3万名1人ひとりに設置された委員会で育成策を議論する
─リクルートグループの社員約3万名のうち、ボードメンバーが20名ほど、その下にエグゼクティブと呼ばれる“次のボードメンバー”が約130名。30代のエグゼクティブもめずらしくないと聞いています。若手の抜擢を成功させる秘訣はなんでしょう。
抜擢を目的化しないことです。組織上の必要性をもとに「この部署のマネジャーに適切な人材が見あたらない。少し能力が不足しているが、若手にやらせてみよう」というのが“抜擢を目的化している”典型例。これに対して私たちは、社員一人ひとりについて、「この人材をより成長させるには、どんな施策を講じたらいいか」を議論しています。
このとき、組織上の必要性はわきにおいて、その人材を成長させることだけを念頭に、「強みを伸ばすにはどうしたらいいか」「弱みを克服するにはどんな手を打つべきか」を議論するのです。その議論の場が人材開発委員会。3万名の全社員一人ひとりに委員会が設置されています。
抜擢人事の具体例
─3万もの数の委員会があるわけですか。
ええ。委員会は対象者の直属の上長と、その上長と同格の他部署の役職者数名。それに、そのメンバーたちのひとつ上の役職者1名で構成されます。たとえば部長クラスをみる委員会であれば、直属のエグゼクティブと、指揮命令系統からすると“斜め上”のエグゼクティブ数名、それにそれらのエグゼクティブたちを束ねる役員1名でつくられます。
そして年2回、対象者の成長ぶりを吟味し、さらなる成長を促すための策を議論。たとえばそのなかで「A部長はメンバーに対して理想を語って引っ張っていくチカラが弱いね」という問題点が浮き彫りになったとします。その克服策として「グループ会社の社長にすえて、理想を語ってメンバーを引っ張らないと業務が回らない立場に就けたらいい」。そんな施策がA部長の成長に適しているという結論が出る。これが実現すれば「抜擢」人事になるわけです。
別分野で成長が見込まれれば、容赦なく異動させる
―抜擢人事が実現するプロセスを教えてください。
年2回、各メンバーに対する委員会での議論が終わった後に、今度は組織上の必要性の観点も踏まえて、人事を各階層の役職者たちが議論するのです。そのとき、委員会での結論が重要な参考資料になる。先のA部長の例でいえば、グループ会社の社長のポジションに空きがあれば、A部長の人材開発委員会の結論を踏まえて、その地位に抜擢するわけです。
─組織上の必要性と個人の成長のための必要性が矛盾するケースも出てくるのではありませんか。
はい。その場合、基本原則としては個人の成長のための必要性を優先しています。たとえば、ある部署のマネジメントが非常にうまくいっているとします。Bマネジャーがその分野の専門知識があり、メンバーとの相性もいいからです。Bマネジャーを交代させたら、この部署があげている成果は短期的には低くなるかもしれません。それでも、Bマネジャーについての人材開発委員会で「別の分野での仕事に挑戦させたほうが伸びる」という結論が出ているならば、異動させるケースが多いですよ。
成果を出したら、より成長させるために、またチャレンジさせる
─それで組織がうまくいくのはなぜですか。
社員の成長こそが企業成長の原動力だからです。「うまくいっている部署には手を入れないでおこう」ではなく、その部署をうまくいくようにした有能な人材に対して、さらに大きく成長するチャンスを与えたほうが、長期的にみたときに大きな成果が会社に返ってくるはずです。
─なるほど。それができるのはリクルートグループの規模と歴史があってのことだと思います。そんな企業になるために、中小・ベンチャー企業がすぐにできることはありますか。
社内表彰の制度をもうけているなら、その表彰状に書く表彰理由の文言を見直してください。たいていの場合、「優秀な成績をおさめたので」とか「会社業績に大きく貢献したので」といった決まり文句が書かれている。そうではなく、その仕事に求められる標準的な水準をどんな風に上回っているのか、あるいは経営者が掲げている理念や社員に求めている行動原則に、どんな行動が合致したのか、詳しく書くべきです。
─表彰されている本人が「会社は自分のことをしっかりみてくれているんだな」と思ってくれるわけですね。
はい。でも、それだけではありません。より重要なのは、本人以外のメンバーに「この会社における“よい仕事”“よい行動”とはなにか」が実例によって共有される効果があることです。こうした表彰を何回も実行していくうちに、人材を評価するときの基準が固まっていきます。誰が評価者になってもブレず、公平感が増します。
さらに、ほかの部署の“よい仕事”を知ることで、その部署に急に異動したとしても早く適応できるようになる。個人を成長させるための人事がしやすくなるという効果もありますよ。