民間向けから行政向けへの転換
INOUZTimes編集部(以下、司会)
本日は、実際に自治体参入を試みているテクマトリックスの相馬さんから、実体験にもとづく自治体マーケットのリアルを語っていただきます。そして、日本最大級の入札マーケット情報サービスを手がける、うるるの橋口さんもお招きしています。まず、相馬さんの自己紹介をお願いします。
相馬
はじめまして、テクマトリックスの相馬と申します。当社は1984年に創業し、CRMソリューション、医療ソリューションといったサービスと、IPネットワーク・インフラといった情報基盤構築の2つの事業を軸に展開しています。
私はそのなかでもコンタクトセンター向けのCRMシステム『FastHelp』と、FAQシステム『FastAnswer』の営業を担当していました。2015年からは新規事業として、官公庁・自治体向けの営業と製品企画に携わるようになりました。そのなかでも当社が自治体向けに開発したサービスが『FastHelp Ce』です。これは、市民から寄せられる質問や意見を一元管理し、データベース化するもの。もともと当社は民間のコールセンター向けシステム『Fastシリーズ』を展開していました。それを自治体向けにカスタマイズし、パッケージにして売り出した商品が、『FastHelp Ce』だったんです。
司会
ありがとうございます、ではさっそく、いろいろとお話をおうかがいできればと思います。そもそもなぜ、テクマトリックスさんは自治体マーケットに参入したのでしょうか。きっかけや経緯などを、聞かせてください。
相馬
もともと『Fastシリーズ』は99%が民間向けに導入されているサービスで、コールセンターをもつ事業会社がクライアントさんでした。そのなかで、あるクライアントさんが自治体のコールセンター業務を引き受けていた。その引受先で『Fastシリーズ』を使ってくれていたんですね。すなわち、間接的に自治体さんが当社のサービスを導入していた、という実績があったわけです。
実際に実機として使用してくれている。これはチャンスでした。テクマトリックスとして「市場があるのであれば参入してみよう」と。自治体マーケットはまったくの未開拓でしたが、参入を決めました。
司会
まさに新規事業としての取り組みだったのですね。ここで、うるるの橋口さんにおうかがいします。参入のきっかけとして、ほかにはどのような例があるのでしょうか。
橋口
いくつかあります。たとえば、取引先1社をはさんで、間接的に自治体へモノの納品やサービスの提供をしていた会社さん。取引先によくよく話を聞いてみると、じつは入札案件だったということがわかりました。そこで、「自分たちが直接対応したほうが、もっと利益確保につなげられるのではないか」と興味をもち、参入したそうです。
また、知りあいの会社が入札をやっていて「売上への貢献度が高い」という話を聞き、興味をもつケース。さらには、役所からいきなり声がかかって、「なんだろう」と思いながら話を進めていくと入札案件だった。「これはおもしろい」というきっかけから始めた。などなど、さまざまなケースがあります。
司会
ありがとうございます。テクマトリックスさんでは、現在、どのような体制で自治体入札案件に取り組んでいるのですか。
相馬
社内にテレマーケティング担当を置き、そこがアポを取ります。そして、私がセールス担当として窓口となり、全国を飛び回って、まずは訪問する、というスタンスで営業活動を行っています。
自治体マーケットの開拓には、とにもかくにも、自治体の職員さんと接点をもつこと、これがなにより大事です。小さなニーズもひろい上げて、そこから「我々になにができるか?」を考える。それを繰り返しながら向きあっていくことが重要だと考えています。
「壁があって当然」のマインドで取り組む
司会
次に、自治体マーケット参入に際して、ぶつかった壁について教えてください。
相馬
大きくわけて、ぶつかった壁は3つあります。
①提供サービスの壁
②情報収集の壁
③入札参加の壁
それぞれ順に説明していきますね。
①提供サービスの壁
最初は、『Fastシリーズ』を直接、自治体さんへ販売しようとしていたのですが、じつはそのニーズはなかったんですね。というのも、そもそもコールセンターをもっている自治体が圧倒的に少なかったんです。民間企業に委託してしまうケースがほとんどなので。これでは当社のサービスを売ることはできません。そういうことさえ、本格的に調査するまでは、わからなかった。
くわえて、自治体との接点がなかったため、1件1件、電話をしてアポを取り、全国行脚をして直接、話を聞きに行きました。「ネットだけの情報では現状は見えない」という代表的な例です。このような情報収集を1年ほどかけた結果、自治体のニーズを知ることができました。
それにあわせて、当社の既存製品を自治体職員さんが使いやすいものへとアップデート。そうしてできあがったのが『FastHelp Ce』です。自治体さんから直接お話をおうかがいし、フィードバックをもらいながら、自治体職員さんにストレスなく使ってもらえるようなサービスに仕上げていきました。それがこの製品の最大の特徴であり、強みですね。
それに、「サービスを自治体向けにどう見せるか?」にもこだわりました。「自治体○○向けサービス」のようにわかりやすく、かつインパクトがあるものがよいと思います。当社の『FastHelp Ce』では、「自治体向け広聴・市民の声サービス」というふうにしています。
②情報収集の壁について
じつは、ここが最大の壁になると思います。まず、入札情報が自治体さんごとに違う。それを収集するのが非常に大変です。
さらに、収集するべき情報の質も問題になります。入札から実際に案件化するまで2~3年ほどかかってしまうことも少なくありません。逆にいえば、2~3年がかりで提案しなければならないわけです。入札するためには予算化しなければなりませんし、予算化する前年に自治体さんの合意を得なければなりません。下準備にも時間がかかります。そうした時間をみすえたうえで、そのニーズがありそうな自治体さんを探す作業が、かなり大変です。会社としての体力も問われますね。企業側の財政事情からNGになってしまうケースもありますから。
だからこそ実際に現地までおもむき、話を聞いてみることが大きな意味を持ってくるのです。話を聞いてみて、初めてわかることがたくさんありますしね。
③入札参加の壁について
ようやくニーズのある自治体さんを見つけ出し、提案するまでにこぎつけたとしても、入札参加資格の壁があります。それぞれ自治体さんごとに異なりますし、準備書類も山のようにあります。変な話かもしれませんが、「入札のためのお作法」も自治体ごとに違ったりする。実際のところ、なかなか難しいですよね。
とはいえ、民間向けに特化してきた当社がはじめて公共入札にチャレンジするわけですから、「壁はあって当然」という意識をもっていました。だからこそ、この3つの壁を乗り越えられたのだと思います。
司会
ぐっとハードルが上がった感じがしました…。うるるの橋口さん、入札の参加資格について、解説をお願いします。
橋口
大きくは2つあります。ひとつは、国・中央省庁・一部外郭団体から出てくる入札案件に対応するための資格。そしてもうひとつは、地方自治体から出てくる入札案件に対応するための資格です。ただし、地方自治体の案件については、それぞれ入札資格がもうけられているため、数千にものぼる数の資格があります。そのため、まずは「各自治体がどんな資格を必要としているのか」をチェックすることが重要ですね。なかには、準備をしていざ入札しようという段階で、参加資格がないことに気づき、あえなく断念する、というケースも聞きます。
司会
なるほど、そうなのですね…。もうひとつ、橋口さんにお聞きします。公共入札案件に挑むための、さまざまな壁を、どのように乗り越えればいいのでしょうか。
橋口
最大の壁は、「必要な情報をキャッチできない」ということです。この壁があるために、ほかのさまざまな問題が起きてくるからです。なぜキャッチできないかといえば、入札案件の情報は、確かにネット上に公開されているものの、各役所によって公開の仕方はバラバラで統一されていないからです。結局、ひとつひとつ確認していくしか、これまでは方法がなかったのです。
この情報集めが入札案件を獲得する成功のカギをにぎっています。この段階で人手や時間のリソースがかけられず情報収集ができないと、重要な情報を見逃す危険性があります。さらには、資格取得や案件の選定、応札タイミングにも大きな影響を与えてしまうでしょう。
適切な情報を収集するためには、常時、自治体情報をウォッチしておくか、もしくは案件情報がまとまっているサービスを使うのがよいと思います。ただ前者の場合だとかなり手間がかかる場合もあります。民間企業が提供している、まとまった入札案件情報サービスを活用するのが、もっとも効率がよいと思います。そうしたサービスのひとつが、当社が運営している『NJSS』。国内最大級の情報量を誇っていますので、もしよかったら、のぞいてみてください。
ひとつ目の事例をまずつくれ
司会
では最後のテーマについて、テクマトリックスさんにお聞きします。さまざまな壁を乗り越えて、実際に生まれた自治体さんとの案件。どのようなものだったのでしょうか。
相馬
ある自治体さんが、当社FAQシステム『FastAnswer』と、広聴システム『FastHelp』のクラウドサービスの導入にいたりました。案件化のきっかけは、たまたまその自治体さんから資料請求があったので、訪問をしたことからでした。ちょうどFAQページの作成や広聴サービスを探されていたそうです。先方にニーズがあったこともあり、比較的すんなりと話が進みました。
サービスを提供したことで、市民の方へはより適切な情報提供ができるようになり、また自治体側には市民の声などからの分析結果を活用することでの適切な施策づくりができるようになった事例です。
司会
相馬さん、ありがとうございました。うるるの橋口さん、こういった導入事例って、自治体マーケットを開拓するうえで有効活用することができるのでしょうか。
橋口
はい、もちろん有効活用できます。役所は、そもそも我々が生きている実ビジネスの世界から約10年遅れているといわれています。メールで役所とやり取りできるようになったのは、ここ数年の話ですからね。それがなにを意味するか。つまり、「我々の世界で普及しているモノやサービスを行政に知らせてあげなくてはならない」ということ。
そういう意味での事例をあげると、ここ近年で行政へ積極的にアプローチをかけている方たちがいます。それは、ドローンやアプリ、VR、3D、CGといったテクノロジーを活用したサービスを提供している企業です。導入事例ができれば、今後、役所側から声をかけてもらうケースが格段に増えます。「どこそこの役所では導入してもらいました」という話をすれば、「あの役所が導入したのであればウチでも検討しなきゃ…」と対抗意識を燃やす担当者も実際います。もしくは「出遅れてはいけない!」といって危機管理の面から検討してくれる場合も多々あります。
これは、入札案件においても同じことがいえます。自治体マーケットの開拓においては、まずひとつ目の事例をつくることがとても重要です。いつ、どんなカタチで案件が出てくるかはわからないですが、見方を変えれば、まだまだ自治体には、さまざまなサービスが入れる余地があるともいえます。昨今では、中小・ベンチャー企業でも入札参加できる案件が徐々に増えてきています。
22兆円という巨大入札市場で、自治体との取引ができれば、それは会社の信用度の向上にも直結します。今回を機に、「ちょっと自治体マーケットに触れてみようかな」と思う企業さまが増えるとうれしいですね。
司会
相馬さん、橋口さん、本日は貴重なお話をありがとうございました!
司会者後記
さまざまなITツールを提供し、売上高254億1,844万円(2019年3月期:連結)、従業員数1,086名の東証一部上場企業であるテクマトリックス。そんな強い企業基盤をもっている会社であっても、自治体入札案件の「ひとつ目の受注事例」をつくるのに、大変な苦労をしたことを知りました。とくに、自社の商品・サービスへのニーズをもつ自治体がどこにいるのかを知ることが、大きな壁として立ちはだかったという話は、大変興味深かったです。新規参入をめざすなら、『NJSS』のような情報収集ツールを活用し、あらかじめ壁を乗り越える手立てを講じておくべきであることが、改めて認識できました。