「行きたい!」という場合は、英語力に多少の問題があっても何とかそれを乗り越えて、結果的にうまくいくケースが多いように思います。
また、入学するまでが終わりではなく、入学した後のご家族のサポートも非常に大事です。家に帰ってから、学校の話を親御さんがちゃんと聞いてあげる。お子さんのお話にきちんと耳を傾けて、何かあれば一緒に悩んで解決策を話し合ってあげる。そういうご家族のサポートは欠かせません。
―日本でもグローバル教育の必要性が叫ばれて久しいですが、岡部さんはグローバル教育についてどう思いますか?
そもそも「自国(この場合、日本)か海外か」を分ける発想自体があまりないと思います。日本だと「日本で育てるか、海外で育てるか」という2択を思い浮かべる人が多いですが、アジア圏の富裕層の方は、あまりそういう発想はしていないですね。みなさん当たり前のように、「お子さんに学ばせたいことを一番よく学ぶことができる環境を提供してあげたい」という視点で各国にある学校を比べて、進学先を決めているように思います。まず、そこが違うと思います。
また、日本の学校の学力が低いかというと全然そんなこともないと思います。シンガポールの日本人学校をみても、その学力は非常に高く、他のインター校と比べてもひけをとりません。逆にあまり小さい時からインター校に入れるのも考えた方がよいケースもあります。シンガポールの日本人富裕層の中には、あえて小学校低学年までは日本で教育を受けさせたり、または現地の日本人学校に入れて、母語である日本語をしっかりと学ばせて、日本人の良さである規律や礼儀正しさなどを教え込む。小学校高学年になって、あるいは中学校に入ってから、シンガポールのトップレベルのインター校に入れるという方も少なくありません。
小さいころからグローバルな環境にいすぎると、逆に自分の国のアイデンティティが育まれないということもあると思います。あまりグローバルな環境が当たり前すぎると、「日本人とは」、「グローバルとは」という問いが内面に生まれないのかもしれません。日本で育ち、自らがどうしても海外に出て学びたいと思って、成長してから海外に出ていく。その方が、逆に日本に対する想いが強くなったり、外から見た日本を意識して、自己の内面に日本人としてのアイデンティティが育まれたりすることもあると思います。ただ、ここらへんはお子さんご本人の感じ方や価値観の問題でもあるので、何が良い悪いという話でもない気もしますが。
中途半端なバイリンガルになるな
―ちなみに幼少期のグローバル教育でよく聞く話として、日本語か英語かで思考言語が錯乱して、深く考える力が育まれないという話も聞きます。
マザータン、思考言語を何にするかを決めないと、日本語も英語も話せるけれど肝心の深い思考力が身に付かないということになり、一番危険だと思います。思考力のベースにあるのは語彙力であり、その語彙力がしっかりしないうちに転校を繰り返して、中途半端なバイリンガル、トリリンガルになるくらいなら、日本語の語彙力で深い思考ができるまで日本語力を伸ばしてから、インター校に編入させても決して遅くはありません。言語がどっちつかずになるのが一番怖いと思いますね。
インター校入学と簡単に言いますが、英語がすべての環境に突然入る、というのは当然お子さんに大きなストレスがかかりますし、その環境に慣れるということだけでも時間がかかります。
そもそもインター校の良さというのは、IB教育が提供してくれる、日本の教育環境ではなかなか身につかない力です。たとえば、知識や教養をベースにした「なぜ」を考えられる思考力、答えがないものについて自分で考えたり、自分の意見を論理的にまとめて相手に伝えたりするという力です。単に英語が流暢に話せるようになることではありません。
小さいうちにインター校に入れた場合、お子さんの日本語環境は、同じインター校に通う日本人の友達と話す環境、そして家で母親といる環境だけに限られるので、普段話す語彙力が限定されてしまい、日本語の表現力などのコミュニケーション能力が限定されてしまいます。そういう場合は、親御さんの方で日本語の読書を積極的に進めたり、日本語学校の補習校や日本の習い事に入れたり、日本人の集まるコミュニティに積極的に参加させるなどして日本語経験を補う必要があると思います。インター校の場合、夏休みなど長期の休みが多いので、思い切って日本の実家に預けて、様々な年代の親戚の方たちと長く生活してみるのも、日本という文化を感じることを含め、よい経験になるかもしれません。
それか英語一本でいくなら、英語一本と徹底して割り切る。徹底してそっちに振り切る。どちらかですね。
―最後に、これからインター校に入学を検討している方たちに向けてメッセージをお願いします。
シンガポールは日本人の留学先としてまだまだマイナーではありますが、一度シンガポールの学校を体験し、安全面や教育水準の高さを目の当たりにし、気に入ったので是非、ということも近年増えてきました。
百聞は一見にしかず。まずはインター校をたくさん見て、肌で感じて、学校の雰囲気を知っていただければと思います。そのうえでお子さんとよくお話しして、最後はできる限りお子さんの意思を尊重して学校選びをされるのが良いと思います。学校選びというと、どうしても親御さんの意見が強くなりがちです。でも最終的にその学校に通うのはお子さんご本人なので、お子さんが気に入って、自分で決断して通うのが一番大事ですし、長い目で見ればその選択が正解になると思います。