事業承継の手段としてのM&A
藪内
まずはお互いに自己紹介しましょうか。私はコンピューターシステムハウス(以下、CSH)の元代表で、2018年にインフォニックへバイアウトしてからは取締役会長を務めています。CSHは1981年に私が仲間とともに創業したIT企業。当初はパソコン向けにベーシックでソフトをつくっていて、現在はおもに基幹系システムをスクラッチ開発しています。もう39年間、この業界でやってきていますので、開発のノウハウをはじめ財産はたくさんあります。そのおかげで仕事に困ることはありません。
菊地
そうですよね。福島県郡山市に本社がある地方企業なのに、売上高の半分以上は県外の仕事ですからね。
藪内
ええ。ですから、財務体質は健全そのもの。自己資本比率は18年間、90%を割らずにきています。しかも無借金。1期を除き黒字続きです。ただし、「会社を大きくしていこう」という野心はもたず、「長く継続していこう」と決めています。ですから、売上高2億円、経常利益2,000万円をベースにして、それ以上は、あえて目指さない経営をしてきました。菊地さんのように、M&Aによってどんどん自社を大きくしている経営者と比べたら、地味かもしれません(笑)。
菊地
いえいえ(笑)。私のほうも自己紹介しましょう。インフォニックという京都のIT企業を経営しています。いま薮内さんがおっしゃった通り、M&Aを成長戦略の手段として積極的に推進しています。今回のCSHは、当社のM&Aとしては3件目。2014年に東京での開発強化のために都内の受託開発企業であるコムネックスの株式を譲受け、2016年には、動画配信のプラットフォームをもっている会社であるネクプロの株式譲渡を受けました。子会社の立ち上げも推進してグループ経営を目指していて、現在は国内4社、海外1社で事業展開しています。
藪内
同じIT企業といっても、CSHとインフォニックでは、得意分野が違いますよね。
菊地
おっしゃる通りです。CSHが基幹系中心なのに対して、私たちはWeb系の開発がメイン。特定の大企業の案件が売上のかなりの部分を占め、大規模システムの開発のなかの一部分をまかされ、スクラッチで開発しています。ほかに基盤・ネットワーク構築の案件も手がけていて、比率でいうと開発が7割、基盤・ネットワークの構築が3割。エンジニアの就業形態別では社内での開発が6割、クライアント先への常駐が4割となっています。顧客の所在地別では京都・大阪で7割、東京を中心とした関東地方が3割です。
藪内
菊地さんはもともと、銀行員だったんですよね。
菊地
ええ、ITのことはほとんど知りませんでしたね(笑)。ITに詳しい仲間と一緒に、2005年に脱サラして起業しました。当初はエンジニアの派遣事業からスタート。その後、派遣よりも受託開発のほうが大きくなっていって14年が経ち、CSHのような優良企業を買収できるまでに成長しました。藪内さん、譲渡を考えたきっかけはなんだったんでしょう。
藪内
事業承継です。当社は「社長職は世襲しない」と決めています。理想は社員から次の経営者を出すこと。ですから、ここ5年ぐらい、社員たちのなかから「社長になりたい」という人が出てこないか、みんなの考えをヒアリングしてきたんです。でも、資金の壁があります。業績好調なので株価が高く、オーナー社長になるためには多額の資金が必要。いち個人が背負うには重すぎるので、みんな二の足を踏んでしまった。そこで、「よその会社に事業を承継してもらおう」と。それがM&Aを考えはじめたきっかけです。
菊地
薮内さん自身の個人的事情も影響したと聞きました。
藪内
ああ、そうですね。じつは一昨年、入院が必要な大きな病気をしまして。おかげさまで、いまは回復していますが、入院しているときは「『そろそろ引退しろ』という神さまからのお告げかな」と。早く承継先を見つけようと、M&A計画の推進に拍車がかかりました。でも、M&Aの後、前よりもっと元気に働いていますけどね(笑)。
菊地
はい、いまも薮内さんのエネルギッシュな働きぶりに圧倒されていますよ(笑)。では、成長戦略のなかでのバイアウトの位置づけを聞かせてください。
薮内
「最先端のITの進化をキャッチアップしていく」という意味あいがあります。当社はあと5~6年は売上高も利益もいまとおなじくらいは確保できる見通しがあります。でも、「AIによるシステム開発の自動化」といった最先端の動きに対応していくには、実力不足。ですから、最先端の技術への感度の高いところと一緒になるべきだと。
あとひとつ、つけくわえると、「ともに労苦をわかちあってきた創業メンバーへ利益還元をしたい」という想いもありました。会社を大きくすることを追求してこなかったので、IPOによる利益還元は考えにくい。バイアウトして「創業メンバーの一人ひとりに1億円以上、渡したい」と。
逆におたずねしますね。菊地さんのほうは、なぜ、当社の譲受を考えたんですか。
売却価格より相性を優先した
菊地
利益率を高めるノウハウ」がほしかったんです。私たちはもともと「エンジニア派遣」という、自社内に開発ノウハウが蓄積しにくい事業からスタートしました。いまは受託開発が売上の過半を占めるようになりましたが、特定の大企業のお客さまの仕事がメイン。安定的に仕事があるメリットを享受している反面、メインクライアント以外の仕事を請ける余裕がない。「さまざまな企業の開発案件を経験してノウハウを蓄積していく」ということができていませんでした。
また、特定の会社と長く取引していると、お客さまの予算のつけかたや、収益の状況などがわかるようになってきます。そうなると、「これ以上の見積もり額を出しても通らないな」というのが見えてきます。結果として、「利益率が上がっていかない」という課題を抱えていました。
薮内
なるほど。私たちCSHは対照的。ずっと、多くのお客さまの案件を、自社内で開発するスタイルでやってきましたからね。
菊地
そうなんですよ。M&Aの可能性はつねに探っているので、仲介してくれるところから、ときおりご紹介をいただいています。そのなかで今回、日本M&AセンターさんからCSHを紹介されて。経営の数字を見て、感じるところがありました。「利益を上げられる仕組みがある」と。そういう匂いがしたといいますか(笑)。
そこでよく調べていくと、やはり「受託開発で利益をあげられるビジネスモデル」が確立されていた。「これを当社に注入できれば、もっとよい会社になれる」と。「なんとしてもCSHを経営統合したい」という強い想いがわいてきました。そこで日本M&Aセンターさんに依頼して、薮内さんとの面談を設定してもらいました。私と会って、どんな印象でしたか。
藪内
「私を含めたウチの経営陣と同じく、マジメだなぁ」と(笑)。菊地さんが銀行出身だからかな。あとは「向上心が強い人」「社長らしくなく、いばらないタイプだな」という印象も。もともと事業承継の手段としてのM&Aでしたから、後継社長となる方の能力や人柄、資質という点が重要でした。ほかにも数社、日本M&Aセンターさんを通して買い手候補の経営者とお会いしまして、「CSHのビジネスを4倍にしたい」と提案してくれた方も。でも、私たちはそういったことは望んでいませんでした。
菊地
高く評価していただき、ありがとうございます。
藪内
菊地さんには申し訳ありませんが、買い手候補のなかで、じつはインフォニックは提示価格がいちばん安かったんです(笑)。しかし、「いちばん相性はいいだろう」と思いました。実際、その予感は的中しましたね。M&Aから1年が経ちましたが、当社の役員が菊地さんに対していろいろ意見をいう場面もあります。いい感じで進んでいると思いますね。これも菊地さんのマジメさと経営ポリシーがしっかりしたところからきていると思います。
一方で、菊地さんのほうは初対面の私にどういう印象をもったんでしょう。
菊地
「せっかちな楽天主義者だ」と感じました。私は銀行員として数百人の経営者に会ってきて、資質を見わける目は養われてきました。「この人はすばらしい」と思える経営者と「いまはいいけど今後はダメになりそうだな」と思う経営者と。藪内さんにお会いして話していると、この人はまさに「よい経営者の典型だ」と思いました。「せっかちで、かつ楽天的」という資質が、かいま見えたからです。
藪内
本当ですか(笑)。
菊地
ええ、本当です(笑)。いま、ご一緒に仕事を進めるなかでも感じていることです。なにごとにつけ、早くやらないと薮内さんにあおられる。でもそれが小気味よくて。あおられて、やってみるとうまくいくからです。不安な情報があっても、それをマイナスに感じず、つねに楽天的に考えています。悲観的に考えないことで、うまくいくんでしょうね。そんな藪内さんの魅力に相当ひかれました。会社自体にも、そのマインドが浸透しているのを感じましたので、「一緒にやりたい」とつくづく思いました。
そうしたお互いの想いが一致し、まさに“相思相愛”のカタチで話がスムーズに進行した記憶があります。話がまとまって、両社と仲介役の日本M&Aセンターの方が集まって、契約調印式を挙行。まさに“結婚式”というわけです。薮内さんはどんな気持ちでしたか。
藪内
私ひとりだけシャンパンをガブガブ飲んでましたね(笑)。思いのほか清々しいかった。自分自身、「どうなるのかな、泣くのかな」と考えていましたが、涙もなく。「ここで辞めよう」という気持ちは起きませんでした。区切りをつける想いよりも、ここから先への期待感のほうが高まっていたことをおぼえていますね。
互いのよさを活かしながら統合を
菊地
私のほうは、「決意を固める」場になりました。いちばん安い提示額しか出せなかったにもかかわらず、選んでもらえたことに感激していたので、「CSHをもっとよい会社にしていきたい」と。それに、銀行からM&Aの資金を調達したとき、担当の支店長が本店の審査部と戦ってくれて、支店長の職をかけて決裁を取ってくれたんです。ですから、その支店長のためにも「このM&Aは絶対に失敗できない」と思ったのを記憶しています。
契約締結のあと、薮内さんはCSHの社内向けに、M&Aについて従業員へ説明しなければならなかったと思います。どんな反応でしたか。
薮内
テンションが下がりました。従業員は「企業売却された」と聞くとテンションは下がるもの。ウチもそうでした。「自分はリストラされるのではないか」「どこかへ飛ばされるのではないか」と。不安が大きく、先行きの見通しは暗かったと思います。「社長はお金をもらっていいよな」なんて、直接いわれることはありませんでしたが、そんな雰囲気は感じていました。
菊地
たしかに、私がM&Aが決まったあいさつにCSHへ出向いたとき、従業員のみなさんの間に緊張感がありましたね。しかし、すぐに懇親会を開いていただいて。打ちとけるまでの時間は短かったと思います。
薮内
そうでしたね。お化け屋敷でも入るまでは怖いと思うでしょう(笑)。でも入ってみると、たいしたことないんです。社員はひとりも辞めませんでした。こんなこといったら怒られるかもしれませんが、「インフォニックの役員になろう」といっている社員がいますよ。「オレのほうが、いまの役員よりうまくできる」と思っているのかもしれません(笑)。
菊地
ぜひ、お願いしたいです(笑)。逆に、インフォニックからCSHへ転籍した社員がいます。「ビジネスモデルに、ほれた」と。それから中途採用に応募してきた人で、面接時にCSHの話をしたら、「そちらへ行きたい」といった人も。現在は、大阪から郡山へ単身で転居してがんばっています。2社の交流は進んでいますね。
薮内
とはいえ、いまは地ならしの途中。2社は社風も違うし、社員数も違います。食事会をやったり、みんなで旅行へ行ったり、とにかく交流する段階だと思います。一緒に仕事をすることも増えてきていて、そちらについてはあせらずに、意識あわせをしています。夫婦でいうと、「朝は早く起きるのか、ゆっくり寝ているのか、どうする?」と、お互いに探りあっているような段階。それを意識してやっていこうとしています。
菊地
インフォニックはエンジニアが多く、大企業と安定的に取引をしていることもあって、営業的な意識が低い面があります。「よいモノさえつくっていればいい」というような。これまでは私が営業的な数字の話をしても、「そんな数字は、ウチみたいな小さな会社で達成できるわけはない」と反発されていました。しかし、受託事業で高収益を得ているCSHがグループに入ったことが、いい意味で社員にとってはショックになったようです。「やればできる」と思った社員が出てきたのが、ここ1年の大きな収穫でしたね。
薮内
CSH経営統合の大きな動機だった、「利益率を高めるノウハウの導入」については、どうなりましたか。
薮内
導入を進めています。私たちはスクラッチ開発でイチから全部つくっています。しかし、CSHは基盤部分について事前に相当、つくりこみをしていますよね。お客さまにあわせて、イチからつくるのは全体の半分ぐらい。ですから開発効率がよく、原価がおさえられています。私たちもコンポーネント化を進めて、共用化できる部分を増やさないといけない。いま、それを始めているところです。
ただ、そういう経営のプラットフォームは共有しながらも、会社としては別々のままにするのがいいかなと。それぞれの会社がそれぞれの歴史をもっているので、文化をひとつにするのは難しい。いわゆる“連邦制”がふさわしい。たとえばモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンのように、それぞれの会社がそれぞれのよさを活かして、一緒になるのが理想だと思います。
同等な立場で一緒に新会社をつくろう
薮内
同感です。これまでのインフォニックともこれまでのCSHとも違うグループ全体の社風ができつつあり、じつはそれをねらっています。M&Aに「身売り」のような暗いイメージをもっている人もいるかと思いますが、決してそうではありません。私たちのケースも、会社が弱体化して親会社に吸収されたわけではありません。同等な立場で、さらに新しい会社を一緒に起業するイメージです。
親会社が吸収するケースでは親会社のパワーを「1」とすると、経営が弱体化した譲渡側の会社は「−1」です。両社を足すと0です。でも譲渡側企業が弱っておらず、「1」のパワーをもっていれば、「1+1=2」になります。
菊地
そういうM&Aがいちばんいいですよね。
薮内
ええ。だから譲渡する側へアドバイスするとすれば、「経営が弱体化してお金がなくなってから譲渡してもうまくはいきませんよ」と。M&Aにも“旬”があって、おいしい時期があることを忘れてはいけない。
それから新時代への対応ができそうもないのであれば、すぐにM&Aするべきです。AIやロボット、自動化の知識がない会社であれば、つぶれていくしかありません。
一方、「経営者個人が、お金がほしいから」「もう引退したい」「借金返済のため」。このあたりの動機は不純です(笑)。そういう動機からM&Aをしても、なかなかうまくいきません。社員のコンセンサスが得られないから。
菊地
なるほど。
藪内
社員がノーというならM&Aはやめるべき。M&Aしたあとは、やはり社員の問題なんです。CSHの場合、M&A後の1年間、会社の懇親会の回数が前の年の5~6倍になりました。それぐらい、社員どうしが交流してくれた。そういう、M&A後のお互いの社員のミックスした味を出すためにどうすべきか、考えておくとうまくいくと思います。
その意味で、買い手側の意識が重要。「買うほうは苦労しますよ」ということはいっておきたいです。売るほうは簡単です。売ってお金が入ってくるだけですから。買うほうは、社風も違うバックグラウンドも違う、いろいろな人間が入ってくるのをまとめあげるのに大変な苦労がありますよ。
菊地
私が売る側の方々にいえることは、買おうとする会社がすべて「自社の色に染めてやろう」としているわけでありませんよ、ということです。すべてがハゲタカのようではないことは、私たちの例でもわかると思います。
一方、買う側にいいたいのは、「数字ではない部分もM&Aには大切だ」ということです。私たちは企業買収をしかける会社としては規模が小さい。私たちのやろうとしていることを銀行に理解してもらい、資金を調達しなければならなかった。そこは想いの強さで説得するしかない。だから想いを貫いてやっていくことが大切だと思います。
2018年はIT業界のM&Aが初めて1,000件を超えました。その背景には業界の好景気やビジネスのデジタル化、技術者不足などがあります。
それにくわえて、中堅・中小企業を中心に、各社が成長の選択肢としてM&Aを考えていることがあります。「グループで連携して成長をめざす」という流れが来ていて、IT業界は競争から「共創」の時代に入ったといっていいでしょう。
これにより、2000年代初頭の敵対的買収・ハゲタカ型M&Aのようなネガティブなイメージはまったく払しょくされました。いまの若い経営者にとってバイアウトはポジティブなものです。そして、買収する側のトレンドとしては、以前のような事業の多角化をねらったM&Aではなく、本業に磨きをかけるためのM&Aが主流になっています。2019年もそのような「本業加速型」がより増えていくとみています。そのなかでも、オープンイノベーションの文脈でベンチャー企業と連携したい大企業と、さらなる成長をねらって資金や販路、ブランド力などのバックアップを得たいベンチャー企業とのM&Aがさらに増えていくことでしょう。
現在はM&Aの成約までのハードルは低くなっています。ですから今後はM&A後、所期の成果を得ることにフォーカスするべきです。M&Aの目的は売り手も買い手も企業を成長させるためです。M&A後に両社が成長できているなら、会社を買うことも売ることも正解だと考えます。