世界中の救命現場が待ち望んでいた
─多くの人命を救うことになる画期的なシステムの開発に成功したと聞いています。どんなシステムなのか教えてください。
『感染症起因菌同定システム』といいます。病院や救命センターなどで、感染症にかかった疑いのある患者さんの血液サンプルを調べ、感染している菌を特定するときに使われるソフトウェアです。感染症の代表的なものが敗血症で、国内では年間1万人ほどが亡くなっています。その治療に革命をもたらすシステムといえます。
最大の特徴は、既存の方法では菌を特定するまでに3日以上かかっていたものを、5時間以下まで短縮できること。3日も待っていたら、患者さんの命にかかわりかねないので、これまでは検査結果を待たずに、医師が過去の経験にもとづいて菌を推定し、それに対応する薬剤を処方することが多かったんです。しかし、万が一、菌の推定を誤っていて、見当違いの薬剤を与えてしまったら、助からないリスクが高くなってしまう。短時間で菌を特定できる方法の確立が求められていたのです。
─どんなブレイクスルーがあって、開発できたのでしょう。
「菌のDNAの“カタチ”を照合する」という手法が画期的でした。これは富山大学大学院医学薬学研究部の准教授、仁井見英樹先生を中心とするチームが開発し、富山大学が特許を取得しているもの。私たちの役割は、その手法を治療現場で使えるようにするためのソフトウェアの開発です。
富山大学が開発した手法は、まず、患者さんの血液から採取した菌のDNAを専用の装置の中に入れ、らせん状につながっているDNAを分離していきます。そして「らせんのこの箇所は○℃で分離した」「こちらの箇所は△℃で分離した」と、特定の7つのポイントで分離する温度を計測。その温度を平面上にプロットして、折れ線グラフのようにつなぐ。星座の図のような“カタチ”になります。これを、例えば、「北斗七星のような“カタチ”であれば○○菌」「オリオン座に似た“カタチ”なら××菌」といった具合に、あらかじめ菌の“カタチ”を登録したデータベースと照合し、菌を特定するのです。
私たちが開発したシステムでは、このデータベースをクラウド上に置き、医師が簡単にアクセスして照合できるようにしています。すでに、150種類以上の菌の“カタチ”を登録済み。細菌が原因の敗血症の9割を特定することができます。
大企業からの打診で事業化を決意
─大学との共同研究の成果なのですね。しかし、富山と北見はずいぶん離れています。なぜ提携することになったのですか。
電話がかかってきたんですよ、先方から。当時、私の会社が北見工業大学内のラボにあり、大学と研究事業を手がけていました。富山大学の先生たちからしたら、私も北見工業大学の関係者に見えたんでしょうね(笑)。
それで、仁井見先生が、わざわざ北見までお越しくださって、「私たちの特許技術をもとに、新しいシステムを開発してもらえないか」と依頼されました。多くの人命を救うことにつながるシステムです。私の開発者魂に火がついたわけです。
とはいえ、当社は小所帯。利益になるかどうかわからないシステムの開発に人員をさくわけにいきません。社員たちには企業システムの受託開発やWebアプリの開発といった既存事業を中心に携わってもらい、『感染症起因菌同定システム』については、ほかの仕事の合い間をぬって、私と社員ひとりで携わっていました。
─事業化の見通しがついたのはいつごろですか。
開発をスタートして5年ほど経って、プロトタイプが完成したころです。三井化学から「このシステムを譲渡してほしい」と提案がありました。三井化学は富山大学の許可を得て、この『感染症起因菌同定システム』の検査キットなどを開発。医療研究機関や病院に販売する事業を始めようとしていたのです。
大企業から話が持ち込まれたのを知って、社員たちは大喜び。「社長、よかったですね。いままでの努力が報われましたね」なんて。でも、私は首を横に振りました。システムを売るのではなくロイヤリティー契約ができないか三井化学と協議しました。その結果、検査キットが売れるごとにロイヤリティーが当社に入る契約を三井化学と結びました。これでマネタイズの見通しがついたのですが、そこからが大変でしたね。
本当に株主になってもらいたい相手か
─なにが起きたのでしょう。
資金調達の壁にぶつかったんです。今後、このシステムが全国、そして世界中の医療現場で使われるようになり、アクセスが殺到しても安定的に稼働するようにしておかなくては、人命にかかわりかねません。そうした体制を構築するには、既存事業に携わっている社員をこちらに回したうえで、さらに新たな人材を採用するしかない。そのための資金がどうしても必要でした。
それで、道内や東京のベンチャーキャピタルを数多く回りました。でも、なかなか出資にゴーサインが出なかったんです。直接お会いする担当者は「すばらしい事業ですね。さっそく上にかけあってみます」といってくれても、「上のOKが出ませんでした」。そんな反応の繰り返しでした。
そんな中で、ある金融機関の方から紹介された日本政策金融公庫に相談したんです。すると、すぐに担当者が来てくれて。事業計画と私の想いやビジョンをよく聞いてくれました。そして、すぐに挑戦支援資本強化特例制度(以下、資本性ローン)による融資の話がまとまりました。地方企業に親身になってくれる姿勢に感銘を受けましたね。
─資本性ローンのどんな点にメリットを感じていますか。
まず、元金は期限一括返済であり、月々の返済は利息だけだという点。運転資金が不足しがちなベンチャー企業にとっては有り難い。また、その利率は業績によって変動し、業績が低調なときには利息負担が軽減されることも助かります。赤字の期間が続く事業開発型ベンチャー向きです。
さらに、金融機関の債務者区分判定において自己資本とみなすことができる点。私自身の持ち株比率を下げずに資金を調達することができます。ベンチャーキャピタルを回って断られ続けていたころ、ある金融関係者に言われた言葉が胸に刺さっています。「安部さんが本当に株主になってもらいたいと思う相手からだけ出資を受けるべきですよ」と。考えてみれば、私の想いをろくに聞きもせず、「出資NG」と判断するようなところを株主にしなくてよかったんです。
20名の銀行幹部を前にプレゼン
─「新事業を始めたいが、資金を調達できない」と悩んでいる中小・ベンチャー企業の経営者に向けて、アドバイスをください。
綿密な事業計画を立てて、それを経営者がしっかりプレゼンテーションできるようにしてください。そうすれば、私にとっての日本政策金融公庫のように、応援してくれるところは必ずあるものです。でも、ぼんやりとした事業計画だったり、説明が不足していたりすれば、そうはいきません。
今回の新事業には、日本政策金融公庫とともに、北洋銀行のファンドからも資金を調達しました。そこに至るまでに、私自身が札幌の北洋銀行の本社ビルに出向いて事業計画をプレゼンする場面もあったんです。役員クラスばかり20名がズラリと並んだ大きな会議室で。そこで臆するようでは、経営者は務まりません。
─資金調達に成功して、体制が整ってきました。今後のビジョンを聞かせてください。
まずは国内の治療現場への『感染症起因菌同定システム』の普及を前提に、システムがしっかり動くようにする。そのうえで、富山大学、三井化学と連携しつつ、海外や治療現場以外への展開を図っていく計画です。例えば食品細菌検査現場。食中毒の発症の疑いがあったとき、これまでは保健所から専門スタッフが来て検査しなければ原因を特定できませんでした。それが、現場でできるようになれば、感染の拡大を防げますし、食品ビジネスを営む人たちの利益減を少なくできるはずです。
この『感染症起因菌同定システム』が普及していき、その開発・運営者としての評判を勝ちとったあかつきには、より大きな事業に挑戦したい。いま、デジタル革命の大きな波が到来していて、いよいよ都会・地方の区別なんかなくなっていく。ここ北見から、AI、IoTを駆使した、世界を変えるようなテクノロジーを生み出したいですね。