企業成長の核心は「エンゲージメント」に移行
吉田
僕たちが起業する以前に受けてきたのは“カイシャの上の人”になればなるほど正しい、そんなマネジメントでした。
常に上の人はいろんなことを知っていて、その下の若いメンバーに「お前は社会に出てきたばっかりで何も知らないんだから、社会のことやビジネスのことを教えてやるから、まずは俺の言うことを聞け」と指導して育成する。起業する以前に働いていた会社でこんな教育を受けた経営者は私だけではないと思います。
アトラエ代表の新居さんやマイネット代表の上原さんも同じような経験をしたんじゃないかなと思いますけど、起業して自ら経営者になった後は全然違う組織マネジメントを行い、新しい“組織の型”をつくることにチャレンジされています。まず、どうして新しい組織の型が必要だったのか、その理由やきっかけを聞かせてください。
新居
会社というのは「関わる人が幸せになるためにつくった仕組み」であって、これからの時代、そこを追求していくとエンゲージメントを高めるより方法はないからです。
そう思うようになったきっかけは学生時代に「社会に出て働いている人ってあんまり楽しそうじゃないな」と感じていたこと。それを変えたいっていうことが私が起業を考えた理由のひとつでした。
吉田さんが指摘したようなことを私も経験しました。そんな自分の実体験も「みんなが生き生きと働けないような会社は存在意義がないんじゃないか」と確信する理由になりましたね。
“正解”はデジタルネイティブが知っている
吉田
意地の悪い聞き方をしますけど、なぜ、みんなが生き生きと働くことが大切なんですか?
新居
働く人たちが能動的に働ける会社でなければ企業成長はできないからです。
経営者には優秀な人が多いと思いますけれども、経営者ひとりの脳みそで考えた知恵と全社員が日々知恵を絞っている会社とでは、当然競争力が圧倒的に違いますよね。
それに、いま20歳台のデジタルネイティブたちがたくさんいますけど、デジタルネイティブ世代が発想するアイデアと、デジタルネイティブではない僕らのような世代が発想するアイデアでは中身が全然違います。正直、僕らの方が正しかったり、合っていることの方が少ない。
今後、ますますそんな世の中になっていくでしょう。そうした時に組織はどうあるべきか。みんなが生き生きと知恵を絞れる、知恵を出せる、そんな会社になっていくしかありません。
「無意味なマネジメント」が結構ある
吉田
同感です。うちの会社(クラウドワークス)のマネジメントも新居さんと同じく、どんどん現場に権限移譲しています。
それと“上の人”からの指導を守って得られる果実は少なくなっていると思います。たとえば“上の人”からの指導の代表にビジネスマナーがありますよね。起業する以前、初めて働いた会社では私もビジネスマナーをめちゃくちゃ教わりました。「グラスが空いたらすぐに注ぎなさい」とか。
でも、上座下座(かみざ・げざ)の説明をアメリカ人にしたことがあるんですけど、それを英語で説明するのは困難な上に「なんの意味があるんだい?」と説明相手のアメリカ人に聞かれて、困っちゃいました(笑)。意味を問われたら何も説明できないんです。
卑近な例で申し上げましたが、日本的ビジネスマナーと同じように形骸化したものが日本の会社のマネジメントのなかに結構あるんじゃないか。そんな風に感じます。
そんな観点も踏まえて、上原さんが大切にしている組織の型、組織に対する基本的な考えを聞かせてください。
上原
当社の組織構造は「逆三角形構造」「逆三角形組織」です。一番前線に立ってそれぞれのゲームを運営する15名ほどのメンバーたちのグループを当社では『ユニット』と呼んでいますが、ユニットのひとつひとつこそが組織の最上位にあり、社長である私は一番下に位置する。そんな組織構造にしています。
さきほど新居さんと吉田さんから「デジタルネイティブの若い人の方が分かっているのではないか」という指摘がありましたが、実際、完全にそうなんですよ。
当社は、いまゲームを約40タイトル運営しているのですが、そのゲームをプレイしにきてくれるユーザーさんがどんなことを楽しみにしているのか、私では分かりません。中間層の課長が分かるかと言ったら、それも違う。
では、誰がユーザーさんのことをわかっているのか。やはり現場でユーザーさんに触れているメンバーたちが一番分かっています。
そのため、ユニットごとに意思決定できるように、当社ではそれぞれのユニットに人事権などの権限を大幅に移譲しています。
個別のプロジェクトに口を出さない
吉田
逆三角形の組織構造のなかで、経営者としてどんな組織マネジメントをしているんですか?
上原
企業戦略、全社戦略です。ユニットごとの意思決定がどういう価値観で、どういう合理性をもってなされるのか。これだけはやはり企業戦略、全社戦略として持っている必要があります。それを描くのに一番適任者なのが経営者だ、という考え方です。
ひとつひとつのプロジェクト、サービスについては私は口を出しません。そのかわり、約650人の全社員が乗りこむ会社という大きな船が、どの方角を向いて進んでいくか、ハッキリとした地図を描いて明示していく。そんなイメージです。
吉田
なるほど。ところで、マイネットさんは積極的にM&Aを進めていますよね。多様な背景をもつ人たちが集まっているうえに、それぞれのユニットごと、ゲームタイトルごとに違う事業をやっているようなものです。組織がバラバラになりやすい構造があるんじゃないかと思うんですが、どうなんですか?
上原
確かに、ハードにクリエイティブなユニットもあれば、インターネットスタートアップのように緩やかな空気のユニットもあります。それぞれの文化は本当にそれぞれ。そこにはタッチしません。そのユニットごとに一定の文化の違いがあるのは構いません。
「皆の共鳴共感」が組織の根っこ
吉田
そうした多様性をもった組織を、どのようにして束ねているんですか?
上原
根っこにある根底の価値観のところで必ず共鳴共感できる原理原則、「この仕事をする人だったら必ず共感できるよね」というキーワードをひとつ明確にして組織を束ねています。ベースにある原理原則に共感共鳴してくれさえすれば、スタイルとか文化の違いは、さほど問題ではなくなるんです。
当社の原理原則はハッキリしていて「完全にユーザーさんの方を向いて仕事をしよう」ということ。M&Aを発表したその日に「皆さん、今までと経営が変わったりするかもしれないけど、まったく心配はありません。今までの通り、今までと同じようにユーザーさんを向いて仕事をする。これだけを一緒にやっていきましょう」と話します。
その後も本当に念仏のように、この原理原則をひたすら同じ言葉で伝え続けます。
吉田
ちょっと待ってください。原理原則を共有できれば違いを乗り越えていけるんだというお話ですが、本人も「ユーザーさんを向いて仕事する」と思っているのに、結果として経営者の方を向いて仕事をしていたり、上司の顔色をうかがっていたり、私利私欲で自分の方を向いて仕事をしている。そんなことって起きがちですよね。
マイネットさんの原理原則に共鳴し、本人もユーザーさんを向いて仕事をしているつもりなのに、上原社長から見て「違う」という場合、どうやって擦り合わせているんですか?
上原
そこは擦り合わせではなく心理。「ユーザーさんの方を向いて仕事をするっていうのがゲームクリエイトやゲーム運営の本質だよね」ということを、ただひたすら語りかけます。若干スピリチュアルに聞こえてしまうかもしれませんけど(笑)
だから「上司は要らない」
吉田
なるほど。一方で“組織の型”についてオリジナルすぎる価値観だと新しい仲間を増やしていく時の障害になりませんか? たとえばアトラエさんは役職なしで上司が存在しないかわりに出世もない、独自のホラクラシーな組織の型をつくっていますけど。
新居
障害になるとはまったく考えていませんね。アトラエの価値観は基本的に人が仕事を通して幸せになる上で本質的かつ普遍的なものなので、多くの人から共感してもらえると考えていますから。
とくに、インターネット時代のマネジメントの特徴だと思うんですが、上司がいることのメリットは少なくなってきたと思うんですね。
この前、当社のCTOも言っていたんですが、インターネットで情報の流通スピードが格段に速くなったため、ひとつの施策について、その効果を維持できる期間が非常に短くなっています。上司がいて部下がいて稟議して、と中央集権的に判断していると、とても間に合わない。現場で即断即決して実行しないと競争にならないんです。
重厚長大産業がけん引した高度成長期は「上司が正解を知っている」という前提でよかった。お寿司屋さんで大将が握るのがイチバンうまくて、みんなは大将から寿司を握る技術を習っている状態のようなものです。
でも今は違います。インターネットの時代になり、効果がある施策の賞味期限はうんと短くなりました。言わば正解がない時代。あらゆる情報をフラットにみんなで共有し、みんなで知恵を出し合うしかありません。だから上司がいないホラクラシーは今の時代に適応した、ひとつのあるべき組織のかたちなんです。
情報も組織もフラットだとすれば、経営者がすべきことって社員のエンゲージメントや心理的安全性を高めること以外にあまりありません。
「中央集権」は経営リスク
上原
あらゆる情報、データはインターネットで取得可能ですからね。その情報、データを本当に必要な軸で捉えられる人間って、誰よりも前線のメンバーです。
当社でいうと、いま40タイトルのゲームを運営していて、いわば40事業を走らせている状態です。40事業もの事業意思決定を中央集権的に行うより、ゲームごと、プロジェクトごとに15人で構成しているユニットに権限を委譲した方が明らかに効率的です。
ユニットには人事権限、評価権限も完全に移譲しています。それがオンライン時代、インターネット時代の理にかなっています。
吉田
どういう人に権限を移譲しているんですか? 基準があったりしますか。
上原
フィロソフィーに共鳴してくれ、それを体現できている人。そしてそれを浸透させることができる人です。それを前提にして、運営側になってマネジメントをやってくれる人に権限を委譲しています。
具体的には、全社員約650人の組織を3カンパニーに大きくわけます。ひとつのカンパニーのなかに4スタジオがあります。このスタジオ長にユニットのマネージャーの登用の意思決定権限などを付与しています。4スタジオにユニットがそれぞれ10ずつくらいあります。
「性悪説」と「事なかれ主義」は許さない
吉田
マイネットさんではフィロソフィーの共感や体現を重視していて、ここが組織の型として譲れない一線なんですね。新居さんは、どんなことが譲れませんか?
新居
「改善すべきだと気付いたことは、言わなきゃいけない」ということです。
皆でひとつの家をつくっているとして、明らかに欠陥があるとします。でも、そこは自分の責任範囲ではない。そんな場合、「自分はこの部分の責任者じゃないからいいや」とクチをつぐむのは許しません。
クチベタだろうと、そこが自分の管轄じゃなかろうと、昨日入社したメンバーだったりインターンの学生だったとしても、改善すべきと気付いたんだったら言わなければならない。
そのかわり、誰が言った意見であろうと正しい意見は皆で聞く。そんな強固なカルチャーがあるところがアトラエの強みのひとつです。「言いたくない。自分はその責任を取りたくないし、気付いても無視していたい」という“事なかれ主義”の人は皆から排除されるでしょうね。
もうひとつ譲れないものがあります。それは“性善説”。「皆は意欲的に仕事をするはずである」という前提で会社を経営しています。
ですから、働き方は自由。たとえば昼休みを2時間取ろうが3時間取ろうが、午後に歯医者や美容院・マッサージに行こうが、お客さんとランチビールを飲もうが、アトラエでは自由です。体を動かしたくなったらジムに行く人もいます。全然問題ありません。
吉田
でも、そんなことをしたら皆怠けてしまうんじゃないですか?
新居
それが“性悪説”なんですよ(笑)
アトラエの組織のつくり方のテーマは、意欲ある社員がムダなストレスなく働ける組織をつくること。ですから、よくわからないルールや細かい制度は一切つくりません。性悪説で何かを縛ったりしません。
経営者の“ベタベタな本音”が組織を束ねる
上原
マイネットではM&Aを連続して行った一時期、社としてエンゲージメントが下がったことがありました。その時、全社総会をして全員の前で全員に向けて「俺、皆のことめっちゃ好きやねん」と話しました。
吉田
もうちょっと詳しく聞かせてください。どんなことを言ったんですか。
上原
「本当にこの会社は皆のチカラでできていて、会社は社員のものであり、この会社がこうして存在しているのは、皆の力でできあがっている」「俺はこの会社に実際人生をかけているけれど、それを一緒にやってくれている皆が本当に大好きだ」。こんな内容でした。
本当にベタベタな話なんですけど(笑)それまでいろんな会社からメンバーが集まってくれて、結構、バラバラな状態だったんです。
それで、ここぞというタイミングで「本当に650人皆のこと大好きやねん」「会社は皆のものやねん」「社員のものやねん」って伝えました。
吉田
なるほど。ベタベタな本音が必要だということは、私もよくわかります。
どんな会社も「組織の“型”」次第で成長できる
新居
この流動性の高いIT業界において、アトラエの離職率は5%くらいしかありません。これは組織競争力上、すごく優位です。離職率が低いのでノウハウやリテラシーがどんどん蓄積され、それによって会社が成長もするし、会社が成長することで社員も生き生きとするというサイクルができます。
社員が生き生きと幸せに働けるようにしていったら勝手にエンゲージメントが高くなり、会社も成長できる。そのサイクルをちゃんと回していければ、どんな会社も伸びていく。生き生きと働ける環境さえあれば、めちゃめちゃ能力が高い人が日本にはたくさんいます。
上原
オンラインの時代では、すべての仕事、すべての事業がサービス化されるでしょう。それは当然のことです。すべてのデータがオンラインで取得できて、そのデータに基づいた最適な体験をコンシューマーに提供できる時代になっているのですから。製造業もその例外ではありません。
そんなオンライン化社会であるからこそ求められる会社の姿、組織のあり方を議論して順々に生み出す。そういう企業体であり続けたいと思っています。
吉田
成長し続ける“組織の型”をテーマに、おふたりの経営者と議論しましたが、固定化された“型”というより「時代の変化にともなって組織の型を変化させ続ける」という結論になった気がします。
「成長する“組織の型”」を学ぶ
今回のアトラエ代表の新居さん、マイネット代表の上原さん、クラウドワークス代表の吉田さんによる経営者セミナーを主催した一般社団法人 新経済連盟(代表理事=楽天代表取締役 三木谷浩史氏)ではベンチャー企業経営者を応援するさまざまな活動を展開しています。新規会員を募集中。著名起業家などを講師に招いた経営者セミナーも随時開催中です。