実体験から得た改革の方法論
千葉商科大学 常見陽平(以下、常見)
みなさん、こんにちは。まずはモデレーターを務めさせていただく私の自己紹介をさせていただきます。常見陽平と申します。千葉商科大学という、千葉県で最も古い私学であり、最近は首都圏で3番目に受験者数の伸び率が高い大学で講師をしています。リクルートやバンダイといった非常に忙しい会社で働いたあと、ベンチャー企業勤務やフリーランス活動、大学院に入り直すなどの経歴を経ていまにいたります。現在は、「働き方改革」についての批判的な論考も含めて、執筆・講演・研究活動を行っています。最近では、参議院の経済産業委員会に出席したり、自民党総裁選に出馬した石破茂氏へのインタビューを行ったりもしました。
あらゆる活動において共通して話題になるのは「労働者がこんなに働いても成果が出ない国をどうするか」というところが話題になる点です。日本がより強い産業をつくっていくためには、儲かる次世代産業をつくることと、効率化するべきところは効率化させる必要があります。そのためにはITなどのテクノロジーを活用することが大事であるはずなのに、「気合いと根性だけでなんとかしたい」というのがいまの大勢です。今日は、そのあたりの話をおふたりにうかがっていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
ヒューマンキャピタルテクノロジー 渡邊大介(以下、渡邊)
みなさん、こんにちは。ヒューマンキャピタルテクノロジーという会社で働く渡邊大介と申します。もともと私は「インターネットの総合商社」と言われるサイバーエージェントに2006年に入社。以来、約12年の間、広告部門やメディアの新規事業を担当しました。そして人事部門を経た後、リクルートと一緒にジョイントベンチャーを立ち上げました。
私自身が入社した当時のサイバーエージェントは、まだまだ未熟な会社で、まぎれもなく労働集約型の組織でした。しかし、12年がたったいまは、生産性について、かなり改善されてきたところがあります。本日はその実体験や、そこで得たノウハウをお話ししたいと思っています。よろしくお願いします。
INTLOOP 林博文(以下、林)
みなさん、こんにちは。INTLOOPの林と申します。みなさんは、当社の社名を聞いたことはほとんどないと思いますので、軽くご紹介させてください。INTLOOPは、2005年に設立した会社です。「イントロダクションのループ」という意味で名づけた社名で、「よい仕事をしていれば紹介の輪が広がっていき、Win-Winの関係で仕事が回っていくんじゃないか」という由来があります。もともと私はコンサルティング会社に勤めていて、いまも同じようにITを活用した業務改革など、コンサルティング業を軸にして活動しています。
最近は新聞紙上でも「フリーランス」という言葉が登場してくるようになりましたが、私たちが起業した当時から、ちょろちょろとフリーランスのコンサルタントやエンジニアが増えていました。「将来的にそういう方々を組織化していくとニーズが出てくるんじゃないか」と思い、立ち上げたわけです。私は「働き方改革」に対してはスペシャリストではないのですが、これまで20年ほどコンサルティング業に携わってきたなかで、おもな仕事内容というのは、「生産性を向上させるためのIT導入や業務改革」についてです。本日は、その体験からお話しさせていただければと思っております。よろしくお願いします。
採用氷河期に突入してしまった日本企業
常見
では早速、本題に入っていきたいと思います。「企業を取り巻く現状」ということで、いくつかの資料を見ながら確認していきましょう。今日は経営トップ層の方から人事やIT部門の責任者の方が、たくさんいらっしゃっているということなので、“釈迦に説法”かもしれませんが、改めて事実を整理していきたいと思います。
まず、人手不足という事実がある。今日は、「採用氷河期」という言葉を覚えて帰ってください。これは、単に「売り手市場で人が足りない」ということだけではなく、若い人を中心として右肩下がりで人が減っていっているということを意味しています。いま、大学業界を「2018年問題」という問題が直撃しています。これは2018~2023年にかけて18歳人口が急激に減っていきます。日本では現在、新たに生まれる子どもの数が100万人を切り、生産年齢人口は年々減少しています。そんななか、企業に人材採用意欲を問うと、98.4%の会社が「ある」と答えています。一方で、人材不足を感じる企業は86%という状態です。みなさんも、強く同意するところがあると思います。
「働き方改革」について、ホンネでは違和感をもっている方がたくさんいらっしゃると思います。私たちは「労働時間を減らせ」「働きやすい環境をつくれ」ということと、「業績パフォーマンスを落とさない」ということを両立させるという、非常に矛盾した課題に立ち向かわなきゃいけないんです。
なぜ、そんなことをしなければならないのかというと、「これから労働環境をよくしないと人がとれないぞ」というのがひとつの答えです。「『働き方改革』を率先して進めている会社」について記事を目にした方はわかると思いますが、ヤフーをはじめとしたIT企業が多い。その裏の意味でいうと、「エンジニアをとりづらい時代だ」ということなんです。よりよい環境をつくらなければエンジニアをとれないから、改革を推進しているんです。
昨日、上場をめざしているベンチャー企業を訪問してきました。そこは16歳の人も働いているんですよ。高校を中退したり高校に行かなかったりした人も働いているんです。その会社は、従業員の最低月給を30万円と決めていて、「30万円を支払う価値のない人は雇わない」という方針なんだそうです。
また、とある札幌のベンチャー企業では、新卒社員に30万円以上出しています。札幌は東京に比べて最低賃金が100円以上安い(※注:時給比較)。でも、人を採用するには東京以上の待遇にしないといけないという流れが出てきたわけです。このように、企業が「働き方改革」になぜ取り組むかというと、「採用するため」という目的があるんです。これは、「労働市場が健全になった」とも言えます。労働環境が悪くても「人が辞めない」とか「人が採用できた」といういままでの状況が異常だったんです。
個人の生産性向上≠会社の労働生産性向上
常見
少し補足して説明しましょう。「日本の労働生産性が低い」と近年、いわれていますよね。でも、「労働生産性」という言葉を、もっと深く理解すべきだと思うんです。経済産業委員会で私は発言しました。「政府でさえも『労働生産性』という言葉を誤用しています」と。労働生産性を上げるためには、個人のパフォーマンスを高めるだけではうまくいきません。「同じ付加価値を、どれだけ少ない人数で生み出せたか」というのがモノをいうんです。
経済協力開発機構(OECD)加盟35ヵ国の中で「一人当たりの労働生産性」がいちばん高い国は、長いことルクセンブルクという国でした。ルクセンブルクは、重工業がさかんなことにくわえ、国際金融センターがあり、国境をわたって多くの外国人労働者がやってくる国です。外からの労働者をカウントせずに、ルクセンブルク自体の人口を数えると60万人。船橋市や八王子市くらいの人口です。だから、「都市国家だから生産性は高い」という面はあると思います。でも大事なのは、もうかる産業、付加価値の高い産業があるということです。
ですから、「生産性を上げたいから、もっとがんばって働け」だけじゃダメです。それでは全然効果がありません。結局のところ、もうかる事業なのかどうかというところと、設備投資なども含めて効率化できるかということが大切なんです。
そもそも「働き方改革」について「モヤモヤしたものだ」と思っている方も多いのではないでしょうか。最近、ふだんはファッションについての情報を掲載しているようなオシャレな雑誌が、「働き方改革」特集を組んでいました。そういうところで展開される「働き方改革」って、「こんなおもしろい人事制度を導入したぞ」とか「こんなおもしろいオフィスにしたぞ」とか、どうしても曲芸会っぽくなっちゃいます。でも、本質的なことは、「生み出す付加価値を上げる」ということです。ITの支援などを通して効率化させることが大事なのです。
「残業を減らす競争」に疲弊する管理職
常見
「働き方改革」のよくあるカタチとして、「残業を減らす」という方法があります。実際に、残業を減らす施策を実施している企業は93%もあるという調査結果があります。でも、そのうち「うまくいっている」と答えた企業は53%でした。「残業を減らしたい」という思いと「売上を上げたい」という思いの板挟みになり、管理職のみなさんは疲弊しているのが現状です。この大いなる矛盾を、私たちは背負っているということなんです。
みなさんは、イキイキと働く職場をつくりたいはずです。「残業を減らす競争」で疲弊するのではなく、イキイキ働く職場をめざしているわけですよね。その意味で、今日のスピーカーのおふたりに、刺激的なお話をしていただけると思います。事前に用意されたテーマを見ると、「従業員個人の生産性を上げるには、『キレイごと』を徹底的に運用する」という渡邊さん。「組織のパフォーマンスを最大化させるのには、『働きたくないなら働かなくてもいい』ようにすること」という林さん。おもしろいテーマがそろいました。後編で詳しくお聞きしていきます。