目次
◆ 厳しい未来を打開する鍵
◆ すでに始まっている「天国と地獄」
◆ 優秀人材は「クラウド化」が進む
◆ やりがいを「ウラ取り」しているか?
◆ 引力・磁場をつくろう
【PROFILE】
黒田 真行(くろだ まさゆき)
ルーセントドアーズ株式会社 代表取締役
1965年、兵庫県生まれ。1989年に関西大学法学部卒業後、株式会社リクルート(現:株式会社リクルートキャリア)入社。転職サイト『リクナビ NEXT』編集長やリクルートエージェント企画責任者を経て2014年、ルーセントドアーズ株式会社を設立、「成長企業とミドル即戦力世代の適正なマッチング」と「優秀人材の離職抑止」をメインテーマに事業展開している。2017年5月に日本経済新聞出版社から『転職に向いている人 転職してはいけない人』を刊行。◆PHOTO:INOUZ Times
厳しい未来を打開する鍵
あらゆるモノゴトの「栄枯盛衰」のスピードは加速し、その落差も激しくなっています。たとえ長い期間にわたってコツコツと構築してきた信頼であっても、たったひとつのミスによって、一瞬で崩れ去るような事件やニュースも後を絶ちません。それと同じような「天国と地獄」が、企業にも、静かに、着実に迫っています。
その象徴が、国が旗振りをしている「働き方改革」です。
首相官邸ホームページによれば、その意図するところは「一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジ。多様な働き方を可能とする」ことだとされています。
実際、「働き方改革」のメニューには“会社と働くヒト”の関係を根本から変えるような項目が並んでいます。たとえば最低賃金の引上げ、副業解禁、労働時間の“総量規制”など。
「人手不足で足元の人材採用ですら計画通りに進まずに大変なのに、それどころじゃない」。そう感じる経営者は多いかもしれません。しかし、この「働き方改革」を未来視点でながめると、その衝撃たるや、すさまじい威力をもっていることがわかります。
「働き方改革」そのものがすさまじい、と言いたいのではありません。それが必要となった、日本国が国を挙げて取り組まざるをえなくなった理由である、5年後、10年後の労働市場の状況がすさまじいのです。「働き方改革」は、未来の環境激変に対する“最低限の備え”にすぎません。
2020年にから2030年にかけて、どのような変化が「働く人」をめぐって起きているのか、簡単におさらいしましょう。日本国内の人口推移(予測)が労働環境にどのような影響を与えるか、ということです(予測値は「国立社会保障・人口問題研究所」の推計値です)。
2020年の「生産年齢人口(15~64歳の人口)」は2010年から3ポイント減少の60.7%。2030年には58.1%に減少します。一方、生産年齢人口減少の原因である「少子化」と一体となって進んでいる「高齢化(65歳以上の人口)」は、2020年には2010年から約6ポイント増の29.1%、2030年には31.6%になります。
こうした急激な少子高齢化の進展が企業活動にどんな影響を与えるのか。結論を先に言うと、「優秀な人材から選ばれた企業は継続成長し、選ばれなかった企業は消失する」。こんな劇的な栄枯盛衰が起きているはずです。
「優秀人材から選ばれる」。これこそが、企業が厳しい未来を生き残るためのキーワードです。
すでに始まっている「天国と地獄」
少子化、超高齢化社会は、言葉では盛んに言われているのですけれど、リアリティを持って考えられていないと思います。しかし、その時に起きる現実は、想像以上に厳しいものがあります。
働き手(生産年齢人口)が減少するなかで高齢者が増えるということは、働き手の生産性が向上しなければ、現在の生活水準は維持できない、ということを意味します。
たとえば、子ども2人で定年退職した父母の生活を支えていた家庭があったとしましょう。しかし、片方の子どもが家を離れ、1人で父母の面倒を見なければならない、としたらどうでしょう。生活水準を維持するには、残った1人の子どもの給料が倍にならないとムリですよね。
「働き方改革」が目指しているゴールもそこにあると考えています。超高齢化社会が到来する前に雇用慣行の見直しや新しい制度の導入により、働き手の生産性が爆発的に向上する環境を整えましょう、ということなのです。
では、どれくらい生産性が向上すれば、未来の日本を支えることができるのでしょう。伝統的な製造業は1%、2%の生産性を向上させるため、乾いた雑巾を絞るような努力を積み重ねてきましたが、もはやそんなレベルでは済みません。おそらく、いまの2倍、3倍といった、非連続でケタ違いの生産性向上が必要になるでしょう。
高齢化は(一部のシルバー産業を除き)消費市場を縮小させるからです。高齢者を支えながら、市場のマイナス分も埋めなければ生活水準、つまり国力は維持できません。
ここで注意しなければいけないのは、個々の働き手が全員等分で生産性を向上させることは難しい、ということです。
ある人は1.2倍の生産性向上にとどまるでしょう。でも、別の人が2.8倍、生産性を上げれば、全体をならした平均値としては2倍になります。つまり、働く現場での生産性向上は“まだら模様”で進むと思われます(別課題ですが、これが“所得格差”を生む要因にもなります)。
企業経営に置き換えてみましょう。A社は生産性が1.2倍の人材を10人集めました。B社は2.8倍の人材を10人集めました。これで全体の平均値としては、生産性は2倍になります。しかし、A社とB社の間の生産性の格差は2倍以上。どちらが企業として継続成長するか、存続可能性が高いか。結果は明らかです。
少子高齢化が進む社会では、生産性の高い優秀な人材の争奪戦が繰り広げられるのです。
そんな「天国と地獄」のような光景が、すでに進行している業界があります。IT業界、ITエンジニアの世界です。ここでは生産性の高い優秀人材が「企業のワク」を超えています。未来の試金石となるような、新しい雇用関係のカタチが生まれ始めています。
優秀人材は「クラウド化」が進む
IT業界では、ひとりの優秀なエンジニアが複数の会社をかけもちするケースが珍しくありません。働く側からすると、1社に丸抱えされることで生産性が非常に低下してしまうからです。
1社でひとりの優秀なエンジニアに支払える給与は月100万円、年収で1,200万円くらいでしょうか。しかし、他人の2倍、3倍働ける“ハイパーエンジニア”ともなれば、月100万円の給与に相当する質と量の仕事を、同時に複数こなせます。
つまり、1社に丸抱えされるより、同時に2社、3社、4社と同時並行で複数の会社と契約することで総収入が圧倒的に上がる構造になっているのです。
IT企業にとり、優秀なエンジニアの確保は、その企業の成長力を決定づける要素のひとつです。でも、優秀なエンジニアを1社で独占できればいいのですが、現実問題としてそれはできない。ですから、他社とかけもちで仕事をしているような優秀なエンジニアから「選ばれる会社」にならなければなりません。
ホラクラシー、副業解禁など、ITベンチャーは、さながら「新しい働き方」の見本市のようになっていますが、そこには「優秀なエンジニアから“選ばれる会社”になる」という明確な目的があります。
雇う側と雇われる側。どちらが強者なのか、一目瞭然ですね。これまでの働き手は、“会社の使用人”でした。しかしIT業界において、優秀人材は文字通り企業の貴重なリソースとなり、しかも囲い込むことが難しい“クラウド化”が進んでいます。
こうした先進的な動きがITエンジニアの世界で起きているのは、IT技術をどれだけ保有しているかによって、生産性=創出利益の格差が何十倍、何百倍にも開いてしまうからです。
IT業界と同様の現象は、徐々にではありますが、あらゆる業界で進みつつあります。
たとえば、人材採用業界。SNSやビッグデータ、AIなどのテクノロジーを使いこなせる採用プロフェッショナルと、従来型で媒体やエージェントに発注するしかできない人とでは、今後さらに生産性に差が生まれてくるはずです。
アメリカではテクノロジーを使いこなして候補者を探すサーチスペシャリストが一般的な存在になっていますが、日本も近い将来、そんな形に近づいていくはずです。
繰り返しになりますがIT技術を使いこなせるかどうかで、同じ仕事をしていても、何十倍も、場合によっては100倍以上も生産性に差がつき始めています。
IT技術だけが優秀人材の定義づけのすべてではありませんが、生産性の向上は“まだら模様”で進み、ローパフォーマーとハイパフォーマーの格差は、これまでのように1.5倍とか2倍などの微差ではなく、より劇的で圧倒的になっていくと考えて間違いないでしょう。
やりがいを「ウラ取り」しているか?
こうした状況は、従来、IT化が難しいとされた職種にも広がっていくと思われます。「営業職」も例外ではありません。たとえば、医薬業界の営業であるMRの働き方は、以前とはずいぶんと変化しています。
ひと昔前のMRの働き方は、病院・医院に出入りする“御用聞き営業”が主流で、顧客である医師との人間関係構築という泥臭い営業スタイルの優劣がMRの営業成績、つまり生産性に直結していました。
しかし、いまは電子カルテの進展などにより“御用聞き”はITが代替できるようになったことで、今日の優秀なMRはコンサルテーションの部分でしのぎを削りあっています。
「働き方改革」は結果的に、優秀な人材・ハイパフォーマーが、より伸び伸びと働ける社会をつくっていくでしょう。生産性向上は“まだら模様”で進まざるをえないので、人より100倍生産性が高い人材をひとりでも多く輩出することが、少子高齢化社会に耐えられる未来と直結するからです。
その時、採用戦線の主戦場も、少数のハイパフォーマーをめぐる激しいものになっているはずです。
まず、優秀な人材に選ばれ、集まってもらえるような基礎的な環境を企業は整える必要があります。それでも優秀な人材にとって1社に丸抱えされる非効率さは抑止できず、同時に複数の会社で力量と能力をシェアできる「副業解禁」はきわめて当たり前の流れになってくると思います。
多くの経営者にとっては、この点だけをとっても、きわめて大きな変化なのではないでしょうか。
そのほかにも、テレワーク、ノマドワーク、裁量労働制など、優秀な人材が自らの生産性をより向上させるために「あったらいいな」と思う環境を整えることは、基本的なものとして必要不可欠になるでしょう。
しかし、一方でどうしても変えられないものもあります。給与、勤務時間、休日、本社所在地、事業内容などは、不可変な要素です。
そこで、僕がこれから着目したほうがいいと思っているのは「やりがい」。仕事のやりがい、会社の働きがいを発信することです。
「すでに、そんなことはやっているよ」と思っている経営者の方もいらっしゃるでしょう。しかし、自社の「やりがい」について、意外と“ウラ取り”していないケースが多いですね。
自社のハイパフォーマーに、「なんでウチの会社で頑張っているの?」と聞いたことがありますか。実際に働いている社員にウラ取りをせずに、経営者あるいは人事が思い込みで「当社の魅力」を決めつけていませんか?
「やりがい」について、ハイパフォーマーと経営者の間で認識がズレていることは多々あります。
ベンチャーで言うと、たとえば「自由な社風」「新規事業もまかせる」といったPRがよくありますよね。でも、実際のハイパフォーマーたちは、そうした魅力以上に、自社製品・サービスや戦略の独自性に魅力を感じ、そこで頑張っているというような事例がよくあります。
経営者が「ウチのやりがいはこれなんだ」と悪意なく決めつけてしまっていると、将来的にハイパフォーマー獲得の障害になってしまうリスクもあります。
引力・磁場をつくろう
もうひとつの“あるある”を言うと、自社にとっての優秀な人材の要件定義についても“ウラ取り”せず、経営者や人事が思い込みで決めていることがあります。
厳しい未来を切り開くには、「雇う」から「選ばれる会社」にならなければなりません。上から目線で決めた要件で「使用人を雇う」発想の会社から、優秀人材、ハイパフォーマーから選ばれる会社に転換する「雇い方改革」が必要です。
優秀な人材ほど企業選択能力が高いので、「やりがい」という引力、磁場がない会社は瞬時に見分けられてしまうでしょう。そこにソーシャルの影響がくわわり、「雇い方改革」に成功した会社には優秀な人材がどんどん集まり、失敗した会社は絶対に見向きもされなくなります。
結果、優秀人材をめぐる企業間格差は圧倒的となり、選ばれない会社は一夜にして終わる。そんな時代がやって来るのです。
どうすれば選ばれる会社になれるのか。この連載を通じてそのヒントを探り、経営者にとって参考となるような「雇い方改革」の具体策やケーススタディを提示していきたい。そう考えています。