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~徒然読書日記~ 『商売心得帖』

とある経営者の書評コラム #2
INOUZTimes編集部
~徒然読書日記~ 『商売心得帖』

著者は「経営の神様」、パナソニック創業者の松下幸之助氏。PHP研究所刊。

【3月28日】「仕事の基本」と「基本の仕事」

組織改編や異動にあわせて、席移動などオフィスのちょっとした模様替えをするのが新年度入りを直前にした当社の恒例行事。いつも机をきれいに片付けていてサクサクと席移動をすませる社員がいれば、散らかしているせいで手こずっている社員もいる。

やれやれと思い、そんな入社3年目の営業Pに「机の上の乱雑さは仕事の乱雑さと同じ」。そう小言すると首をすくめながら「仕事が忙しすぎて片付けるヒマがないんすよ」と言い訳してきやがった。「整理整頓は仕事の基本だ」と言ってやったが、Pは「はぁ。ほぼほぼ基本的な仕事はできてると思うんすけどね」と切り返してきた。

もちろんイラッとした。「基本の仕事」と「仕事の基本」は別物だということを説教してやろうと口を開きかけたその瞬間、違いをうまく説明する自信がないことにハタと気づいた。「とにかく、早くやれ」としか言えなかった。

仕事の基本…。会社からの帰り道、混雑する地下鉄のつり革につかまりながら、なぜうまく説明する自信がなかったのか、考えた。ていねいな電話応対とか、わかりやすい日報とか、正確な報連相とか、“基本の仕事”はいくらでも説明できる。だけど、仕事の基本って、そういえばなんだっけ…?

【3月31日】7回忌

毎年3月の最終土曜もしくは日曜は祖父の墓参り。祖父の墓に手を合わせ公私ともに心機一転で新年度を迎える。こう言ってはバチ当たりかもしれないが、節目がつく心地よい流れだ。今年は7回忌法要。身内親族だけではなく、祖父の友人たちも数人集まってくれた。

私は幼少期の一時期、共働きの両親がふたりとも地方への出張が多くなったことがあり、祖父母の家でしばらく暮らした。今日売り切れる分だけをつくる、そんなささやかな和菓子屋を祖父母は営んでいた。プツプツと大鍋のなかで煮あがるアンコ、湯気を勢いよくシューッと上げながら蒸しあがるモチ米、そして躾(しつけ)に厳しい祖父の声。それが私の幼少期の通奏低音だ。

祖母は甘いアンコのように優しく、いつもニコニコしていて、忙しかった。祖父は店を開ける支度をすませると毎日軽トラでどこかへ出かけた。店は祖母まかせ。少しは手伝えばいいのに。ばぁちゃんがかわいそう。子どもながらにそう思っていた。

7回忌にきてくれた祖父の友人たちは意外なことを話していた。

「オヤジさんのお孫さんか。棟梁としていまの家を建ててくれたのはオヤジさんだった」
「オヤジさんが資金を出してくれたから今の会社があるんだよ」
「困ったことがあったら、みんなオヤジさんを頼りしていたなぁ」

友人たちが懐かしそうに眼を細めて話す祖父の思い出話。そのひとりが何度も読み返してボロボロになった本を私にくれた。

「支払いが遅れた時、オヤジさんから『商売人として失格だ』と説教された。おっかなかったなぁ。そして、この本を読めと差し出されたんだ。ずっと返しそびれてたんだけど、ほら、オヤジさんの形見だ」

『商売心得帖』。記憶の片隅に残っている祖父の筆跡でびっしりと余白に書き込みがある本のタイトルには、そう書いてあった。

【4月1日】トンネルのなかの車窓

1泊した帰路の新幹線のなかで『商売心得帖』を開いた。経営の神様、松下幸之助の講話を編んだ本。「世間は正しい」「利は元にあり」「明朗公正な競争を」「部下の提案を喜ぶ」。反論の余地がない、いいことずくめの話ばかりが書かれている。道徳のようで、古臭く感じた。祖父が愛読しそうな本だった。

「社長の責任」。あるページの本の余白に祖父の性格そのもののような角ばった文字で、ひときわ力をこめたメモが目に止まった。。

ボランティアのように大工をやったり、出資したり、あるいはそのほか雑多な困りごとで祖父が頼りにされたのは、そうして恩を売っておけば自分の店で和菓子を買ってくれる。そんな計算があったのかなと思っていたが、実際、どうだったんだろう。

店の近くに大型スーパーができても、ちっぽけな祖父の和菓子屋が消えてなくならなかったのは、祖父が「社長の責任」をまっとうしてきたからなのではないか。自分の日銭を稼ぐために商売をしているのではなく、狭い商圏ながらも、地域の人々に役立つために商売をするという「社長の責任」。だから、困っていた人には進んで手をさしのべ、自分がやれることはやる。それが祖父なりの「社長の責任」だったのかもしれない。

…新幹線は大宮を過ぎ、東京が近づいてくるにしたがって、それまでゆったり流れていた車内の空気が少しずつあわただしくなっていく。上野が近くなると車両はトンネルに潜り込み、日曜の夕暮れの東京の街並みは、もう見えない。暗闇のなかを進んでいく新幹線の車窓には『商売心得帖』を読み終えた自分の顔が映っていた。

全ページを読んで、松下幸之助のことをとても身近に感じた。「亡くなった祖父」と重なったからだ。松下幸之助は経営者としての自分にとっての祖父になった。

人間はあわただしい日常に埋没するなかで、時としていちばん大切なものを見失ってしまいがちだ。時代遅れの道徳のような本。だけど、じいちゃん、また忘れそうになったら、あの頃のようにいつでも説教してくれよな。経営の神様が書いた本に向かって、そうつぶやいた。

仕事の基本。いまならきちんと話せそうだ。明日、小憎らしい営業Pにも、迷ったときに立ち返ることのできる仕事の基本を「社長の責任」として話しておかなくてはいけないな。


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