本当に辛い時代
リーマンショックによる業績悪化を乗り切るための厳しい施策によって、多くの社員が退職しました(PART1「“社員は家族”じゃない」:参照)。
業績も厳しい状態が続きました。景気が悪くなると企業が真っ先に削るのは広告宣伝費や教育研修費、それにコンサルティングフィーです。そのため弊社も多くの企業から予算カットを受けました。
利益で言うと、なんとか黒字決算になったものの85%の減益です。今思い返すと、本当に辛い時代だったなと思います。その時、様々な撤退・規模縮小の経営判断をしました。
成長を前提にしていたものですから、成長が止まった瞬間に過剰施設の問題が浮上しました。当時は社員一人あたりの面積が研修センターも含めて12坪もありました。異常ですよね(笑)。すぐに研修センターや東京支社を閉鎖し、賞与もゼロにしました。そうした厳しいことを一気に進めたのです。
人生の投資に値する“会社の魅力”
会社が厳しい局面になると、あっさりと辞めていく社員のことを「同志だ」「家族だ」と思っていたら精神が持ちません。しかし「社員は投資家である」と考えれば「来月も、来年も自分の人生を投資し続けようという魅力が今の会社には足りなかったんだな」と思えてきます。
そう考えるようになってからは、“恨み辛みのベクトル”が辞めていく社員に向くことなく、「こいつは、投資先を変えるんだな」と自然に受け入れられるようになりました。
「社員は投資家だ」と考えれば、辞めていく社員が次の会社という“新しい投資先”で成功することを応援してあげたいし、「優秀な社員から投資を続けてもらえる会社になるための魅力創りをしていかなければいけない」と考えられるようになります。
リーマンショックを通じたあらゆる経験のおかげで、次のようなことにも気付かされました。それは「社員が10の痛みを伴うものであれば、一気に10やろう」「逆に社員に10の喜びを与えるものは、一つずつ10回に分けてやろう」ということです。
社員に苦しみを与える判断は、1だろうが5だろうが、あるいは10だろうと、社員からしたら嫌なんですね。厳しい判断を10しなければならない場合、10をコマ切れにして1回ずつ実行すると社員は10回苦しむことになります。しかし、10の厳しい判断を一気に実行すると、1回の苦しみで済みます。
ですから、業績が苦しくなった場合などに、しなければならないマイナスの判断は一気にやってしまう。早期回復するには、そうした大胆さも必要です。
逆に喜びについても、同じことが言えます。社員が喜ぶことを一気に10した場合、社員が喜ぶ機会を得るのは1回だけ。しかし、10の喜びを1回ずつ実行すれば、社員は10回喜んでくれます。
「人は“勘定”ではなく“感情”で判断する」
リ-マンショックで業績が苦しい時期でも「社員とのコミュニケーション」には投資をし続けました。3ヵ月ごとに全社員を集める社員総会は、どんなに費用がかかっても、一度も止めることなく続けました。
その理由は、弊社の基幹技術である「モチベーションエンジニアリング」の考え方に関係します。モチベーションエンジニアリングとは何か。ここでは前提となっている「人間観」と「組織観」についてお話しましょう。
まず人間観。モチベーションエンジニアリングでは人間は「完全合理的な経済人」ではなく「限定合理的な感情人」と捉えます。
具体的には、人間とは合理的に考える存在ではなく限定合理的、つまりある程度は合理的に考えたり振る舞ったりするものの、最終的には「気持ちや感情」で物事を決定する存在であると考えています。
2002年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学の第一人者であるダニエル・カーネマンが日本で出版した書籍の帯には「人は勘定ではなく、感情で判断する」という惹句がありました。うまいことを言いますね(笑)。まったく同感です。
「感情報酬の原資」は無限
社員に頑張ってもらうためには勘定、つまり給与やインセンティブといった「金銭報酬」は支払う“べき”ものです。しかし、それだけでは人間は満足しません。人間は“感情人”だからです。
「自分は認められたな」という“承認欲求”。 「役立っているな」という“貢献欲求”、「自分は成長しているな」という“成長欲求”。さらには「良好な人間関係の中で上手くやれているな」という“親和欲求”。そうした感情を満たしてあげることも社員に対する報酬になるんです。この報酬を「金銭報酬」と対峙するカタチで「感情報酬」と呼びます。
金銭報酬は大前提として、これからの時代は、どれだけ多くの感情報酬を社員に提供できるか。そこが企業成長の鍵となっていくでしょう。感情報酬の原資は金銭報酬とは異なり、経営者がその気になれば組織の内部でいくらでも創り出せます。そこが金銭報酬と感情報酬の大きな違いです。
次に「組織観」について。複数の人間が集まると組織ができますね。その組織とは「要素還元できない“協働システム”」なのです。
問題は人と人の「間」に生じる
たとえば、A、B、C、D、Eから構成される5人の組織をどう考えるか。普通は「5人のチームだね」という数え方をします(参照:下図の左)。
しかし、協働システムの考え方では、足し算ではなく、組織とはそれぞれが互いに連携関係・協力関係を取り結んでいる“クモの巣”状の集合体だと捉えます(参照:下図の右)。
ここで着目すべきことはA、B、C、D、Eという個々の要素ではなく、その関係性です。それぞれを結んでいる線が関係性であり、5人の組織の場合、5×4÷2で10本の関係性の線が存在します。
5人の組織を足し算で「5人である」と認識するのと「10本の関係性がある」と認識するのとでは何がどう違うのか。人が増えた時のことを考えるとわかりやすいでしょう。
5人の職場に仕事が増えて人数が10人になったとします。足し算の数え方では5人が10人になるので「組織が2倍になった」という認識です。しかし、関係性に着目する協働システムの考え方では関係性は10×9÷2で45本、10本から45本へ4.5倍になります。専門的にいえば、複雑性が4.5倍増大した組織になったと認識するのです。
たとえば意思疎通。「組織が2倍になった」という考え方なら、単純に会議の時間や回数を倍にすれば問題が解消しそうに思えますよね。しかし、「関係性が4.5倍に増大した」と考えると、意思疎通も4.5倍難しくなることを意味します。会議を増やすだけでは解決せず、意思疎通のあり方を根本から見直すことが必要です。
しかし、こうした“組織のPDCA”をおざなりにする経営者は意外と多いように感じます(「あなたの会社は『昆虫型』? それとも『脊椎動物型』?」:参照)。
組織の問題とは、この複雑な関係性の中に生じます。何か問題が起きたときに「あいつが悪い」「こいつが悪い」という話になるのが多いですが、個々に問題を還元するのでは抜本的な問題解決に至りません。
企業経営の“究極の目標”
トップと役員、ミドルと現場、古参の幹部と実績のある中途社員。会社組織ではいろいろと問題が生じるものです。その問題の原因を関係性のどこの“間”にあるのかをいち早く発見して、その間を繋ぎ合わせる。私たちはそのような姿勢で組織と向き合い、問題の早期発見と解決を行ってきました。
企業組織として目指すべき姿は「One for All,All for One」であると私は思います。1人1人の従業員が組織全体のために機能し、組織全体も個人の欲求充足に寄与する。この“for All”と“for One”を高いレベルで同時実現していくことが、企業経営の究極のテーマだと考えています。
こうしたメッセージについて多く経営者から共感してもらうことが私の目標であり、社会に発信したいメッセージなのです。
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