スタートアップの経営者は実務をしてはいけない
株式会社JAM 水谷 健彦(以下、水谷)
小原さん、今日はよろしくお願いします。それでは、まず自己紹介をお願いします。
and factory株式会社 小原 崇幹(以下、小原)
はい。and factory代表の小原と申します。当社は2014年に立ち上げた会社。私自身は大学在学中から起業していて、いろんな事業を取捨選択しながらできあがった会社です。事業セグメントとしては2つあり、アプリケーション事業とIoT事業を展開しています。おかげさまで2018年9月に東証マザーズに上場させていただきました。「Great Place to Work®」という「働きがいのある会社」に贈られるアワードで、私たちは小規模の会社として2年連続受賞させていただきました。
水谷
ありがとうございます。では、私のほうも自己紹介しましょうか。私は、JAM代表の水谷と申します。経歴は、いまのリクルートキャリアから、リンクアンドモチベーションに転職。在籍時に上場の経験をしています。その後、JAMを設立しまして、いま7年目です。当社はベンチャー企業を対象にコンサルティングをしている会社で、いちばん多いのが管理職の強化・育成、あとは人事制度のコンサルティングや、会社の理念にかかわるビジョンコンサルティング、研修内製化支援などを展開しています。
では、早速本編に入っていきたいと思います。パート1で「組織の考え方」、パート2で「人材の育て方」について教えていただきたいと思います。まずは「組織の考え方」からいきましょうか。
小原
わかりました。まず、組織を急成長させ続けるためには、3つの大事な考え方があると僕は思っています。1つ目は「経営者の役割」です。私の思う経営者の役割は、「実務と距離を置いて経営戦略に集中すること。そして、その戦略が高い成長と将来の飛躍を描くこと」です。and factoryは当初、7名程度のメンバーを集めてスタート。そのときから私は実務から離れて、それぞれのメンバーに役割を明確に与えていました。その代わり、私は、経営戦略の立案に集中していたんです。
水谷
経営戦略というと具体的にはどんなことでしょう。
小原
組織の風土とか雰囲気づくりにチカラを入れていました。結果、それが急成長につながったと思っています。上層部の雰囲気って会社のブランディングに大きく影響してくると思っています。だからこそ、雰囲気づくりを通じて「私たちの会社はこういう会社」という部分を明確に指し示すことに集中していました。
水谷
なるほど。「それぞれのメンバーに明確な役割を与えていた」という点について。そもそも「この人にはこの領域を」みたいなことを想定してリクルーティングしていたんですか。
小原
そういう意図でリクルートしたメンバーもいます。でも、「その人が得意な分野をもとに事業が立ち上がった」というケースも多くあります。
水谷
なるほど。ただ、社長が「こういう会社でありたい」と思えば思うほど、現場で起きる矛盾が気になって、実務から離れられなくなったりしませんか。そういうことはなかったんでしょうか。
小原
いいえ。私は自分が「苦手なこと」「得意なこと」をはっきり認識しているんです。だから、苦手な部分に対して「違う」と思うようなことがあっても、「私より優秀なメンバーがやっていることだから、メンバーのいうことが正しいんだろう」と、むしろ納得していました。私はなんのプロでもないので、彼らに教えを受けたほうが効率的。苦手な領域を教わりながら「組織を一緒につくっていった」という感覚はあります。
水谷
「経営戦略」というと、ちょっと言葉が指し示す範囲が広いじゃないですか。もう少し具体的にいうと、どんなことなんでしょうか。
小原
いちばんは本当に「雰囲気」です。オフィスの空間づくりにこだわりました。それに、私と社員、もしくは社員同士のコミュニケーションの部分にチカラを入れていました。たとえばランダムに社員どうしで昼飯を食べに行くシャッフルランチ制を導入したり、最初のオフィスが原宿にあったんで女性社員どうしで美容院へ行く費用を補助したりとか。あとは、とにかく社員とずっとしゃべっていましたね。いまもそうですけど。
水谷
なるほど。会社が30人程度の規模のときに、文化や風土について考えていて、社員との会話にすごく時間をさいていたんですね。
小原
そうです。「経営戦略」と聞くと、もっと大きなことに聞こえるかもしれませんが。でも、小さなことのように見えて、じつは当時、つくりあげた会社の文化は、いまでもしっかり根づいている。ですから、そこに時間をかけたことは、大きな価値があったと思っています。
水谷
「経営戦略が高い成長と将来の飛躍を描くこと」も経営者の役割とおっしゃっていましたね。その点についてはどうでしょう。
小原
事業ごとに「この事業の未来に対してどういうことをやりたいか」を徹底的にメンバーと話しあっていました。たとえば、いま、当社の主力アプリになっている、人気マンガがスマートフォンで読めるアプリ。私の先輩が昔から「マンガの事業をやりたい」といっていたので、まかせるところからスタート。その先輩と、思い描く未来の姿や「上場したあとどうするか」という話をずっとしてきました。
水谷
いまのマンガアプリ事業は、その先輩がリーダーシップをとってつくっていったんですね。そこに小原さんの影響って、どのくらい入っているイメージですか。
小原
全然入っていないと思います。事業をつくるとき、携わるメンバー、一人ひとりの能力って正直そんなに変わらないと思うんですよ。じゃあ、なにが変わるかっていうと、そこに対する「熱量」。どれだけ真剣に考えられるかっていう話だと思うんです。その人間が本当にやりたいことをビジネス的にできるか検証して、できるんだったら振る。そういう「わかりやすい」経営戦略を実行してきたからこそ、結果、高い成長と将来の飛躍を描いたんだと思います。
水谷
ありがとうございます。では、組織を急成長させ続けるために大切なことの2つ目について教えてください。
全社員と1対1の深い関係を築いた
小原
2つ目は「圧倒的権限移譲」です。「やりたいこと」と「やる目的」、「どうやるのか」、つまりビジネスプラン。その3つさえ明確にある人ならば、口出しせずにまかせる。そういう圧倒的権限移譲が重要だと考えています。ただ、経営者として、「その事業にどれぐらいビジネスインパクトがあるか」や「その過程にどのくらいコストがかかるか」なんかは細かく見ています。当初のビジネスプラン通りに進んでいるときは事業に対して口出ししませんが、軌道修正するときはかかわる。そして新たなビジネスプランのもとでリスタートしたら、再びまかせるようにしてきました。
そのうえで、まかせる相手と「結果」と「報酬」であらかじめ合意形成することがなにより重要だと考えています。結果に対して受けとれる報酬を最初に明確に提示することは、「本人のやりたいこと」と「会社としてやってほしいこと」を合致させるために必要だと思っています。
水谷
それは事業責任者クラスの話ですか。
小原
いいえ。全社員に対してです。事業を社員の「自分ごと」にしないと、ビジネスが伸びない。「自分がやるからビジネスが動き始めて、結果、自分にこういうメリットがある」と。そう明確に思える仕組みがあるからこそ、「結果に対してコミットする」っていうモチベーションが生まれるんだと思います。圧倒的権限移譲すること、そして、結果と報酬で合意形成すること、これがビジネスにおいて大事だと私は思っています。
水谷
それは金銭的な報酬を具体的に提示するんでしょうか。
小原
いいえ、金銭的な報酬の話ではないんです。たとえば、マンガアプリのメンバーに対して、「いまの仕事でこれだけ成果を出したら、次のプロデューサーは君になる可能性が高くなるよね」とか。その部分の報酬の話をしています。金額の話だと、簡単に他社に上書きされてしまいますしね。それよりも、当社でしかなしえない部分の報酬を提示しています。
水谷
なるほど、お金の報酬じゃないとなると、社員とのコミュニケーションにとても時間もかかりそうですね。「雰囲気づくりにチカラを入れていた」と聞いて、「なんだかヒマそうだな」なんて思っていましたが(笑)、だんだん納得してきました。
小原
そうなんです。社員と深くコミュニケーションをはかるには時間がかかる。まずはプライベートの悩みを聞くところから、というケースも多かったです。自分と社員の間の垣根をできる限り低くすることにチカラを注いできました。一緒にご飯を食べたり、旅行に行ったり。社員の人となりがわかっていて、その人に対してコミットしている。社員のほうも、「だからこの人のためにがんばる」と。そんな納得感の醸成がすべて。なので、けっこう時間がかかりますね。
水谷
ただ、報酬の具体例としてプロデューサーへの昇進という話がありました。ぢかし、プロデューサーの人数にも限りがあるでしょう。会社都合でやってほしいこともありますよね。そこのおりあいはどうつけていたんですか。
小原
会社側の事情を正直に話しますね。「小原がいっているんだったらしょうがないな」ってなってくれる。時間をかけて個人と個人の関係をつくっているからこそだと思います。
水谷
なるほど。立ち上げ当初から社長が最前線に出ないといのは、はじめからある程度は金銭的な余裕があったということでしょうか。
小原
そうですね。会社ができた1ヵ月目からある程度、ゆとりある経営ができていて、それがいまでも続いている状態。借金を抱えてのスタートだったら私は事業をやってないと思います。
水谷
ありがとうございます。では、組織を急成長させ続けるために大切な3つ目の考え方について教えてください。
年2回、全社員の面談に社長が同席する
小原
ズバリ「人を見る目」です。これは私が勝手に思っていることなんですが、当社の社員は本当に活躍してくれている。そのあかしとして、会社が上場できたといった結果が自然と出ているんですよね。結果が出て、それを自分ごとのように喜んで、さらに新しいチャレンジをするって流れを楽しめるメンバーが多い。それが、私が自分の「人を見る目」に自信をもつ理由になっています。
ビジネスで「人を見る目」といったら、スキルを見きわめる話になると思うんですけど、それよりは「自分ごととしてビジネスを楽しめる人」を見抜く目が重要。そういう人がどれだけ集まるかっていうのがベンチャーの成功に、強い武器になる。だから、そこをいちばん気にしてみています。
水谷
価値観とかスタンスを見きわめているということですよね。その「自分ごとにできるタイプ」かどうかっていうのは、どう見きわめているんですか。
小原
「いま、なにに不満をもってウチの会社に入ろうとしているのか」。採用面接のなかで、そういうところを細かく聞いています。「いま不満に思っていることが解消できる。だからうちでがんばる」っていうのは納得できる入社理由だと思うんですね。
たとえば「自分で裁量をもってアプリをつくりたい」とか「自分が責任者として前に出たい」とか。ただ、そういう言葉が出たとしてもその後、やっぱり折れちゃう場合もある。でも、そこは環境で保てているというのはあると思います。
水谷
and factoryの場合、権限を移譲して、結果と報酬で合意形成する、っていう環境が整っていますもんね。ちょっと下火になったとしても、また火がつくような環境であると。
小原
そうです。私自身、いま100名ぐらい全社員について、半年に一回、査定評価の面談に必ず同席しています。「人数が多くなると、難しいでしょ」っていわれることもあります。でも、ウチの会社って社員と向き合って成長してきた。だからそれをやめたらデメリットのほうが大きい。必ず同席しています。
水谷
なるほど。でも小原さんと1対1じゃないんですよね、小原さんはなにを話すんですか。
小原
いま抱えている不満とか働く環境の改善点なんかは細かく聞いています。最近の例でいうと、フリードリンクコーナーがあって、そこに『午後の紅茶』を入れてほしいって話が出ましたね。でも人気のドリンクを入れるとみんな飲むから予算がかかるじゃないですか。だから、その場で「減らしたほうがいいドリンクはどれ」ってアンケートをみんなに投げかけたりして、みんなを巻き込んだんですよ。
社員の意見に対して、その場で判断してすぐにアクションを起こす。その積み重ねが、みんな会社にコミットしてくれている、っていい流れにつながっていると思っています。
水谷
会社としてアクションを起こす率はどれぐらいなんですか。
小原
できることは全部やりますし、できないことはできないっていいます。「検討しておくね」みたいなことは絶対にいいません。よく大企業病の典型例として、「検討するね」っていってなにも動かないことがあるじゃないですか。「いっても届かない、だからいうのをやめよう」ってなって当事者意識がそがれていくんです。それを防ぐ策は社員ととことんふれあう、っていうのが答えかなと思っています。おもしろいことに、みんなグチでもなんでも私に遠慮なく話してくれるんです。それは昔からつくり上げてきた会社の「雰囲気」があるからこそだと思っています。