「バカなことはやめろ」
―宇野さんは総合人材サービスのインテリジェンスを起業したのちに父親が創業したUSENを事業承継。さらに私財を投じてU -NEXTをUSENから会社分割して設立しました。旺盛な事業欲の源泉はなんですか。
私の原動力であり、大きな支えになってくれたのは“仲間”です。
起業を意識したのは高校生のとき。その頃に松下幸之助さんや盛田昭夫さん、本田宗一郎さんなどの立派な経営者の伝記ばかり読んでいて「自分もこんなふうになりたい」という憧れをもちました。と同時に「でも、自分はこんなカリスマ性や能力はないだろうな」。冷静に自分を見つめていました。そんなとき、ふと「自分が“カリスマ”である必要はないんじゃないかな」と思ったんです。
―宇野さんのお父様は一代で大阪有線放送社(現・USEN)を築き上げた、業界では有名な立志伝中の起業家で、大変なカリスマ性をもっていたと聞いています。そうしたカリスマ起業家が身近にいたのに「起業家には特別な才覚はなくてもいいんだ」と確信したのですね。なぜですか。
仲間と一緒に「チームで松下幸之助になればいいんだ」「何人かのキャラクターや能力が集まれば、そういうことができるんじゃないか」ということに気づいたからです。
そこからチームづくりや仲間づくりが自分にとって大事なことになっていきました。
―宇野さんの仲間探しの基準を聞かせてください。
価値観があうこと、志が高いこと。このふたつです。インテリジェンスを起業したとき、世はバブルの頃。あらゆる人がマネーゲームに狂い「もっといい車に乗りたい」「もっとお金がほしい」と欲望をむき出しにしていた時代です。でも、インテリジェンスの創業仲間たちはそうではなかった。結果的に成功すればいいなとは思っていましたが、それが目的ではなく、あくまでも「世の中に新しい価値をつくること」が起業の目的で、その価値観、志を完全に共有していました。
だからみんな本当に会社を大事に考えていたし、会社が好きだった。私を含め当時の創業メンバーたちはいま、それぞれの領域で活躍中ですが、すごい人数のOB・OGたちも、いまだにインテリジェンスのことを愛しているし、そこにいたことを誇りに感じています。
―「仲間がいれば大きなことを成し遂げられる」との想いは、U-NEXTを立ち上げる際も同じだったんですか。
ええ、そうです。USENを辞めてU-NEXTについてきてくれた社員は300人。みんな私の同志、仲間です。事業を守ることと仲間を守ることは、私にとって同じくらい大事なんです。
―U-NEXTのルーツはUSENの月額課金型映像配信サービス事業や光ファイバー販売事業など。宇野さんがUSEN社長時代に陣頭指揮で始めた新規事業です。しかし、リーマン・ショックの余波などでUSENの財務が悪化すると赤字部門だったこの事業は整理対象となりましたね。そこから宇野さんが個人で事業部門を買い取りUSENから分離し、新会社として設立したのがU-NEXTです。赤字部門を引き継いだベンチャー企業が、いきなり300人もの社員を抱えるのは、ふつうに考えると無謀ですよね。なぜスモールサイズでスタートしなかったんですか。
どうしてなんでしょうね(笑)。私の周囲の友人や知人からも「バカなことはやめろ」と待ったをかけられ、「最初は少人数でやればいいじゃないか」と諭されました。ただ、心配や不安はゼロではなかったんですが、それ以上に「仲間が集まれば一気に自分たちが掲げる目標に到達できるんじゃないか」。そんな確信があったんです。
それに、ヘンな話、ついてきてくれた300人は「宇野を信じてやってみよう」と思ってくれた人たちなので、こういう人たちなら自分の給料を稼ぐくらいのことはしてくれるだろうと(笑)。そんな信頼感がありました。USEN時代から苦労をともにしてきた仲間であり、信じられる300人がいたからこそ決断できたんだと思います。
「社員が仲良し」そんな会社が圧倒的な成長ができる
―信頼できる仲間が集まっても組織化できなければ力は半減します。組織づくりにおいて大切にしていることを聞かせてください。
社員同士が仲良くすることです。今年の入社式でも新社員に「とにかく仲良くしなさい」と話しました(笑)。
実際、仲の良さは生産性と深い関係があるようです。アメリカのある有名企業が生産性の高いチームと低いチームを調査したときのことです。知能指数や技術力など、生産性と関係ありそうなあらゆる要素をデータ分析したのですが、たったひとつのことをのぞいて、法則性はなかったそうです。その「たったひとつのこと」とは、うまくいっているチームはよく一緒に飲みにいくことでした(笑)。
―興味深い結果ですね(笑)。
飲むことがすべてだとは言いませんが、仕事が終わっても一緒に楽しい時間をすごせるくらい仲良くすることが、生産性を高める一番の方法なんでしょうね。仲良くしようという意識は、結果的におたがいの長所や良さを伸ばし、目的意識の統一化につながりますから。
もちろん、必要以上にベタベタしたり、強制的な社員旅行があるとか、そういうことではありませんよ。会社組織における仲の良さとは、お互いの価値観を共有する文化が存在するか、がんばった成果をたたえあう社風があるかといったことがポイント。制度や仕組みではつくれません。
入社式では同時に「きみたちが来た(U-NEXTという)ところは戦場だからな」とも話しました。
―その意味を教えてください。
U-NEXTが目指しているのは新しい価値をつくること。それは世の中に対して戦いを挑むことでもあるからです。戦いですから、目標は高く設定し、しかもスピーディーにコトを進めなければいけません。
それに、社会に対して、新しい価値がもたらす変化を阻止したい既得権益に対して、あるいは競合に対して、戦う意識で仕事をしなければ新しい価値はつくれないし、戦友のような強い仲間意識も生まれません。
―多くの人間はラクをしたいものですよね(笑)。スーパーマンではないごくごく普通の人間が厳しい戦いから逃げずにやり抜くためには、どうすればいいですか。
わが身を振り返って言えば、あまり考えないことが大切だと思います。
私は山登りもするんですが、山の頂上を目指して登り始めると途中ですごくつらくなっても「登るのをやめて引き返そうかな」なんて考えないんですよ。登ることしか考えない。事業においても、自分の明確な目標が決まったら、それしか考えないようにしています。
それに、一回挑戦してダメだったら仲間と一緒にまた挑戦すればいいだけなんですから。
節操がないんです
―ところで、U-NEXTの業績が伸びています。中核事業である「U-NEXT」の名称で提供している映像配信(VOD)事業(※)、「U-mobile」をサービス名とする、いわゆる“格安スマホ“の仮想移動体通信(MVNO)事業(※)とも市場の伸び率を超えるペースで急成長していますね。海外企業が参入するなど激しい競争が繰り広げられているなか、継続成長できる要因を聞かせてください。
VOD市場では、昨年9月にアメリカのNetflix、Amazonプライム・ビデオが相次いで日本市場に進出するなど、国内外のさまざまな有力企業による参入ラッシュが起きています。そのため、メディアなどでVODサービスが取り上げられることが多くなり、サービス認知度が向上。これが当社にとってプラスに作用しました。事実、2016年第1四半期の「U-NEXT」契約者数は大幅増を記録しました。
MVNO市場も盛り上がっています。2014年9月末の契約回線数(※)は約230万でしたが、2015年9月末には約405万に大幅増加しました。こうした波に乗れたことが成長要因のひとつですね。
<脚注>
※ 映像配信事業:地上波テレビなどとは異なり、視聴者が観たい時にさまざまな映像コンテンツを視聴できるサービスの提供を行う事業。VODはVideo On Demandの略
※ 仮想移動体通信事業:無線通信回線設備を開設・運用せず、自社ブランドで携帯電話などの移動体通信サービスを行う事業。MVNOはMobile Virtual Network Operatorの略
※ 契約回線数:独自サービス型SIM(SIMは固有のID番号が記録された携帯やスマートフォンが通話するために必要なICカード、Subscriber Identity Module Cardの略)の契約回線数。
MM総研の調査による
―パイが拡大中の成長市場にも勝者と敗者は存在します。U-NEXTの優位性はどこにあるのですか。
3つあります。まず私たちなりに自分たちの目線で市場を見て独自のサービスを創造していること。たとえばVOD事業では、より市場にマッチしたラインナップやコンテンツなどのサービスを提供していると自負しています。
次に、自分たちはベンチャー企業であるという強い自己意識。所詮、当社は小さな会社で力がないのだから、なんでも自分たちでやる自前主義ではなく、力のある企業と組み、その力を借りようという気持ちが強いんです。ですから、NTTさんやソフトバンクさん、ヤマダ電機さんともアライアンスを組んでいます。このように当社では提携先の企業がライバル同士というケースは珍しくありません。節操がないんです(笑)。
そして、変化をキャッチアップするスピード感。社会の変化についていくスピードが速ければ速いほど勝つチャンスは大きくなります。そのためには意思決定はもちろん、新しいサービスやプロダクトを創造するプロセスのスピードを速くしなければなりません。当社はそれができているので、激しい変化にも対応できるのです。
―価値観やニーズはつねに変化し続け、逃げ水のようにとらえどころがありません。そこで重要になってくるのが事業選択の成否。宇野さんの事業選択の基準を聞かせてください。
自分たちがその事業をやることにどのような意味合いがあるのか。それを見極めることです。
企業ですから売上や利益の追求は大切。でも、それだけではなく、組織に意味合いをもった成長や進化をしたい。3社の企業の経営を指揮した経験から、そう思うようになりました。
―その経緯を教えてください。
最初にインテリジェンスを起業したときは少し違っていました。「世の中に新しい価値を生む」という理念は当時もいまも不変なのですが、インテリジェンスを大きな会社にする、立派な会社にすることを考えていました。
そうしたときに父の急逝でUSENを事業承継せざるを得ない状況に。当時、USENは巨額の債務を抱えており、私には再建社長というミッションがありました。債務をきれいにしてその役目を果たすと同時に、USENという会社がもっているポテンシャルを引き出すことで、世の中になにか新しい価値を生み出していきたい。そう強く考えるようになりました。
そして現在のU-NEXT。想いはより鮮明となり、いまは器を大きくすることよりも、ここで働いている人たちや自分たちがもっている資源を最大限に活用して、世の中にどんな価値を生み出せるか、どんなチャレンジができるのか。そうした意味合いが大事だなと考えるようなりました。
―規模拡大よりも、価値創造の追求に組織の意味合いを見出したのですね。なぜ、それが大事なのですか。
人と同じように企業にも“天命“があるからです。それが歴史のある大企業なら、世の中にできあがった仕組みを維持継続していくことが責任のひとつだと思います。鉄道会社を例にとるなら、乗客を安全に時間通りに運ぶとともに、輸送の高速化という命題を進めることが天命でしょう。
では私たちベンチャー企業の天命とはなにか。それは既存の市場を破壊し、ゼロから新しい価値を生み出すことなのだと思います。たとえば、今年4月からスタートした電力自由化。異業種である電力ビジネスにU-NEXTも取り組んでいます。一見、当社の既存事業と電力ビジネスには脈絡がないように感じるかもしれません。しかし、誰かが手を挙げてチャレンジしないと、政府が制度を変えただけでは世の中は変わらない。ですから、新しい価値を生み出すことを天命としている当社が、たとえ経験のない電力ビジネスであろうとも、そこに進出するのは必然。社会構造が変わるところにビジネスチャンスが生まれるし、そのチャンスを活かすことがベンチャー企業の存在理由なのです。
本気で信じられる未来に懸ける
―すでにできあがった既存の市場を壊すには大変なエネルギーが必要です。宇野さんの場合、そのエネルギーはどこからきているのですか。
私たちはいま、多くの技術革新や規制緩和など、パラダイムシフトといわれる環境の劇的な変化が起こり、既存のものを壊し、新しい価値を創出できる時代に生きています。ですから、それに取り組みたいという意欲ですね。
40年近く前、高校生のときにアルビン・トフラーが書いた『第三の波』という本を読んで衝撃を受けました。そこには、人類は農耕を開始した新石器時代の農業革命という“第一の波”、機械化や蒸気機関などの発明で生産技術の革新をもたらした18世紀後半の産業革命という“第二の波”を経験し、その次に押し寄せる“第三の波”は情報革命による脱産業社会である、ということが唱えられていました。そしてIT革命が現実に起き、トフラーが予言した情報社会は、『第三の波』が刊行後、わずか50年ほどの間に一気に実現しました。何千年、何万年という人類史のなかで、文明をも根底から変えてしまう激しい “波”のなかで仕事ができる今という時代に生きていることが、まさに幸運だと考えています。
―社会はいま、まさに“第三の波”に渦中にあると。
ええ。実際、文化が変わり、人々の暮らしや働き方は十分、変わっていますよね。たとえば、ITツールを使うことによって、かつては電話の話し声の喧騒に包まれていたオフィスはいま、電話が鳴らない、静かな空間になっています。人の気持ちも変わっています。私が学生の頃は、それこそみんな、お金持ちになっていい車に乗って、いい服を着て、いいもの食べて、贅沢したいということに憧れを感じて目標にすることが当たり前でした。ところが今は、良い車に乗って贅沢することを求めているかというとそうではないし、美味しいものを食べたいとはみんな思っていますが、高級フレンチに行かなくても安くても美味しい店はいっぱいある。そういう店を探すほうに労力や時間をかけています。価値観がまったく変わっているんですよ。
世の中が進歩・進化して満たすものが出きてくると、また違ったものを求め始めていく。そういう変化はもう十分に起こっているんだろうなと思います。
―変化は不確実なリスクとも言えます。そこで成功するコツはありますか。
変化を予想し、先んじて事業化することが基本パターンですが、その将来予測に絶対的な自信があるかどうかが大切です。
事業化が遅すぎては意味がないし、早すぎても失敗のリスクが高い。でも、時間軸は読めません。であるなら「必ずそうなる」と確信できることをやるべき。(変化を先取りしたビジネスを成功させるには)ある時期、我慢は必要で、こらえどころで我慢できれば実りになります。それをやり遂げる原動力は、本気で信じられる将来予測であるかどうか。それがカギです。
“成長痛”はやせ我慢しない
―U-NEXTにおける今後のビジョンを聞かせてください。
No.1になることです。当社がプレーしている市場には国内からも海外からも多くの企業が参入し、激しい競争が繰り広げられています。そこを勝ち抜き、No.1になることが当面の私たちの目標であり課題です。
それと、世界のどこにもない会社になりたいですね。山の話になりますが、世界最高峰はエベレストで、いずれ登ってやろうと思っているんですが、企業経営におけるエベレストとは売上規模という高さの追求なんでしょうね。でも、エベレスト以外にも世界には8000m超の山はたくさんあり、そうした山のなかには誰も登ったことがない未踏峰がいくつもあるんです。エベレストの頂上にはたくさんの登山家が到達しました。それより、ルートがない、誰も登ったことがない山を目指したい。事業はもちろん、従来の組織論にとらわれない新しい組織をつくったり、意思決定のプロセスなど会社という形態の固定観念すらも変えてしまいたいですね。
―既存の会社のカタチを壊してしまいたいと。その理由を聞かせてください。
世の中が変わってきた中で、会社という形態はあまり変わっていないからです。社長がいて役員がいて、あとは部長がいて、という仕組みってあまり変わっていないですよね。
だけど、たとえば意思決定のプロセスのあり方だったり、いろんなことにおいて、いままでなかった仕組みがあってもいいのではないかと。うちなんかには変わったところがあって、事業部の責任者が何でもやってしまい、それを容認しています。それはカタチを変えたカンパニー制度かもしれないし、ユニットのあり方かもしれない。意思決定のプロセスやコミュニケーションの取り方が、従来の会社にないものになればおもしろいかなと思っているんです。
―それも、ひとつの「世の中に新しい価値をつくること」ですね。U-NEXTが新しい会社のカタチを体現する、これからの社会のロールモデルになりたいという野心はありますか。
別になにか、新しいカタチをつくったことでそれを評価されたいということではなくて、なんかうちの会社ってユニークだよねってみんなが思ってくれればそれでいいんです。その意味では、評価制度なんかも仕組みとして変えていければいいかなと思っています。
でも、極論すれば評価なんかいらないんじゃないかと。評価制度って、いろんな会社が苦悩しながら取り組んでいますが、突き詰めれば、結局、その人がいまそこで仕事をしてもらうことに意味があるかないか、何をやってもらうか、どういう役割や価値があるかという中で、それに対していくら払うかということでいい。それ以上、細かいポイントがどうとか、いらないんじゃいかと。
実際、U-NEXTでは役員の年棒は私が一方的に決めるだけ(笑)。私は日常的にその人のことをずっと見ていますし、見られているという感覚があるからこそ可能なことだと思いますが。
―大変革の時代における経営者の役割とはなんだと思いますか。
働く上で、何を目指して何のために働くか。そのテーマをつくることですね。そうすると、テーマに共感してくれる人たちが、そのテーマを目指して頑張ってくれます。あとはその人たちがちゃんと頑張れるよう、組織面や資金面を整備していくことが経営者の責務です。
もうひとつ、企業の成長過程では“成長痛“が生じます。それを「そんなことはない」「もっといける」と背伸びするのは危険だということ。痛みはなんらかのアラーム。それを治してから挑戦を再開すればいいのです。自分が一時期、拡大しすぎて成長痛をやせ我慢していましたから。痛みを鋭敏に感じとり、対処することも大切です。