【2月21日】世も末
今日、新サービスのプロモーションについて、入社3年目の営業Pがこんなことを言い出した。社員総出でフラッシュモブとかいうのをやろうと言うのだ。聞くと大学の新歓コンパで、そのなんとかフラッシュをやったら、たいそうサークルに新入生が入ったそうな。叱りつけてやった。会社とガキの遊びは違うんだよ。
そういえば、前に買った経済誌で「子どもが将来なりたい職業ランキングにYoutuberがランクインした」という記事があった。いよいよ日本も終わりだ。Pも壊れ行く社会の数えきれない犠牲者のひとりに過ぎないのだろう。哀れなことだ。
Youtuberがなんたるかはよく知らないが、およそ察しはつく。いい若いモンがチャラチャラとくだらんことをやり、それをネット配信して広告収入を稼ぐ虚業だ。目立つためには、ときにハレンチなこともする自己顕示欲と承認欲求に囚われた恥知らず。そんなキワモノに子どもたちがあこがれるなんて、世も末だ。
Pよ、チャラチャラやって稼げるならそれほどウマイ話はないだろう。しかし、そんなに甘くはないんだよ、経営というものは。
【3月2日】取引先の社長
昨夜、例のPの一件をおもしろおかしく取引先の社長に話したら、こんな本を薦められた。『お金2.0』。今日の昼に本屋で買って、帰りの電車で読み始め、家に帰ってからも読み進め、もう半分ほど読んでしまった。
お金や経済の起源や仕組みについてまとめられたのち、テクノロジーの進化によってお金や経済がどう変化し、この先どうなるのかが展開されている。納得しがたく同意できない部分や成熟していないロジックもあるが、著者の佐藤氏の経営者視点の知見と感性の説得力に思わずページを次々とめくってしまった。
【3月3日】私の価値とは
ベッドにもぐり、朝日が昇る頃、『お金2.0』を読み終えた。佐藤氏は幼少期に貧しい生活をし、そのころからお金を意識し始めたらしい。経営者という道を選んだのもお金で人生を左右される社会システムをつくり変えたいという思いからだったようだ。
私も家が貧乏だった。欲しいものを買えない、行きたい場所にも行けない。大学の進路先も学費の安い国公立に限られていた。自分の子どもにはお金によって選択肢を狭められる人生を歩んでほしくない。だから、お金持ちになりたい。そう思ってがんばってきた。私が経営者という道を選んだのはお金に困らない、自由な生き方をしたかったからだ。
しかし、『お金2.0』によると、この「お金持ちになりたい」という願望には落とし穴がある。資本主義において「お金持ちになる」とは「お金を増やす」こと。たとえば、実体とかけ離れた投機ブームが起きるのはそのせいだ。お金は商取引を成立させるツールのみならず、お金そのものが商品となり、売り買いの対象になる。指数やデリバティブ。それ自体はまったく無価値で無意味な数字や紙ペラを投機で売り抜けられれば、一瞬でお金が増え、一夜にしてセレブになれる。資本主義には、まじめに商品やサービスをつくって販売し、利益をコツコツ蓄える、まっとうな商売人であるだけではバカを見る仕組みが備わっている。
まじめがバカを見るのは仕組みに欠陥があるからだ。いつか崩壊する。支持もされなくなる。そこで佐藤氏は、いよいよ限界点を超えつつある爛熟した資本主義にかわって『価値主義』が台頭しつつあると分析する。お金という資本ではなく、お金などに変換される前の価値そのものを中心に回る経済だ。『価値主義』の仕組みのなかでは、個人にしろ企業にしろ価値の最大化が求められ、自分の好きなことに熱中している人ほど“利益”をあげられやすい。
資本主義は三角形だ。社会でいえば国家、会社でいえば株主、市場でいえばユーザーを頂点とした、ルールという太い梁によって支えられた安定感あるピラミッド。一方の『価値主義』のカタチは繋がり、つまりネットワークで点と点が結ばれている無秩序な蜘蛛の巣。点と点に優劣や上下関係はなく、繋がりは気ままに生成・消失するので、築いたネットワークは既得権にならない。価値を増大させた光度の強い点が多くの繋がりをもち、“利益”をあげられる。無秩序で不安定だが、学歴や経歴などに関係なく、どんな点であろうと、つまり誰であっても光り輝くことができる、そんな自由な空間だ。
真っ先に頭に浮かんだのはYoutuber。本著の中でも新しい経済システムの中の象徴として登場する。Youtuberは自身が好きなこと、信じたことに熱中することで価値を高めようとし、そのYoutuberに価値を感じてくれたファンを獲得している。『価値主義』の顕在化の一例がYoutuber的なものだとしたら、未来を担う子どもたちがそれに憧れるのは当然の成り行きかもしれない。
私の会社の価値はなんだろう。どうやって価値を高めていこう。私の価値はなんだろう。週が明けて会社に行ったら、Pを呼び出そう。ヤツも会社の価値を高めたいから、ああ言ったに違いないのだから。頭ごなしに叱りつけてもなんにもならない。採用する確率はほぼほぼないが、その、フラッシュなんとかがなぜ有効だと思ったのか。それを聞いてやることには、きっと価値があるだろう。