“イタい”言葉になってしまった「働き方改革」
Chatwork株式会社 田口光氏(以下、田口)
本日モデレーターを務めさせていただく田口と申します。簡単に自己紹介をさせていただきますと、チャットワークというビジネスチャットの開発・販売をしている会社で、働き方経営研究所を運営しています。よろしくお願いします。
ソフトバンク株式会社 長崎健一氏(以下、長崎)
ソフトバンクで人事を担当している長崎と申します。日本テレコムに約12年間在籍し、その後、ソフトバンクによる買収により、いまにいたります。人事の仕事には約20年間、従事しています。本日は、よろしくお願いします。
日本マイクロソフト株式会社 澤円氏(以下、澤)
日本マイクロソフトの澤と申します。1997年にマイクロソフトに入社しています。その前は国内企業にいました。長髪でカジュアルな格好なので、よく間違われるのですが、ミュージシャンや美容師ではありません。一応、サラリーマンをしています(笑)。なおかつ、法人営業を担っています。いかに働き方に自由度が求められるのかを体現するために、このような身なりをしています。お付き合いお願いいたします。
田口
さて、「働き方改革」という言葉がここ3年くらいの間に浮上してきたわけですが、このごろは「イタい」言葉になっているように感じます。その理由は、「実際にどうしたらいいのか」とか「なんのために改革が必要なのか」ということが取り沙汰されないにもかかわらず、「働き方改革」という言葉だけがお題目のように出てくるからだと思うんです。
今日はおふたかたにお話しいただく前に、私から「企業が『働き方改革』を導入するうえで失敗する共通事項」というのを紹介しておきたいと思います。私がこの1年間程度で遭遇した、定性的な失敗事項というものを、仮説ベースではありますが紹介していきます。
田口
「働き方改革」の導入で失敗するケースを分析してみると、
① 他社施策のコピー
② 制度導入自体が目的化
③ 極端な二者択一
という3つの要因が浮上してきます。
①「他社施策のコピー」というのは、自社での「働き方改革」を検討する際、「隣の会社が『グローバル化』と言い出したぞ」「それではうちは『ダイバーシティ』を開始しよう」というように、その施策が「本当に自社に必要なのか」を吟味しないで流行に飛びついているケースです。
組織規模だけ注目した場合でも、50人・100人の従業員を抱える会社でやれることと、1,000人・1万人の従業員を抱える会社でやれることは、少なくともプロセスは異なるはずですよね。でも、他社で聞いてきた施策をそっくりマネしようとして、「やっぱり上手くいかなかった」という話を聞くことがあります。他社の施策をコピーしようとすると、自社の今後の経営戦略や事業戦略、会社や社員の価値観などを考慮せず、自社に落とし込んだ働き方を描くのがおろそかになってしまいます。
澤
おっしゃる通りですね。私は昨年1年間で、お客さんを相手に266回のプレゼンテーションをしました。そのうちの150回程度が「働き方改革」をテーマとしたものでした。そのなかで、よく言われたのが、「他社がやっているから」とか「上から言われたから」ということでした。そのとき、こちらから返す言葉は、「2つの選択肢がありますよ」ということです。
1つは、「とりあえずやったことにして、プレスリリースを打ったりホームページにアピール記事を書いたり、社長がどこかの記者会見でカッコいいことをいったりする状態にしたいのか」。もう1つは「本気でやりたいのか」。「どっちですか」と問います。
ちなみに、「前者であっても、けっこういいやり方がありますよ」と伝えます。たとえば、ためしに1つの部門にITソフトを入れて半年くらい運用し、お母さん社員は家にいて仕事をしてもらって。すると、なかなかいい記事になるんです。本気でやるという選択肢ももちろんありますが、それは死ぬほど大変です。その選択を、まずは検討してもらいます。
新制度を導入することが目的ではない
田口
なるほど。他社の施策をコピーするくらいなら、体裁だけ整えるのも手ですね。②の「制度導入自体が目的化」というのも、よく聞かれるところだと思います。せっかく新たな制度を導入したものの、「この制度はなんのために導入したんだっけ」というように、将来設計が上手くできていないケースです。
本来であれば5年後・10年後を見すえ、「今後この事業を推進していくためには、会計上のこの科目を○項目ほど改善したい。そのために、ヒューマンパフォーマンスを変えよう。だから、『働き方改革』で新たにこの制度を導入しよう」というような流れを踏むはずです。それなのになぜか、「リモートワークをする!」というように、施策を切り取って取り組むケースが見受けられます。
施策の部分切り取りは大変危険です。本来であれば、会社がもっているミッションやビジョンを計画的に成しとげるための事業計画があります。そして、そこに必要な人材として「誰をバスに乗せるのか」「どんな行動と結果がほしいのか」を試行錯誤しながらつくっていくわけです。当然、「育成」という部分でなにか改革したとすれば、報酬マネジメントも変わってくるはずだし、異動や昇降格、採用の基準も変わってくる可能性がある。全部いじらなきゃいけないのに、一部分だけ取ってつけただけの施策をくわえてしまうと、全体のバランスを崩してしまう恐れだってあるのです。
そして最後に、③「極端な二者択一」です。「全部やるのか・やらないのか」「全員やるのか・やらないのか」というように、新たな制度を導入する際に極端な二者択一をしてしまっているケースが見受けられます。ここで申し上げたいのは、社員の納得が得られていないとうことです。トップや一部の現場だけが盛り上がってしまった結果、「なんのためにこれをやるんだっけ」「これをやって本当に会社がよくなるんだっけ」という疑問が生まれてきます。自分の足元が見えなくなると、「変えること」そのものが目的化してしまったり、変えないインセンティブが出てきてしまったりします。
とある研究では、「何かを変えようとするときに、いちばん抵抗するのは部課長のポジションに位置する人間だ」という結果が出ています。彼らは慣れ親しんだオペレーション・人間関係を回すことで生き残ってきた人材なので、それをなくすことが怖いんです。新卒以降、何十年も続いてきた時間を、そう簡単には手ばなせないんですよね。そういうのが組織の抵抗になってしまって、「全部をリモートワークに」「オフィスを全部なくそう」「変えるのか変えないのか」というヘンな議論になってしまうんです。「支社をなくして社内の隔たりをなくしたものの、その1年後に全部の支社を復活させた」という会社もありました。このあたりが、定性的によく聞こえてくる「うまくいかない条件」ですね。
これらに共通するのかしないのか、もしくは全く違う観点で、どうやっておふたかたの会社では「働き方改革」と呼ばれるものを成しとげてきたのかをお話しいただきたいです。お題目は3つありまして、1つは「誰もわからない『具体的な打ち手』」、1つは「経験のない『運用方法』」、1つは「初めてだからこそわからない『本来の結果』」。では、1つ目の「具体的な打ち手」についてソフトバンクの事例をご紹介ください。
フレックス導入をめぐって紛糾した役員会議
長崎
ソフトバンクが独自の「働き方改革」に取り組み始めたのは、ちょうど昨年の4月です。その3ヵ月前くらいから、世の中には「働き方改革」がかなり浸透してきていました。そして、「どこの会社が、こんな新たな施策を打ち出した」という情報も頻繁に流れてきました。先ほど田口さんがおっしゃっていましたが、ソフトバンク内でも「ウチはどうするんだ?」という話になったんです。
一方で、ソフトバンクそのものの事業構造が変わるタイミングでもありました。通信事業、スマートフォン事業が伸び、おかげさまでこの10年間、ものすごい成長をさせていただいてきました。しかし、スマートフォンそのものがだんだん成熟市場になってきたところだったんです。ですから、新しいビジネスをつくる必要がありました。
長崎
AI、IoTやロボットなど、タネはいっぱいあったので、戦略ははっきりしていました。ですから5年・10年の間には、「いまの社員約1万7,000人の半分の人数で通信事業を運営し、残り半分の社員は新しい事業に取り組む」ということをトップが明確に宣言していました。そうなると、新しい事業をになう人たちの働き方や成長の仕方はいまとはだいぶ異なるので、変えていかなければなりませんでした。そのように、ソフトバンクの経営上の要請と「働き方改革」とが、いいタイミングでマッチしていたんです。
私たちは、「Smart & Fun!」というスローガンを掲げ、ITを使ってスマートに楽しく働くという目標を打ち出しました。ITにより仕事を効率化させ、浮いた時間を新しい取り組みや自己成長に使うことが目的でした。そこで実際、「Smart & Fun!支援金」といって月1万円を1万7,000人の全社員に出しています。ベースアップで基本給を上げるのではなく、あえて「支援金」として明細に1万円を明記しました。そこに、「これを成長に使ってくれ」というメッセージを込めたんです。
そういうわかりやすいものと同時に、勤務時間の制度変更や在宅勤務への取り組みなども開始しました。紛糾したのは、それらの勤務時間の話です。当時世間ではやっていたのが、「20時に消灯すれば、働き方は改善できる」というものでした。いろんな会社でやり出したので、「ウチもそうしよう」と提案する声もありました。しかし、「ソフトバンクとしては、それをやっちゃいかん」と思ったわけです。ソフトバンクは、「やるときはやりきる」という会社でありたかった。「いま、やらなくてどうするんだ」というときは必ずあるんです。それを時間により区切ってしまって「組織がユルくなる」のは避けたいと思いました。
結果として人事は、「コアタイムなしのスーパーフレックス」を提案しました。要は、「メリハリをつけて、いちばん効率的に時間を使って働けるようにしようよ」というものでした。すごくいいアイデアだと思ったのですが、「そんなことやって、みんなが勝手に昼に来たり帰っちゃったりしたらどうするんだ。仕事が回らなくなるぞ」という声が役員からあがりました。「そんなことはないはずだ」といっても、なかなか意見が一致しないんです。
結局、経営会議を3週連続で実施し、最後の最後で「もしダメだったら戻す」という前提で、開始することになりました。実際にはうまくいったわけですが、最初はやはり、リスクを重く考えてしまうものです。「ダメなら戻せる」という気持ちでスタートできたので、そこが大きかったかなと思いますね。
田口
新たな取り組みを実際に進めるとなったら、“ナゾの呪縛”が出てきたということなんですね。ただし、「ダメならやめればいいじゃないか」という逃げ道をつくることで、挑戦に成功した事例ですね。
長崎
そうなんです。退職金や年金についての仕組みは、1回変えたらそうそう変えられないと思いますが、勤務時間や働き方の仕組みはいつでも変えることができます。「まずはお試しで」と取り組めますよね。
大震災をきっかけに固定観念から脱却できた
田口
「1回変更してしまったらダメなんじゃないか」という固定観念ってありますよね。マイクロソフトでは、昔からの固定観念ってあるんですか。
澤
そうですね、日本法人限定で、あります。正確には「ありました」。
マイクロソフトという会社は全世界に12万人程度の正社員がいて、10万人程度の派遣社員やパートナーがいて。だいたい20万人超が約120ヵ国で事業を推進しています。それをアメリカのレドモンドの本社でマネジメントするというやり方です。世界でそれだけ展開しているので、いろんなライフスタイル・働くことへの価値観が入り乱れている状態なんです。
その入り乱れているものを、マイクロソフトは全世界共通のルールでオペレーションすることを徹底している。たとえば僕の役職である「マイクロソフトテクノロジーセンターのダイレクター」を務める人は全世界に30人以上存在し、まったく同じ仕事内容で定義されています。言語の問題を別にしたら、シャッフルしてもいい状態なんです。そういうルールでオペレーションが全部統一されています。
澤
ただ、マイクロソフト日本法人は90%以上が日本人。日本でずっと働いている人が圧倒的多数です。すると、日本流の働き方というのを骨の髄まで叩き込まれている人がすごく多い。当然のように通勤をして出社して、本当に冗談に聞こえるかもしれませんが「上司の前でなるべく長く働く」ということに注力する人もいるんです。かつ、それを評価するマネージャーもいます。正確には、「いた」という過去形になりますが。
日本独自のやり方で業務を回していた結果、日本法人の売上が超絶に悪化しました。「なにもかも会議で決める」とか「課長がイエスといったあとに部長がイエスといってから始める」とか、昔ながらの日本流の進め方をしていたのでスピードが遅かったからです。さらに、世界共通の同じルールで事業を推進しているはずなのに、日本人はていねいに仕事をやろうとするので、ほかの国だったら1週間で結果が出ることが、日本では1ヵ月かかったりすることもありました。その結果、売上がどんどん下がっていったわけです。
売上が悪くなるということは「目標値に達しない」ということ。そうなると、だんだんニラまれるようになります。「日本法人をツブすぞ」くらいのことを言われているときに日本で起きたのが、東日本大震災でした。交通機関はマヒし、出社することが困難になりました。
そんなとき、日本法人の社長が「在宅勤務を奨励します」というメールを社員に出したんです。やり方はどこにも書いていませんでした。すると、ほぼ100%の社員が在宅勤務もしくは避難場所での仕事に取り組みました。その結果、会社に行かなくても同じだけの仕事ができて同じだけのパフォーマンスが確保できることを実感したんです。行けるところであればお客さん先にも営業に行き、上司とはチャットでやり取りをして…というふうに業務を回していくと、「仕事に行く」というのは別に仕事場に出向くことではないんだと体感できました。
この体験を経た後は、各々が自ずと自由な働き方を選びました。通勤という呪縛から解かれてどこでも仕事ができるようになると、通勤時間を削ってお客さん訪問を1件増やしたほうが、当然、売上は上がります。固定観念は完全に消えました。会社に通勤して出社することを除外した結果、社員は「ビジネスに100%の時間をかけることができる」ということを体感することになりました。
田口
なるほど。強制的に「そうせざるを得ない」という状況に追いやられたことで、そもそも固定観念があったことに気づいたんですね。
澤
そうです。グローバルで見ているのはKPIだけで、働き方にかんしては、誰も日本法人に対して禁止も制約もしていなかったんです。ほかの国の人たちは、「なんで通勤しているの?」「なんであんな混んでいる電車にみんな乗るの?」と不思議がって見ていただけ。「これが日本なんだ」というふうに、受け入れられていただけでした。震災での気づきがなかったら、日本法人が解体されて、僕はここにいなかったと思いますよ。それくらい、固定観念の呪縛は大きいものだと痛感しました。
とくに日本の場合、統一された価値観や同一性への順応力は世界的にみても格段に高いんです。日本語という同じ言語で会話できるから価値観を共有しやすい。「チームワーク」「チームプレー」という観点で考えれば、いいところがたくさんあります。でも、日本人だけでチームを組むのではなく、グローバルで仕事を進めていくならば、変化していく必要があります。
田口
固定観念は、改革推進をはばむ、意外に大きなネックかもしれませんね。