京都の精鋭企業が実践した成功モデル
―日本人と違って、シリコンバレーで働く他国の人はこういうところが強い、と思う点はありますか?
マインドの違いで言えば、「生活がかかっているか否か」ということです。海を渡ってシリコンバレーにやってくる人たちにとってはパソコンが「カネ」に見えているんです。「このパソコンでおカネを稼ぐんだ」という意識が非常にクリアです。
ここに住んだらものすごいおカネがかかります。ルームシェアしたって家賃だけで月1,500ドル(約15万円)です。とてもおカネがかかるけど、ここには夢があって、一攫千金の希望があって、そういうメンタリティが中小町工場のすみずみまで行き届いている。みんな死にものぐるいでここで暮らしています。日本人の場合、大企業の駐在員で会社からおカネをだしてもらって来ている人が多いですからメンタリティがぜんぜん違う訳です。
―そうしたなかで、具体的に日本がアドバンテージをとれる分野などはありますか?
若いエンジニアはアイディアも発想もあるし、いまは3Dプリンターなどもあって試作はできるけど量産ができない。1万個つくったときにいかに不良品を減らすか、いかに安くするか。そういった量産ノウハウがない。これは世界的にそういう傾向にあります。
Kickstarterで資金は集まる。けど量産ができない。こういうところに日本の勝機があると思います。下請けの人たちは、大手からの指示でいかに安く量産体制を構築するか。まさにこれをやらされてきたわけですから、いろんな量産ノウハウを持っています。日本やこちらのメーカーズ系のスタートアップと組むことは面白いかもしれません。
台湾・中国系のEMS(Electronics Manufacturing Service: 電子機器の受託生産を行うサービス)はすでにそれをやっています。Kickstarterで新しいプロジェクトが出たら「うちで試作品つくれるよ、その代わり量産はうちでやってよ」と声をかけて青田買いしています。そのためにシリコンバレーに工場を置いています。
―日本の中小町工場がシリコンバレーに進出してアメリカンドリームをつかむことは可能なんでしょうか?
ええ。大事なのは、「志があるかないか」。そのうえで「クオリティ」「納期」「適正価格」。いわれたことを適正な価格で、納期までに収めれば確実に仕事があります。
たとえば京都のHILLTOPという会社があります。典型的な切削加工メーカーでしたが、日本の高い技術力の切削加工をなんとかアメリカに根付かせたいという思いで2年ぐらいマーケティングをしました。その結果に基づき、こちらに会社を立てて従業員も入れて、日本から1億円ぐらいする機械も入れて、いきなり成功しました。
彼らのアメリカでの成功のポイントは新規注文で5日程度という「短納期」でした。シリコンバレーのスタンダードは納期2週間ですから「それを1週間に短縮できて他社と同価格なら勝てるのではないか」ということで進出、つまり、日本の中小企業がいつも誇示する「モノづくり」(技術力)ではないところに商機を見出したのです。こちらで受注し、こちらが夜の間に日本でプログラムを書いて、それをこっちで機械に読み込んで納品する。時差をうまく使って短納期を実現したことで成功しました。
―なるほど。工夫次第でニーズを勝ち取ることができるのですね。
ええ。日本企業にはチャンスがあるとすごく思います。しかし変なトレンドに乗っかってしまうところが日本にはあります。
中小企業もいままでは90%がアジアに向いていました。大手企業がアジアに進出してそこに仕事があったからです。しかし、大手だって進出先の賃金次第でどこにいくかわからないですから、自立しないと終わってしまいます。同じおカネを使うなら上流に乗り込めよ、と思います。シリコンバレーが世界の上流なわけですから、ここで食い込めたら絶対に評価されるし、面白いでしょう。自分も88年に来たときは町工場にいて、相模原にある小さな会社でそこの駐在員でした。製品には独自性があってAT&Tとかにも売れましたし、良い技術があればアメリカは受け入れてくれます。技術があってやる気さえあればできるはずです。
日本企業の視察を手伝う機会がありますが日本の中小町工場はグローバルスタンダードを全く理解していません。国際的な価格相場も知らないし、納期のスタンダードも知らない。グローバルにやっていなければ海外から仕事を受けることはできません。でもそれでも生きていけてしまっている。そういう認識が大事です。
大企業のOBには国際化に慣れている人材もいるだろうし、時間も余っているだろうし、世界の現状とかスタンダードを知っている人もいるはずです。そういう人を頼って勉強会などもするべきでしょう。
やればできるのにやっていないだけ
―ただ海外進出しようと思ってもどうすればいいのかわからない経営者が多いと思います。何か具体的にアドバイスなどはありますか?
10年前に比べてシリコンバレーでの会社設立の費用は2倍以上かかります。駐在を1人置けば2,000万円、事務所を借りれば管理費で500万円、エンジニア採用で最低1人1,200万円。まずこういう認識が重要。ですから、資金力がない中小町工場は、こちらに拠点だけ作っておいて、こっちにいる経験のある人間に任せるのがいいでしょう。餅は餅屋に任せるということ。Skypeでミーティングもできるのですから、高いおカネを出して、日本からわざわざ人間をここに置いておく必要はありません。
シリコンバレーに進出している会社もマーケティングとリサーチをこっちに置いて開発は自国でやる、というケースが多いです。とにかく初期投資がものすごくかかります。そして大手やコンサルに頼りすぎず、自分たちでできることはやることが大事です。とにかく厳しくいかないと淘汰されます。中小企業の支援で私も、5年間で200社ぐらい会ってきましたが、実際にこちらに進出した会社は5社ありません。本気で進出したいと思っている会社はほとんどないんです。だいたいはシリコンバレーに視察に来て「ヤバいな」と思うだけで、結局日本に帰って安穏と暮らしています。
―シリコンバレー進出というリスクテイクをしようという日本の会社は少数で、長期的な先細りが予見されている国内市場にしがみついているのが実状。そこを変革しなければいけませんね。
ええ。確かに日本は東京五輪が開かれる2020年までは景気がいいでしょう。問題はその先です。子どもや孫がどうやって生きていくのか。本気で考えたほうが良い。このままでは正直、今後5年で日本の町工場は農業と同じになります。中小企業対策という美名のもとでおこなわれている国の「補助金バラ巻き」がそれに輪をかけています。
意味ないでしょう。仕事もないのに、なんで設備におカネを出す必要があるのか。そういうおカネが1兆円以上もあります。シリコンバレーの町工場にはいっさい補助金はありません。だからこそ6年で半分以下しか残っていない。しかし、生き残った会社が大きくなって雇用を増やしています。
― 補助金漬けが日本の農業をダメにしたと言われます。それと同じ構図がいま、日本の製造業の水面下で進行しているのだとすれば、恐ろしいことですね。
やればできるのにやっていないだけなんです。補助金にうだうだやっているからダメなんです。
私の出身は座間です。日産にカルロス・ゴーンが乗り込んで来て不採算を理由に工場閉鎖を決めた場所です。中小町工場は半数がなくなりました。しかし、残った企業は食いつなぐためにホンダやトヨタに自ら売り込んで、いまでは大きくなりました。大きな税収を失った座間市も工場がなくなって余ったスペースを活用し、コストコを誘致したり、海外の自動車メーカーの備蓄倉庫にして貸し出したりしてしっかり生き延びています。
大局的に見たら、そろそろ大鉈ふるわないと中小町工場が農業になって、ますます税金負担が増えていきます。こういう状況に若い人が気づいて、これからはやはり海外だなとなって欲しい。グローバルな志を持って欲しい。それを持つことによって、より大局的にモノを見られるようにもなります。能力的には低くないのですから、絶対にシリコンバレーに食い込めるチャンスはあります。できれば大手への就職願望をもつことをやめて、技術力のある中小町工場に就職して早い段階からグローバルな活動をしてもらいたいと思います。シリコンバレーの情報も今はネット上で簡単に手に入りますから、日本にいても情報収集はいくらでもできます。日本の閉鎖性を理解し、井の中の蛙にならない視点を是非持ってもらいたいですね。