ITが苦手の職人でも使いこなせる
─独自開発したクラウド型コミュニケーションツール『ダンドリワーク』が中小工務店を中心に全国400社に導入され、ユーザー5万人超と支持を集めています。これまで遅々として進まなかった建設業界のIT化を劇的に進めることが期待される革新的なプロダクト。どんないきさつで開発できたのですか。
「自分のところで使いたかった」。これがスタートなんです。私は地元・滋賀県の住宅リフォーム会社に10年間勤務。いち営業職からスタートして最後は社長を務めました。そのなかで「建設現場の段取りをITで効率化したい」と考えたんです。
1つの建設現場に少なくとも20名ぐらいの職人さんが出入りして、みんなで建物をつくりあげていくなかで、日々、元請けである私たちから職人さんに、建物の図面やその日の作業の指示書なんかを伝える必要があります。それは、職人さんたちのリーダーである“親方さん”にFAXやメールで送っていたんです。そうすると、「FAXの資料をもってくるのを忘れた」「自宅にあるパソコンでメールを確認してくるので、ちょっと現場を離れる」とか。そんな不効率なことがザラにあって。
これは建設現場向けのドロップボックスみたいなツールがあれば解決できるなと思って、システム会社に「つくってくれ」と依頼したんです。そうしたら、「いや、そんなものつくってもほかに売れないし…」と、引き受けてくれない。仕方ないから、知り合いの在宅エンジニアに頼みこんで、とにもかくにもプロダクトをつくってもらったんです。バグだらけだったけど(笑)。これが、『ダンドリワーク』のパイロット版なんです。
─建設会社の社長さんから依頼されているのだから、業界にニーズがあるのは明らかだと思います。どうしてシステム会社は二の足を踏むのでしょう。
ツールをつくったとしても、現場の職人さんたちが使ってくれないんですよ。元請けの建設会社としては建設現場のIT化を進めたがっていたけれど、それが壁になって断念する。その繰り返しだということを、システム会社のほうもよく知っていますから。
職人さんは中高年世代が多いので、そもそもIT機器になじみがない。「スマホどころかガラケーもさわったことがない」なんて人も。しかも、腕の立つ職人さんほど、自分の手に直接伝わってくる感覚とか、経験からくる勘を信じている。ITなんてバカにしてるところもあるんですよ。それに、元請け会社からみると、職人さんたちは自社の社員ではない。下請けや孫請け、ひ孫請けのスタッフなので、「ITツールを使え」と強制するわけにはいかないんです。
─『ダンドリワーク』はどうやってその壁を乗り越えたのですか。
徹頭徹尾、職人さんたちにとって「使ったら自分自身の仕事が楽になる」ように設計されているんです。たとえば親方さんにとって、非常に重要な仕事のひとつである、お金の請求。1日の作業で働いた人と時間を確認して、元請けにお金を請求します。これまでなら紙ベースで請求書を作成し、元請けのオフィスへFAXで送っていたのが、現場にいながら、スマートフォンやタブレット上で請求書を作成し、送信できます。
しかも操作は非常に簡単。極端な話、「フォルダ」とか「ファイル」なんて用語を知らなくても、アイコンや画像、ボタンをさわるだけで操作できます。「ITツール? 使い方をおぼえるのが面倒くさい」といっている職人さんでも、簡単に操作方法をおぼえられて、自分たちの現場での仕事が非常に楽になる。だから、すすんで使ってもらえるのですよ。
カスタマーサポート部隊が奮闘
─なるほど。とはいえ、それでも「オレは使わないぞ」というガンコな人もいそうです。
ええ、いますね(笑)。そこで当社では、アフターサポートに注力しています。当社にはシステムの開発・運営・営業だけでなく、コンサルティングの機能もあるのです。私と同じように建設現場の事情に精通している人材をカスタマーサポートの部署に集め、全国のユーザーからの使い方に関する問い合わせに対応させているのです。きめ細かいサポート体制があることも、従来の似たようなツールと一線を画すポイントでしょうね。
─ユーザー数の増加に応じてカスタマーサポート部隊の陣容を強化しなければならないと思います。人材採用についての考えを聞かせてください。
引き続き、建設業界に精通した人材を採用し、カスタマーサポート部門や営業部門に配属していくと同時に、エンジニアの採用も強化します。「現場の使い勝手のよさ」が最優先なことは変わりませんが、今後、システムをさらにバージョンアップしていくうえで、テクノロジー・オリエンテッドな発想を導入することも有益だからです。シリコンバレーでも通用するような、最先端のITに精通した人材を採用していきます。
「資金調達は目的ではない」と気づく
─そのためには、資金調達が必要ですね。
その通りです。じつは当社は最近まで、外部からの投資をほとんど受けずにいました。『ダンドリワーク』の開発段階から、私自身が社長を務めていた住宅リフォーム会社の利益を回して資金需要をまかなうことができていたからです。でも、そうしていると、レバレッジをきかせて事業を大きくスケールさせる発想ができにくい。そういう自分の限界に気づいた2016年の夏ごろから、資金調達に関する勉強を始めたんです。ちょうどそのころ、『ダンドリワーク』のさらなる拡販のための人材採用や広告宣伝のコストをまかなう必要が出てきたのと、IPOを本格的に検討し始めたこともあります。
その勉強のなかで、『ダンドリワーク』事業は多くのベンチャーキャピタル(VC)から「投資するに値する事業」と評価されていることがわかり、自信をもちました。一方で、最初は資金調達の勉強をしているはずだったのが、だんだんと「いかに低コスト・低リスクで大きな資金を調達するか」という発想になっている自分に気づいたんです。事業をスケールさせることが目的で、その手段として必要な資金を調達するはずなのに、いつの間にか資金調達そのものが目的になっていたんです。
─その気づきを得たあと、どうしたのでしょう。
しっかり事業計画と資金計画を見つめ直しました。そして「いま必要な額を、私たちの事業にいちばん賭けてくれるところから調達すればいい」と考えたのです。それが今回、複数のベンチャーキャピタルと日本政策金融公庫だったんです。
経営に対する考え方がシンプルになった
─前者は直接金融、後者は間接金融ですね。借金が増えるのを敬遠し、すべて増資でまかなう経営者も多いと思います。
直接か間接かの違いは問題視していません。自分の事業の成功を確信していますから。「絶対に返せる」と。それに、今回は日本政策金融公庫の挑戦支援資本強化特例制度(資本性ローン)による融資。元本は期限一括返済で、月々の支払いは利子だけ。利率は財務状態によって変動するので、「その利子よりも高い利益を出せばいいんだな」と、経営に対する考え方が非常にシンプルになるんです。
─しかし、赤字なら利息負担が軽減されるというのはメリットですが、事業が予想よりも早くスケールした場合、利息負担が重いのは心配があるのではありませんか。
いいえ、まったく心配していません。事業が大きく成功しているのであれば、そんな利子の支払い額の多寡など、誤差の範囲内ですよ。
─なるほど。「日本政策金融公庫は自社の事業に賭けてくれるところだ」と感じたのはどんな点からでしょう。
融資決定までのプロセスで、非常に深いところまで掘り下げる審査をしていたことです。正直、政府系の機関ですから、いわゆる“お役所仕事”のような、「書類が整っていればOK」みたいなプロセスを想像していたんですが、まったく違いました。たとえば当社のユーザー企業へのインタビュー。1社では満足せず、「あともう何社か、こういう属性の企業にインタビューしたい」といった要望もありました。
プロのベンチャーキャピタリストによる審査に近い目線での審査をしていましたし、長期資金の融資専門機関ならではの目線での審査をしてくれたと思います。熱意を感じましたね。
ニッポンの建設現場の優秀性を世界へ
─計画通りの資金調達を果たし、今後どんなビジョンを描いていますか。
『ダンドリワーク』事業をスケールさせつつ、地方発信でグローバルにインパクトを与えるような仕事をしたいですね。当社は滋賀県草津市に本拠を置き、宮崎県日南市にサテライトオフィスを展開。東京オフィスは営業拠点という位置づけのローカル企業です。でも『ダンドリワーク』のユーザーが増えていけば、世界でいちばん大きな「建設現場の職人のネットワーク」をもつ会社になれる。そのリソースを活用して、グローバル展開を果たしたい。
たとえば、日本の建設現場の整理整頓ぶりは世界に通用するはず。そうした文化を世界に発信していくことも考えていますよ。
─「成長の壁を突破したいが、資金面で困難がある」と感じている中小・ベンチャー企業の経営者に向けて、アドバイスをください。
経営者が事業に愛情をもって取り組む。それにつきると思います。
日本政策金融公庫が融資にあたっての審査として、当社のユーザー企業にインタビューするとき、当初は心配したんです。「ユーザーに迷惑をかけるんじゃないか」と。でも杞憂でした。
それどころかユーザー企業のなかには「この融資が決まれば、ダンドリワークがもっと世の中に広まっていくんですね。とてもうれしい」と、日本政策金融公庫の担当者にいってくれたところも。そんなふうに「お客さまから応援されている事業だ」と伝わったことも、融資決定を後押しする要因のひとつになったんじゃないかと思います。
経営者が事業に愛情を注いで取り組めば、必ず応援してくれる人が出てきます。その輪が広がるなかで、必要な資金も調達できるはずですよ。